Act 6
ガリンとスタブロフの乗った小型車両が、エンジン音も高く町を快走する。どこを走れば目的地に着けるかはよく知っていた。しかし戦闘ロボットにはじゅうぶんに気をつけなければならない。慎重に行動しないと、不意に攻撃されてしまう。
しかし、懸賞金が手に入る、となれば大胆な行動もときには必要だ。
運転するスタブロフは、さっきの戦闘を間近で見ていた。襲ってくるロボットに対して、小型車両に乗ったニックスは、驚くべきドライブテクニックで逃げていた。あれだけ激しい機動だとクルマが壊れてしまうのではないかというぐらい。とはいえ、ダンテの警備軍があっという間に全滅の憂き目にあってしまったほど戦闘ロボットは強力だ。強力なうえに数も多い。
いくらニックスといえど、いまごろは死体になっているに違いない。早いところその死体を見つけて、ここから脱出するのだ。
クルマが戦闘のあった区域へと入っていく。
「なにっ?」
スタブロフは目を見開いた。
路上に転がっているのは、破壊された戦闘ロボットだった。
ひとくちに戦闘ロボットといっても、さまざまなタイプがあった。大きさも武装も異なる数種類があり、人間の形はしていない。自律型の戦闘機械である。
地面に転がっているのは、四本の脚を持った牛のような戦車タイプの戦闘ロボットだった。厚い装甲を持ち、手榴弾や自動小銃の弾丸では貫通できない。機関銃ならなんとか破壊できるだろう。
だがそれが何体も破壊されているのである。さらに、ドローンのように空中を飛翔する小型の戦闘ロボットも墜落していた。
「こいつはすげぇや……。さすが死神ニックスだな」
ガリンは感心した。これをたった一人でやってのけた戦闘能力に舌を巻いた。ダンテの警備軍なら、これだけの成果を得るのに三十人ぐらいの犠牲はでている。いや、それ以上か──。
当然ながらニックスは戦闘ロボットと刺し違えているだろう、と思った。この激しい戦闘の跡を見せつけられて、無事ですんでいられようはずがない。
そのとき、大きな衝撃音が響いた。音は周囲の建物に反響して、なんどもこだまを重ねた。
「なにが起きた?」
運転するスタブロフは動揺する。
走行中のピックアップトラックからガリンが周囲に素早く視線を走らせる。なんらかの脅威や危険が迫っているなら対応しなくてはならない。
と、またしても衝撃音。
次の瞬間、二人は瞠目する。
前方の三叉路の右側から、一台の戦車型の戦闘ロボットが現れた。だが黒い煙を吐いて炎上している。どうやらかなりの至近距離から対戦車砲を撃ち込まれたようだ。その直後、同じ道から飛び出してきたのは、一台の小型車両。
全速力で、こちらに向かってくる。五十メートルほどの距離を一気に詰められて、すれ違う。
スタブロフはブレーキを踏む。
「あいつがニックスだ!」
後方に走り去っていく小型車両を見て叫ぶ。
「なにっ、生きているだと?」
ガリンは信じがたい。見えたのはほんの一瞬のことだったが、負傷している様子もない。小型車両も、被弾して不具合を起こしているようには見えない。
「ばかな。あれだけの戦闘ロボットを相手に……」
戦闘ロボットの残忍さは身をもって知っている。多くの仲間が無慈悲に殺されていくのを見てきた。
スタブロフはクルマをUターンさせる。
「追いかけるぜ!」
「オーケイだ」
しかし、とガリンは思う。ニックスの戦闘能力は、自分たちのそれをはるかに凌駕している。でなければ、ロボットに勝てるはずがない。死神という二つ名は伊達ではない。そんなやつに追いつけたとして、そのあとどうするのか。
思惑では、ニックスの死体を回収するだけのつもりだった。しかし、あの感じでは、拘束するか殺害するかしなければならないが、そのどちらもできるような気がしなかった。まともにやりやっては勝てない。大軍を率いて包囲戦をしくか、巧妙な罠をしかけるかしない限りは。それとて成功するかどうかおぼつかない。
ギヤを入れ替え、スタブロフがやっと追跡しようとアクセルを踏み込んだとき、上空に影を認めた。
見上げると、ドローン型の戦闘ロボットが何台も飛行していた。
(やばい!)
そう思った直後、高出力レーザーが放たれた。
(くそっ、ぬかった!)
それが最期であった。ガリンとスタブロフは数十条ものレーザーに焼かれて、あっけなくその生涯を閉じた。
ニックスを追ってくる飛行タイプの戦闘ロボットは、一台一台は小さく、その武装も高出力レーザーがあるだけで、それほどの破壊力はない。だが集団で襲いかかられると厄介な相手となる。それはこれまでにない脅威だった。しかもロボットは殺気を発しなかった。殺気をいち早く感じて対処するという戦い方はできないのだ。
気配ではなく、音、光、あるいは空気の動きで攻撃しなければならない。
これまでにない戦いになっていた。見たこともない敵を相手に、しかしニックスは冷静だった。敵は小型車両の機動についていけてない。素早くクルマを運転していれば、かわせた。
だがいつまでもそうしてはいられない。運転に集中していては反撃できない。
ロボットがどこまでしつこく狙ってくるのかはわからない。双方、どちらかの燃料が尽きたときが勝負の分かれ目となるが、おそらくその前に決着がつく。
ニックスは隙を見て、対戦車砲で比較的大きな戦闘ロボットを三台、撃破していた。
同様に飛行型も攻撃できるだろう。わずかの間にパターンを読んでいた。
路地へとクルマを突っ込ませ、急ブレーキ。すかさず自動小銃をかまえる。単発モードにして、路地へと入ってくる敵を迎え撃つ。
空中でわずかに速度を落として路地へと入ってくるロボットを一発必中で仕留めていく。飛行型は、ライフル弾でも撃ち落とせた。わずか五秒で十台を撃墜した。空になったマガジンを取り換えるのももどかしく、相手に攻撃する暇を与えず、無力化していった。
飛行型を一掃した。
しかしニックスにはわかっていた。敵はこれだけではない。この町は戦闘ロボットであふれかえっている。商売をするどころではない。フェルナンドと合流して、一刻も早くこの町を去るのだ。
それには襲いかかるロボット群を突破しなければならない。
機械相手に戦闘をおこなうのは今回が初めての経験だったが、人間だろうと機械だろうと野獣だろうと、ニックスにとっては同じだった。脅威である、という点においてなにもかわらない。
とはいえ、弾薬が心もとない。小型車両に乗せられる火器は多くない。群がる敵に対するには足りなくなるのは目に見えていた。
トラックには弾薬がまだかなりある。対戦車用のグレネードランチャもあったはずだ。それをもって活路を見出すのだ。
それにはフェルナンドの大型車両をさがさなくては。幸い、要塞のような大型車両は目立つ。町の北側にいるということはわかっていたし、おそらくダンテに会おうという気だろうから、頭目が宮殿としていると思しき大きな建物の近くにいるだろう。
もしかしたら、もう豪族は警備軍も含めてほぼ壊滅しているかもしれず、フェルナンドも戦闘ロボットに襲撃されているかもしれない。
だがニックスはフェルナンドの心配などしていなかった。殺されていたとしてもなんの感傷もない。死んでいたらいたで、また一人で生きていくだけだ。これまでそうやって生きてきたし、なんの問題もない。たしかにキャラバン襲撃の成功率は、フェルナンドと組むことによって上がったかもしれない。しかしニックス一人でもやれないことはなかった。それよりも、フェルナンドの目指す王への道についていけなかった。いつかは立ちふさがる障害となる気もしていた。だからいまフェルナンドと別れたとしても、それは遅いか早いかの違いでしかなかった。
クルマを発進させる。
路地を飛び出したニックスは、戦車型の戦闘ロボットが向かってきているのに気づく。人が乗って操縦するわけではないので、そのサイズはかなり小さい。オートバイぐらいの大きさだ。主砲の代わりに砲塔にはマシンガンが据え付けられており、対人に特化した兵器である。人間を殺すためだけに製造されたロボットは、そのフォルムも無機質で威嚇的だった。
ニックスは町の北側へと逃げる。エンジン音を響かせ、小型車両は弾丸のような速度で町を疾走する。そのスピードに戦闘ロボットは小さな八つのタイヤを必死で回すがついていけない。たちまち引き離す。
戦闘ロボットから逃げているうちにもフェルナンドをさがす。大きな建物のそばだろうと見当をつけて、そこを目指した。
町で一番の高層建造物はどこからでも見えた。ニックスはそこへと全速力で向かう。道路には燃えたクルマがあちこちに転がっており、周囲の建物にも黒く燃えた跡が残り、戦闘の激しさを物語っていた。
道路に散らばるゴミと化した車両の残骸をよけつつクルマを運転する。途中、道端で待機状態にあった戦闘ロボットが、ニックスの小型車両に反応して次々とその眠りを覚ました。
敵が増えていくのもかまわず、走り続けた。
フェルナンドの大型車両が道路の先に見えたとき、前方に立ちふさがるように現れた戦闘ロボットが数台。
これも戦車型だ。ただし、さっきのとタイプが異なる。大きさはほぼ同じだが、ゴムタイヤではなく、装甲板に覆われた本体を履帯が支えている。転倒しにくい低いフォルムで、マシンガンを備えた砲塔だけが上部に高く突き出ていた。
ニックスは無理に突破を試みない。敵の数を瞬時に把握し、攻撃を避けられないと察するや、四辻でステアリングを切った。タイヤをきしませて、バーストするリスクを負いながらもドリフト。速度をほとんど落とすことなく右折した。
ところが、逃げ込んだ先に道路がなかった。
行き止まりである。建物が正面に建てられていて袋小路となっていた。
ニックスは脱出するため、すぐにUターンをするも、そこでアクシデントが発生した。タイヤがなにかを踏みつけたらしく、前輪が音をたてて破裂したのである。質の悪いゴム製のタイヤの欠片が四方へ散った。
とたんに車体のバランスが崩れた。予備のタイヤは積んでいたが、この状況でタイヤを交換している時間はない。殺人ロボットが追いついてくるまで、ほんの数十秒だろう。
小型車両に積み込んでいた武器を確認する。使い捨ての対戦車砲が残り一本。自動小銃のマガジンは五本。戦車型のロボットを相手にするには、七・六二ミリでは火力が足りなさすぎた。正面きっての戦闘が始まれば、ものの数秒で勝負がつくだろう。そして負けるのはニックスだ。
戦力差は明らかで、まともに戦闘をするのは愚かだった。ニックスは左右の建物内に入ってやりすごすことを考えた。道路の幅は十数メートルほど。建物の内部に入ればいいが、ドアは鎖が巻かれていたり、板を打ち付けてあったりして、入ることはできない。
と、戦闘ロボットが現れた。思ったよりも早かった。
数台の戦車型ロボットが逃げ道をふさぐように展開した。飛行型の戦闘ロボットもそうだったが、互いに連携しあって人間を抹殺しようと動くようだ。小賢しい機械である。
すかさず建物の陰に駆け込もうとしたとき、思いがけないことがおきた。
フェルナンドの大型車両が猛スピードでやってきて、戦車型戦闘ロボットを次々と巻き込んでいったのだ。装甲板を兼ねるブレードで撥ね飛ばされたロボットは、その衝撃で破壊され沈黙した。
「ニックス!」
停車した大型車両の運転台の窓から顔を出しているのは、ダヴォルカだった。
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