Act 7

 その少し前──。

 銃声がして、ダヴォルカがおそるおそる運転台に移動して車外を見てみると、フェルナンドが撃たれて膝をついていた。重傷ではないが、歩けないようだ。

 フェルナンド以外に二人の男がいた。町の住人だろう。ピックアップトラックに乗り込むと、まるで獲物に向かって襲いかかる肉食動物のような速度で走り去っていった。

 ダヴォルカは周囲を警戒しつつ大型車両から降りる。怪我をしているフェルナンドのもとに駆け寄った。

「なにがあったの?」

「ホセが危ない。戦闘ロボットが町を徘徊しているんだ……」

 痛みに顔を歪めながら、フェルナンドが説明した。

 ダヴォルカは、クルマから持っておりていた救急キットを開け、フェルナンドの銃創に応急処置を施す。止血して包帯を巻き、大きめの布で足を縛った。

「すまんな……」

 フェルナンドが弱々しく礼を言った。王になると息巻いていたのに、油断してこのような傷を負ってしまったのが情けないのだろう。しかも状況が悪い。話の通じない強力な戦闘ロボットが町を闊歩し、右腕としてアテにしていたホセがニックスという賞金首だとわかり命を狙われている。

「あたいがニックスを援けにいくわ」

 治療を終えて、ダヴォルカが立ち上がる。

「ばかな。おまえにそんなことが……」

「あんたはここにいて」

 ダヴォルカはフェルナンドの肩を支えて立ち上がらせると、有無を言わさずさっきの建物のなかへと入った。そっと床に座らせると、

「ニックスを放ってはおけない」

 強い口調で言い放つと、大型車両に戻っていった。

 このクルマの運転は、ずっと助手席で見ていたからわかっていた。他のクルマとさほど違わない。

 エンジンをかけると、振動が運転台に伝わった。ギヤを入れてアクセルを踏み込む。クルマが動き出す。

 ニックスがいまどこにいるかわからない。しかしロボットとの戦闘のある場所に出くわせば、そこにいるに違いないと思った。

(ニックスを殺させやしないわ)

 高い位置の運転台から町の様子を見つつ道路を疾走する。車体の前方に取り付けられた鋼鉄製のブレードが、路上に転がる車両の残骸を蹴散らしていく。

 前方で戦車型の機械が数台、動いているのが見えた。あれが戦闘ロボットだろう。速度を落とすことなく、思い切って突っ込んだ。衝突の衝撃が運転台を揺らすもかまわない。

 そこにいた戦闘ロボットがまとめてスクラップになった。

 ダヴォルカは大型車両を停止させる。

「ニックス! そこにいるの?」

 体を乗り出して叫んだ。

 袋小路に小型車両が立ち往生していて、その陰から一人の男がゆらりと立ち上がった。

「こっちに乗って! この町から脱出するわ」

 ニックスは迷うことなく駆け寄ってきた。はしごを上がって運転台に乗り込んできた。

「フェルナンドは?」

「撃たれて負傷した。建物のなかでじっとしている」

「そこにはトラックも置いてあるのか?」

「トラックも、武器もね」

「戻ってくれ。戦闘ロボットやつらを駆逐しないと、この町を脱出できない。強力な武器がいる」

「わかったわ」

 ダヴォルカは大型車両を転回し、来た道を戻る。

 ホテル跡の大きな建物の前に大型車両を寄せる。

 いったん切り離したトラックと、それにつながれた小型車両があった。予備として持ってきていたのがここで役に立った。ニックスは小型車両に乗ると言った。

「おれはこれで脱出する」

 トラックに積み込まれていた武器のうち対戦闘ロボットに使えそうな火器を選んで小型車両にせっせと運び込む。

 ダヴォルカが、土気色の表情のフェルナンドを連れて建物から出てきた。

「戦闘ロボットの数はどれだけいるかわからないのに、全部を破壊するつもりか?」

 フェルナンドは、戦いの準備をしているニックスを頼もしく感じた。

「戦闘ロボットは、おそらく自己からある一定の範囲の標的しか狙わないだろう。全部を破壊する必要はない。現れたやつだけを迎え撃っていけば、いつかは門から町を出られる」

「じゃあ、あたいたちは、あんたのあとをついて行けばいいのね?」

 ニックスは手を止めた。意外なことを言われたような表情を一瞬だけ浮かべ、

「そうだな」

 短く言った。

 ダヴォルカは察した。

「だめよ、ニックス、一人で行こうだなんて。あんたには、あたいが必要よ」

 きっぱりと言いきった。そう断言しても、ダヴォルカの気持ちがニックスに伝わったのかどうかわからない。

 ニックスは黙って作業を続ける。その無表情に戻った顔の裏でなにを考えているのか、ダヴォルカにはわからない。が、ずっとひとりで生きてきて、他人の力を貸してもらったことがなかったために知らなかったことを、ここ何日かで体験したのは大きなことだったに違いないと確信していた。

 足を負傷したフェルナンドを苦労して大型車両の運転台にあげると、ダヴォルカがステアリングを握った。

 ニックスのほうも用意ができたようだった。自分の納得できる武器を小型車両に積み、燃料タンクもいっぱいにした。

 運転席につくと、合図もせずに出発する。

 それを見てダヴォルカもアクセルを踏み込む。たぶんニックスは、ダヴォルカがついてこようとこまいと気にしない。だがそれでもよかった。さっきニックスの危機を救ったのはダヴォルカなのだから。それがわからないはずはないのだ。

 ニックスの小型車両は加速する。馬力のあるエンジンを搭載している大型車両でもついていくのがやっとだ。

 戦闘ロボットの姿は見えない。あくまで対人用として開発された戦闘ロボットは、高速で移動する目標には反応が遅くなった。

 行ける、とダヴォルカはほくそ笑む。このまま門を出られそうな気がした。

 しかしその考えは甘かった。これほど高度な戦闘ロボットを開発しているのなら、どんな敵にも対応できる手段を用意していてもおかしくなかった。かつて存在したどこかの大国の軍が導入した戦闘ロボットだろうから、兵器として使い物にならないわけがない。事実、豪族ダンテをわずか数日で壊滅させた。対歩兵だけの戦闘ロボットばかりではないだろう。そこに気づかなかった。

「なによ、あれ!」

 ダヴォルカは叫んだ。これまでの戦闘ロボットとは違うシルエットが動いていた。それはギリシャ神話に登場する半人半獣の怪物、ケンタウロスのようだった。太い脚は六本もあり、瓦礫で覆われた道路でも走破できそうな機動性を備え、砲塔から出ている火器は威圧するかのように人間を見下ろしていた。強力な破壊能力をもつ、対戦車・対陣地用の戦闘ロボットだ。

 だが先行するニックスはひるまない。すかさず攻撃をしかけている。

 使い捨て型の対戦車砲を、運転しながら放った。続けざまに発射した二発の砲弾はそのロボットに命中するが致命傷を与えていない。

 戦闘ロボットは、攻撃をしてきたニックスを「脅威」ととらえた。

 ニックスの小型車両に向けて迫撃砲を撃ってきた。が、ニックスは驚異的な反射神経でそれを避ける。砲弾がむなしく道路に着弾して爆発した。

 しかし命中はしなかったものの、ニックスの小型車両はその爆風にあおられて転倒してしまう。

「ニックス!」

 ダヴォルカは援護したいが、大型車両が搭載する大火器の操作方法がわからない。重機関銃やロケット弾まで装備されていることは知っていたが、自分で使えないのがもどかしかった。

「フェルナンド! ニックスを援けて!」

「いや、この距離で大砲を撃ったら、ニックスごと吹っ飛んでしまうぞ」

「そんな……!」

 ダヴォルカは歯痒い。このままではニックスは殺されてしまう。

 爆煙で一時的に悪くなっていた視界が戻ってきた。

 ダヴォルカは、ニックスがどこにいるのか目を皿のようにしてさがすが見つからない。どこかの瓦礫の陰に身を潜めているか、それとも銃弾に倒れてしまったか。

「ばかな! あんなところに!」

 フェルナンドが信じられないとばかりに目を見開いていた。

「どこにいるのよ?」

「ロボットの背中だ!」

「あっ……」

 ダヴォルカは絶句した。

 高さ二メートル以上はあるロボットの背中に、ニックスはどうやってか上っていた。

 目標を見失った戦闘ロボットの砲塔に向けて、ニックスはショットガンを放つ。砲塔からむき出しの銃身が、次々と無力化されていく。

 戦闘ロボットはやっと気づいたのか、ニックスを振り落とそうとする。ニックスはメンテナンス用の足場にしがみつき、揺れに耐えた。まるで暴れ馬を操るかのよう。

 突然、戦闘ロボットが走りだした。ニックスを乗せたまま、想像以上に速い走りを見せた。

 ダヴォルカは追いかけた。

 戦闘ロボットは建物の瓦礫を器用に、まるで生きている四足獣のように乗り越え、道路を疾走する。背中にしがみつくニックス。

 一方、ダヴォルカの大型車両も、瓦礫を踏みつけながらも前へ進もうとするが、途中で多すぎる瓦礫に行く手を阻まれた。

 遠くなっていく戦闘ロボットが、四辻を左折して見えなくなる。

 そして──。

 建物に衝突したのか、轟音と同時に砂煙が上がる。さらに爆発が起きた。火球が膨れ上がり、黒煙がキノコ雲を形成する。

 ダヴォルカは悲鳴を上げた。

「ニックス!」

 炎が朱く立ち昇る。

「ダヴォルカ! 逃げるぞ」

 フェルナンドに肩を揺さぶられていた。

「どうしてよ! ニックスを見捨てるっていうの?」

「あれを見ろよ」

 ダヴォルカはフェルナンドが指さす方向に、涙でかすむ目を向けた。同タイプの戦闘ロボットが道路のはるか向こうに見えていた。

「今ならまだ逃げられる。あんなのを相手に勝てるわけがねぇ。この町を脱出するんだ」

「でもニックスが……!」

「いくら死神ニックスでも、あれで生きているとは思えん。生きていたとしても、おれたちに救出できる道理がねぇ。人間相手なら交渉もできようが機械相手じゃさすがに打つ手がない。ここは逃げるしかねぇぜ」

 冷静に判断すればフェルナンドは正しい。

「おれだってニックスを失ったのは痛い。けれど、いまのおれたちになにができる?」

 戦闘ロボットがこちらを認識している。砲塔が旋回して攻撃モード。その動きは見る者を委縮させた。

「わかったわ」

 ダヴォルカは食いしばった歯の隙間から絞り出すように言った。ギヤを切り替え、大型車両を転回させる。すると、それに呼応するかのように戦闘ロボットがこちらに向かって歩み始めた。

 アクセルを踏み込み、大型車両はその場から後退する。

 追尾してくる戦闘ロボット。

「まずい、急げ!」

 恐怖にかられるように、フェルナンドが叫ぶ。

「承知しているわ。黙ってて。舌を噛むわよ」

 ダヴォルカはアクセルを踏み込み、全速力で大型車両を走らせる。ブレードが障害物を跳ね飛ばし、踏みつぶしていく衝撃が車体を揺らした。

 やがて町の門が見えてきた。来たときと同じ、開きっぱなしの門が、まるで楽園への入り口のように感じられた。

 大型車両が門を走り抜ける。門をくぐってもまだ速度を落とさず、町が遠ざかっていく。

 どれくらい走ったろうか。

「どうやら、もう追ってはこないようだ」

 後方を振り返って、フェルナンドが口を開いた。町の外はテリトリー外だとロボットは認識しているのかもしれなかった。

 ダヴォルカがアクセルペダルから足を離した。大型車両の速度が落ちて、やがて止まってしまう。

 陽が傾いていた。赤くなった太陽が地平線に没しようとしている。豪族ダンテは滅んでしまっていた。せっかく訪ねたが、なにも得るものはなかった。逆に優秀な仲間を失った。

「これからどこへ行くの?」

 ダヴォルカが問うた。

「そうだな……」

 フェルナンドはやや考えて答える。

「また別の豪族に行くさ。そして今度こそ兵隊を集めてやるさ」

「ニックスがいなくなっても、できるの?」

「なるつもりさ。おれは夢をあきらめない。おれの怪我もいつか治る。そうしたら、また王を目指して再出発だ」

 どんなことがあっても、あくまで前向きに生きる──それがフェルナンドの強さなのかもしれない。

 未来になにも希望がない世界にあって、では、自分はどうだろう、とダヴォルカは顧みる。

 ニックスは死んでしまった。──いや、そんなことはない。あんなことで死ぬはずがない。きっと、またいつか。

(あたいの前に現れてくれる……)

 そう思った。そしてもし今度、会えたのなら──。

(あたいはきっとまた、ニックスといっしょに生きていくことを選ぶだろう)

 そう思うのだった。

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