第133話 始動Ⅴ

「残念だけどその問いには、貴女が満足ができるような回答はできない。ただ1つ言えるとすれば、貴女達の存在が邪魔なのよ。あの少年も含めて貴方達は強すぎる。チートが3人敵に回っていたら、こっちの事情がこじれるでしょ?」


 アマミヤさんはそう言って私を真っすぐ見た。でもやはりどこか悲壮感があるのは否めない。


「それで? 何でそんなに悲しそうな表情なの?」


「それは言えない。この国の事情をもっと知ることができれば分かってくるわ。この人間は他国の人間以上に色々なモノを背負って生きているの」


「それはそうですね――。それはアードルハイム皇帝が関わっているんですか?」


 話していてふと思ったけど、いつの間にか私は敬語になっていた。この時点で私はアマミヤさんの事を敵としてではなく、1人の人間として見ていたのだ――。


「それも言えない」


 アマミヤさんはそう言い残すなり、唇を噛みしめて入り口のほうに振り返った。


「貴女といれば余計な事まで話しそうだわ」


 それだけ言い残してアマミヤさんは出て行った。


 その時、私は見過ごさなかった。ほんの一滴だけ小粒の涙が落ちたことを――。それほど明るくない牢なのに、その小粒の涙は、私の目には雪の結晶のように映った。


 拘束されてしまった今――。私は指を咥えたまま黙って戦いを見ていろということか。


 そう思うと何とも言えない気持ちが沸々と込み上げてきた。


     ◆


「クソ! 一体どうなってやがるんだ!」


「落ち着けナリユキ殿! 今はベリトの報告を待つんだ」


「ミクちゃん達が危ない目にあっているかもしれないのに落ち着いていられるわけないだろ! それにベリトとも今は連絡つかないじゃないか。アリスからの連絡はねえしどうなってるんだ!」


 ナリユキ殿はそう言ってアイスコーヒーが入ったガラスのコップを叩き割った。


 我はナリユキ殿と一番同じ時間を共にした魔物。故に、今のナリユキ殿がただならない程の不安に駆り立てられているのはこの荒くれようで分かる。あっちの世界では怒りのコントロールすることを、アンガーマネジメントと呼ぶらしいが、今のナリユキ殿にはそれが全く出来ていない。普段和やかな雰囲気のマーズベル全体が緊張で張りつめているようだ。そして、ナリユキ殿に食い気味な意見を稀にするベルゾーグですら、固唾を飲んでいる。


「しかし、ナリユキ殿が冷静にならなくては我々を率いるのは誰だ! この国の主はうぬだぞ!」


「お前に何が分かるってんだよ」


 ナリユキ殿はそう凍るような目つきで我を見てきた。ナリユキ殿が怯えているのは、大切なミク殿達を失うこと――。勿論、我も心配で仕方がない。


 でも――。


 我はナリユキ殿に黙って近づいた。


「何だよ」


 我は黙ってナリユキ殿を殴り飛ばした。


「何をするのですか!?」


「正気か!?」


 アリシアは即座にナリユキ殿に駆け寄り、我はベルゾーグに取り押さえられた。


「気持ちは痛い程分かるに決まっているだろ! 我は多くの転生者や人間と別れを告げて来たんだ! ただ、うぬが国主という立場である以上、冷静に状況を見極めるのが最優先ではないのか! 今のうぬの頭では何のアイデアも浮かばないぞ! 我が尊敬しているうぬはどこにいった!」


 我がそう言うと、ナリユキ殿は呆気をとられたような表情を浮かべていた。


 勿論、殴った時の表情は剣幕だったが、今は表情が柔らかい。


「っ――。物理攻撃無効のパッシブスキル付いているのに何で痛いんだよ。意味わからん」


 ナリユキ殿はそう言って頬を押さえていた。


回復ヒールしますね」


 アリシアはそう言って聖母のような柔らかい表情を浮かべながら、頬に回復ヒールを行っていた。ベルゾーグはと言うと、黙って我を放した。


「悪いな。頭に血が上っていた」


「みたいなだな。ナリユキ殿の最終作戦は完璧だが、ミク殿の役割は非常に重要だ。でないと、ベルゾーグが死んでしまうからな」


「悪かったな飛べなくて」


 と――。ベルゾーグに睨まれた。


「いや、そんなつもりで言っていない。うぬも重要な役割だから拗ねるな」


「物理攻撃無効のスキルも付与エンチャントしてもいいのすが、それだと、スキル効果範囲強化の付与エンチャントが甘くなってしまいますからね」


「いや、そもそもミクちゃん達が心配だかから、ミクちゃん達抜きの作戦は却下」


 頑固だ――。いや、どちらにせよそうだ。それこそミク殿にもしもの事があれば、ナリユキ殿は闇堕ちしそうだから心配になる。


「俺とアリシアでアードルハイム帝国に向かう。他の者は国外で待機だ。まずは氷漬けにされているノアを助ける。アリシアのユニークスキルがあれば、どんなものでもスキル効果を無効にできるし、どんな物体にでも付与エンチャントできるからな。ノアがどんな風に氷漬けにされているのか知らないがアリシアがいれば大丈夫だろ」


「うむ。ノア殿の救出ができれば、我々は空で待機だな」


「ああそうだ。アリシア、森妖精エルフの皆は集まっているんだよな?」


「はい。我が森妖精エルフ族の全体の半分を割き、ナリユキ様の御役に立てるよう尽力致します。勿論フィオナも連れ参りますのでご安心ください」


「ということは後は俺次第ってわけだな」


「そうだな」


 我がそう言うと、ナリユキ殿はむっとしていた。


「言ってくれるな」


「どれだけ我々の実力が高い方であれ、ナリユキ殿には創造主ザ・クリエイターがある。MPを消費せずに確実に帝都を落とすことができるのは、ナリユキ殿しかいない。まあ後でカーネル王の報告が少々面倒でもあるし、下手すると――」


 言いかけたが止めた。事の重大さがどれほどかってことは、実感してもらえば分かる。


「何だよ」


「何でも無い。とりあえずまずは、我の背中にナリユキ殿とアリシア殿を乗せて、アードルハイムに潜入する。そして一旦、転移テレポートでアリシアがこっちに戻ってくる。そして、フィオナを含めた他の森妖精エルフ達を連れてきて、アリシアのMPを回復させてから、帝都に潜入で良いな?」


「おう。しっかり覚えているじゃないか」


 ナリユキ殿に了承を貰った後、アリシアとベルゾーグを見ると頷いていた。


「さあ行こうぜ」


 ナリユキ殿がそう言ってこの部屋を出た後、我々はナリユキ殿について行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る