第162話 元の日常Ⅳ

 しばらく仕事をしていると、アマミヤが入って来たので屋敷の外に行って見送ることにした。


「気を付けろよアマミヤ」


「はい。ランベリオン様を貸してくれてありがとうございます」


「おう。ランベリオン頼むな」


「任された」


 ランベリオンはそう言ってニッと笑みを浮かべると、その巨大な翼を羽ばたかせて離陸した。アマミヤはこっちを向いて手を振っていたので、俺もしばらく手を振っていた。


「アマミヤさん。大分表情が明るくなったね。元々あんな感じ?」


「いや? 今のアマミヤは俺が見た中で一番明るい表情しているかな。多分、将来への不安も、働くって苦痛も、誰かに脅されているっていう色々なストレスが無いからだろうな」


 俺がそう言うとミクちゃんはふ~ん。と言っていた。


「今のアマミヤさん好き?」


「なんだその質問。そりゃ今のアマミヤのほうがいいだろ」


「異性として?」


「いや? 友達としてだろ。そもそも異性として意識するのはミクちゃんで満たされている」


 すると、ミクちゃんはニヤニヤとしていた。あ――。俺今、凄い恥ずかしい事言ったな。そう思うと顔が熱くなっていくのが分かる。


「なりゆき君照れてるね」


「犯すぞこの野郎」


「それは私にとってご褒美なのです」


 えっへんと威張るミクちゃんに俺は勝てる気がしない。うん今日は俺の敗けを認めよう。


「そういえば露天風呂でえっちしてみたいな」


「なんて事言ってるんだね。まだ朝ですよ」


「えっちな事に時間は関係ないもん」


 と、言い張るミクちゃん。そういえば最近シテいなかったもんな。仮に今がその時間として、逆に夜にその気分じゃない可能性――。いや、俺も何を考えているんだ。そんな事をしていたら仕事どころじゃなくなる。


「また今度な」


「え? 本当に?」


 何でだろ。ミクちゃんの目がめちゃくちゃ輝いているんですけど。


「じゃあまた後でね、なりゆき君。仕事戻る!」


「おう」


 そう鼻歌を歌いながら、 天使の翼エンジェル・ウイングを展開して、持ち場に戻ったミクちゃん。前まではミクちゃんが秘書をやってくれていたが、マーズベルの知名度が上がったことによって、近辺の旅人やらが怪我したり、病気にかかったりなどで、病院が忙しいみたいだ。勿論、病院って言っても、日本の大学病院みたいなを造ったら世界観台無しだから、ミラノ大聖堂のような外観をしている。


 という訳で、病院運営はとりあえず上手く言っているみたいだ。俺が出した病院は手から出しただけだから、当然工賃などかかっていない。割いた労力は俺一人。なので実質粗利率は100%で、低価格で高度な医療を実現できる。――というか回復ヒールだな。


 あとは、マーズベル産のワインやら野菜やらも出荷していって小遣い稼ぎをしている。て言っても出荷しているのはモトリーナの村で、出荷した8割ほどは、他の国へ10%ほどのせて出荷しているそうだ。モトリーナの村長のネゴルドさんの協力があり、マーズベルという国の価値は徐々に上がっている。


 まあ近々ルミエールも来るだろうし、そのときに交渉するか。あと、レンファレンス王にも報告しないとな。ちょっと喋りづらいけど。ルイゼンバーンが少しだけでも話をしてくれていたら話は早いんだけど。


 そう考え事していると、俺の部屋の前でゴブリンの青年が立っていた。


「ナリユキ様! 急に押しかけて申し訳ございません! どうしても提出させて頂いた案の回答を頂きたかったので」


 と、俺に土下座をして来たこのゴブリンだが、実は名前が無いのだ。下級の魔物だから名前は無いらしいが呼ぶときに不便すぎる。


「えっと――」


 俺がそう悩んでいると、顔を上げてハッとした表情を浮かべていた。


「何でもいいと仰っていたので、飲食店を開業したいと思いましてその資金を貸して頂きたく!」


 そう熱く語っていたので思い出した。あのダメダメな企画だ。


「貸してほしい金額が金貨10枚ってざっくりすぎるから駄目だな。本当にこれだけ必要なのか?」


 と、厳しく言ったが、本来であれば俺が必要な建物と道具を用意して、食材も調達してやればいいだけの話――。だが、何かを経営したいって言っている人間が、俺に手を貸してほしいといきなり申し出るのはおこがましい話である。だから、資金を貸してほしいと申し出て来たのだろうが。


「俺のスキルに頼らないのはいいが、お金を貸して欲しい言っても、どれくらいの目途で完済するかも書いていなかったじゃないか。とりあえず中に入れ」


「は――。はい!」


 彼を俺の仕事部屋に招くと、「おお」と声を漏らしていた。因みに作業部屋みたいなもんだから、数十冊の本と、ローテーブル1つとソファが2つと非常にシンプルだ。仕事場に物を置きすぎると生産性が下がるからな。


 俺は彼をそのソファに座らせた。


「よし、お勉強タイムだ」


「は――。はい!」


 彼は背筋をぴしっと伸ばして勢いのある返事をした。


「そうだな。まず飲食店を開業するとターゲットは誰になる?」


「も――。勿論お客さんです。食べに来る人がターゲットです」


「よし。じゃあ今度は何屋さんを開きたいんだ?」


「お肉屋さんです! もっと言うとステーキ屋さんです! 宴の時に出て来たステーキと呼ばれる食べ物の上品な味わいに感激致しました!」


「じゃあ誰にウケそうだと思う?」


 すると、う~んと顎に手をつけてしばらく考え込んだ。


「男ですかね? あとは女性の意見は分かれそうです。脂が多いので、体系を気にしている人は我慢するでしょうし。まあ種族にもよると思いますが、男は皆好きだと思います」


「お。いいね。じゃあお店の広さはどれくらいだ?」


「広さ――。分からないです」


 と、めちゃくちゃ残念そうな表情を浮かべている。


「あれだ。お店の中に入れる人数は満席でどれくらいをイメージしている? 別に場所なんてたくさんあるから理想ベースで考えてみな?」


「20人くらいで始めは考えています」


「営業時間は?」


「お昼の10時から夜の9時までで考えています」


「じゃあピークの時間帯はいつだ?」


「お昼と夜ですね」


「そうだな。他の時間帯は?」


「あんまり入らないと思います。なので暇な時間が多いかなと」


「そう考えると、なんとなく一日の売り上げ予測できるだろ? お客さんの注文を受けてから、料理を提供して食べる時間とかを考えると、ステーキだとそうだな~。昼と夜で1回転半ずつくらいで、合わせて3回転~4回転くらいかな」


「回転というのは何でしょうか?」


「お客さんが満席になった状態を1回転。だから、今回だと20人入ったことを1回転と指す」


「成程ですね。それだとお昼と夜の時間以外の合算は多くて1回転くらい――」


「そこで想定している客単価を合わせて計算するとどうだ?」


 俺がそう言うと、彼は勢いよく立ち上がった。


「分かりました! もっと具体的に書き直してきます! ありがとうございます!」


 そう言って彼は出て行った。うん――。次持ってきたときに名前あげよ。





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