第132話 ナリユキとミユキ

「さあ。ここでゆっくりしなさい」


「ねえ――。せめてアリスちゃん氷の解いてよ」


「駄目よ」


「意地悪」


「貴女立場分かって私に話しかけてる?」


「分かってるよ」


 すると、マカロフ卿の口元が緩んだ。ポーカーフェイスを保とうとしているのか、落ちかけた葉巻をしっかり咥えていた。


「凄いマイペースね貴女」


「一応人を見て言っているから」


「そう。じゃあしばらくここにいる事ね。帯刀タテワキさんの友人と分かったなら、私がいる以上は安全を保障するわ」


「ナリユキさんとはどういう関係なの? 先輩と言っていたけど」


「気になる?」


「勿論」


「いいわ話してあげる。マカロフ卿」


「分かった。席を外す」


 マカロフ卿はそう言ってこの部屋から出て行った。


「単刀直入に言うと、よくしてもらっていた大学生の時の先輩よ。今はどうか分からないけど、そんなに冴える方でも無かった部類の人種だったかな。でも、人の話をしっかり聞く人で、よく相談に乗ってもらっていた。単純に安心できるお兄ちゃんみたいな感じだった」


 安心できるお兄ちゃんか。何か凄く分かる気がする。


「勉強とかも色々教えてもらったし、一晩中ゲームを一緒にやったりもした」


「タイム! 一晩一緒にいて何も無かったの?」


「何もないよ。あの人凄く鈍感だから、そういう雰囲気にもならないの。私が酔っ払って寝たときなんか、毛布がかけてあっただけ」


 アマミヤさんはそうクスっと笑っていた。思い出を共有できる人がいたから、純粋になりゆきくんのお話をするのが楽しいんだ。


「そういう風に大学生活を過ごして、帯刀タテワキさんはIT系のベンチャー企業に就職した。そこからは帯刀タテワキさんは仕事人間になって関わることは少なくなったの。私はたまに聞く帯刀タテワキさんの仕事ぶりをみて感心していた。そして、私も帯刀タテワキさんのようにバリバリ働けるようになりたいと思って社会人を目指した。この先の話は帯刀タテワキさんがもしかしたら、思い悩んでいるかもしれない内容だけど聞く?」


「思い悩む? 気になる」


「そう。結論から言うと、帯刀タテワキさんに相談して、話を聞いてもらえなかったから自殺したの」


「自殺――。一体何故?」


「理由は私が憧れていたものとは程遠い社会人生活だったからだね。広告業界に入ったんだけど、月の平均残業時間は150時間。過度なノルマ。セクハラまがいの接待――。細かい事は他にも色々あるけれど、代表的なのはこの3つね。帯刀タテワキさんは社会人になってから別人のようになっていたわ。その悩みを最後に打ち明けた人が帯刀タテワキさんだったの。勿論、色々な人にも相談したけれど、周囲の意見は一部上場企業に入ったんだから我慢しろ。給料もいいんだから――。そういう意見が多くて、私はどんどん追い込まれていた。そんな状況で最後に頼ったのが帯刀タテワキさんだった――」


 ――。思い出した。転生するちょうど五ヶ月ほど前。広告業界に勤めている女性が自殺したという報道があった。そうか。その女性が雨宮 美雪アマミヤ ミユキさんなのか。そう考えると時間というものは残酷だ。あれだけ報道されていても、皆は人の名前は忘れてしまうのだから――。


「続きを聞かせてもらってもいいですか?」


「ええ。帯刀タテワキさんに相談を持ち掛けて言われた言葉は、そんな会社は辞めてしまえ。という言葉だった。当時――。私は精神面が弱っている上に、体力的にも厳しくなっていて、会社ではミスばかりをするようにもなっていた。日頃から、こんなこともできないのか! と叱責を喰らっていたわ。そのお陰で負のループが続いた。そして、仮に辞めても私は他の会社に通用するのだろうか? という不安が新たに生まれた。様々な感情が混ざり合い、極度の孤独感から私は首を吊って自殺したわ。帯刀タテワキさんと別れた数時間後よ」


「そうだったんですね――。親にも否定されて――。という感じですか?」


「そうね。だから私が最後に頼りにしたのは帯刀タテワキさんだったの。でも――。あの人は昔のようにゆっくりと時間を取ってくれなかった。それが私を余計に追い詰めたのかも――。だから、もし帯刀タテワキさんが負い目を感じているのであれば、謝罪しておきたいの。苦しめてしまってごめんなさいって」


 なりゆき君は私を含めて、関わった人は大事にしている――。フィオナさんが苦しんでいた時に励ましていたのも、きっとこのアマミヤさんの影響だろう。


「自殺って言っても私はある種、自由への入り口だと思っているの。私も何度か自殺を考えたから、悩みの大小はさておき気持ちは分かるな。アマミヤさんのニュースを見て思ったんだ。社会人って物凄く過酷で大変な世界なんだなって――。でもアマミヤさんのお陰で、社会は大きく変わった――。それにナリユキさんも――。どれだけ生産性が悪かろうが、大切な人の悩みは全力で受け止めるっていう価値観を、アマミヤさんは植え付けてくれたんだよ」


「それはまさかね――。私なんかが社会に大きな影響を与えたって。けれどもそれで多くの人の寿命を延ばすことができているのならそれは良かったかもしれない」


 アマミヤさんはそう言って小さな涙を零していた。いい形とは言えないけれど、何かしらの意味を残したという事実を知って嬉しくなっているんだと思う。


 そうすると2つの疑問が風船のように膨張せずにはいられなかった。


「今の話を聞いてどうしても気になることがあるの」


「何かしら?」


 アマミヤさんは涙を拭って私を見た。


「どうしてアードルハイム帝国軍に入団しているの? どうして私達を捕まえて、ラングドールさん達から遠ざけたの?」


 その瞬間見せたアマミヤさんの表情は、どこか悲し気だった。

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