Act 5

 おれはフェルナンド、キャラバンをやっている──。

 自己紹介した。

「とんでもないときに来たもんだな」

 その男は、ダンテの率いる警備軍に所属していた下級将官で、ガリンと名乗った。四十歳ぐらいの、気の弱そうな男だった。この世界で生き残っていくには、誰よりも強くあるか、強い者につきしたがっていくしかなく、ガリンはあきらかに後者であった。

「ここは危険だ。建物のなかに入ってくれ。話はそこでしよう」

 そう言われ、念のために自衛用の拳銃を携行し、弾痕が目立つコンクリート製の建物の奥へと入ったフェルナンドは、ガリンの話を聞くことにした。大型車両にダヴォルカを残してきたのは気になったが、装甲に囲まれたなかなら安全だろう。すぐに戻るつもりでいたし。

 埃っぽい建物のなかは荒れていた。壁はあちこち破壊され、バラバラになった家具や建材が床に散らばっていた。窓には無事なガラスが一枚たりともなかった。破損した窓ガラスの隙間から砂を含んだ風が遠慮なく吹き抜ける。

「ロボットが襲ってきたといったが、いったいどういうことなんだ? なんでロボットが?」

 さっそくフェルナンドは訊いた。

「あれは一週間ほど前のことだ……」

 ガリンはそのときのことを思い浮かべているのか、ゆっくりと話し始めた。

 町にキャラバンがやって来た。見たことのないキャラバンだった。大規模なコンテナをいくつも曳いていた。

 物珍しそうにダンテら豪族の幹部たちが注目していると、開かれたコンテナには武器が満載されていた。

 武器は町の防衛に欠かせない。キャラバンは、どこかの大国の軍事基地からコンテナをさがしだしてきたらしい。ダンテは喜んでそれらを買った。

 ところがそのコンテナにはミサイルなど、素人では扱えないような武器もあって持て余すこととなった。そのなかに多数の自律型戦闘ロボットもあったのだ。

 なんの拍子かロボットは起動し、人間を殺し始めた。豪族もキャラバンも関係なかった。動く者を無差別に襲うロボットに対し、人間たちは無力だった。銃で対抗しようにも、対人型の火器では歯が立たなかった。対戦車用の装備でさえも、ロボットにはなにほどの脅威にはなりえなかった。

 ダンテを先頭に警備軍は善戦したが結果ほぼ壊滅し、残った人間たちは建物のなかに息をひそめて隠れるに至った。しかしロボットに見つかればたちまち攻撃された。

「それがさっきの黒煙だったのか……」

 フェルナンドは納得した。

「ああ、潜んでいる人間を見つけると攻撃してくる。もちろん、我々だってただ黙ってやられはしない。なんとかして反撃をしようとするんだが、どうなったか戦果の確認さえできない。ロボットはあちこちにいるんでな」

「だがここまで来るのに、戦闘ロボットなんか見かけなかったぞ」

「運がよかっただけさ」

「となると……ホセが危ない」

 いくら無敵のホセであろうとも、ロボット相手には勝てないだろう。フェルナンドはニックスにこの事実を知らせなければ、と思った。いや、もう遅いかもしれない。すでに邂逅しているかもしれない。

 その予感は当たったようだった。

 遠くから爆発音が聞こえた。

「おい、待てよ」

 ガリンの制止を振り切って、フェルナンドは外に飛び出した。

 建物の外へ出て、ぐるりと周囲を見回すと、遠くの空に立ち昇る黒煙が見えた。

 フェルナンドは大型戦闘車両の運転台に駆け上ろうとした。

「やめろ、やつらには勝てない!」

 ガリンも建物から飛び出してきて叫んでいる。

 そこへ、猛烈なスピードでやってくるピックアップトラックがあった。砂で外装の汚れたそのクルマは土煙を盛大にあげ、ガリンの前で急ブレーキをかけ、停止。運転していた男が、紅潮した顔で飛び降りてきた。

「たいへんだぜ、ガリン!」

「スタブロフ、どうしたんだ?」

 ガリンと同じぐらいの年齢のその男──スタブロフは、ゴーグルをはずして興奮気味に口走る。

「ニックスだよ、賞金首のニックスが現れたんだ。ロボットと交戦している」

「ニックスだと? 間違いないのか?」

「ああ、間違いねぇさ。あいつは死神ニックスだ」

「ロボットと交戦していると言ったな?」

「こいつはチャンスだぜ。いくら死神といえども戦闘ロボットには勝てまい。死体をヤコフに持っていって、懸賞金をいただこう」

「ちょっと待て。ニックスとは何者なんだ?」

 二人の話にフェルナンドが割り込んだ。運転台へ上りかけていたはしごをおりて、尋ねた。

「ああ? 誰だい、おめぇは?」

 スタブロフは、まるで初めて気がついたかのようにフェルナンドを見る。どこか汚いものでも見るような目だった。

「キャラバンのフェルナンドだ。この大型車両に乗ってやって来たんだ」

 ガリンが説明する。

「ふうん……」

 スタブロフは大型車両を興味なさげに見上げる。頭の中には懸賞金のことしかないようだった。

「教えてくれないか、死神ニックスというのは……?」

 重ねて質問するフェルナンドに、スタブロフは面倒くさそうに答えた。

「豪族ヤコフから賞金を懸けられている男さ。警備軍にいて、兵士二十人を殺害して脱走したらしい。生死は問わないから、そいつの首をもっていけば、賞金の金貨はおれたちのもんってわけさ。やつは小型車両に乗っていたところを戦闘ロボットに発見されて攻撃されたんだ」

「ホセが……死神ニックス……」

 フェルナンドは、ホセと呼んでいた男の、異常なほどの戦闘技術を思い出していた。たった一人で数十人分の兵士と同等の戦闘能力をもっていた。

(ただ者ではないと思っていたが、まさか……)

「ガリン、ニックスの死体を回収して、金貨をいただこうぜ。金貨さえあれば、こんな町に固執するこたぁねぇ。どこへ行ってもやっていける」

「そうだな。よし、わかった。危険だが、行こう」

「待て!」

 フェルナンドが叫んだ。

「おまえは仲間じゃねぇから、引っ込んでな」

 スタブロフは一蹴する。

「おれはニックスといっしょにここまで来たんだ。やつのことなら知っている」

 ホセが名乗らなかったのも道理だ。賞金首だとなれば、いつ裏切られるかわかったものではない。だからニックスは他人を信用しない。

 フェルナンドは、ホセの正体を知ってしまっても、これまでの関係を維持したい気持ちはあった。ニックスの戦闘能力はフェルナンドが王となるために必要だ。殺されるわけにはいかない、戦闘ロボットにもガリンたちにも。

 ガリンたちに協力し、ヤコフにニックスを売り渡すのは、覇者を目指す人間のやることではない。懸賞金を得ても、ニックスを失った損失のほうが大きい。

 となれば、ここはガリンたちを殺してでもニックスのところには行かせてはいけない。せっかく兵士を雇おうとしていたのに、その計画が実行できないのは残念であったがやむを得なかった。こいつらよりもニックスのほうに値打ちがある。

「そうかい、そいつはよかったな」

 スタブロフはフェルナンドを相手にしない。さっさと乗ってきたピックアップトラックに戻ろうとした。

 フェルナンドは拳銃を取り出した。

 銃声が響いた。

「ぐわっ!」

 痛みに顔をしかめたのは、しかしフェルナンドだった。

 ガリンが拳銃をかまえていた。

「邪魔をしないでくれないか。ダンテを失って、おれたちには先がないんだ」

「くそぉ……」

 フェルナンドは毒づいた。撃たれた右足から流れ出す血が、地面に赤いシミを作る。

「すまない。だが悪く思わんでくれ。おれたちには余裕がないんだ」

 フェルナンドの手からこぼれ落ちた拳銃を拾いあげると、ガリンはスタブロフの隣、助手席に乗り込む。

 クルマが発進する。

 それを見送るフェルナンドの目がかすんでいく。出血をしたせいで、血が目にいかなくなってきているのだ。

「ホセ……」

 フェルナンドは、その場にくずれた。

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