Act 4
町までの二日間の途中で旅賊の襲撃を受けることはなかった。
が、無事に到着したと思った町の様子には、遠くからでも異常が感じられた。
細い黒煙が幾筋も立ち上り、ときどき爆発音が耳に届く。明らかに戦闘状態にあった。
豪族ダンテは安定した町だとフェルナンドは聞いていた。だからこそ、その町で商売を考えた。それが、状況が違う。
いつまでも平和が保たれるわけはないが、ダンテは求心力が抜きんでており、豪族としては安定していて町の守りも強固だ。評判を聞いて、他の豪族から鞍替えしてくる兵士もいたぐらいだ。クーデターによって頭目が交代するのが多い豪族にあって、ダンテは特別だった。
が……。
「このまま進むか?」
クルマを停め、ニックスが振り返って確認してきた。
フェルナンドも大型車両を停止させ、使い込んで年季の入った双眼鏡で町の様子を観察する。
「なにが見えるの?」
ダヴォルカは不吉な予感がする。これまでさまざまな戦いを目にしてきたが、それとは異質な脅威が潜んでいそうな。それは以前、研究所で開発されていた人造人間が暴れ出したときのことを思い出させた。
あくまでダヴォルカの気のせいにすぎないが、そのとき同じような寒気に似た感覚が体を震わせるのだった。
「ここからではよく見えないな……。近づいてみないと、はっきりしない」
フェルナンドは双眼鏡を置く。
「近づいても、だいじょうぶかしら」
「だいじょうぶ……ではないだろうな。少し様子をうかがいながら、ゆっくりと接近していったほうがいいとみる」
ホセ、とフェルナンドは呼びかける。
「低速で進もう。警戒しながらな」
ニックスは低速でクルマを走らせる。フェルナンドの命令に従ったように見えるが、その声が聞こえていたのかどうかは関係なく、自分の判断でクルマを動かしているのだろう。
フェルナンドの表情が硬い。
ニックスの後ろ姿には変化がない。が、すぐにでも攻撃に対応できるよう、神経を研ぎ澄ましているに違いない。いずれにせよ、脅威が高いのは間違いない。
「このまま進むの? 別の町に行き先を変えたほうがいいんじゃない?」
もしダンテの町での戦いが激しかったのなら商売どころではないだろう。
「いや、このまま進む」
しかしフェルナンドは揺るがない。
「でも、危険じゃないの?」
「地球上、人間がいるところはどこだろうと危険さ。だが危険があるからこそ、商機もあるっていうもんさ」
この世で最も危険なのは人間である、というのはなんともやりきれないが、確かにそれは事実だろう。病嵐も危険だが、生き残った
人類が数を減らし、最後の数人になってもなお争って殺し合い、たった一人が生き残った先にもうなにもなくなったときに初めて本当の安らぎが得られるというのなら、もうそういう種族は滅んで当たり前なのかもしれない。人間ほど愚かな種は他にないだろう。
町からはあらたな爆発音は聞こえてこない。が、戦闘は終了したのかどうかは、判断できない。
もうかなり近づいてきていて、町を取り囲む城壁の輪郭もはっきり見えるようになってきた。遠くから見えていた黒煙もすっかり拡散して、空に溶けて痕跡すらなくなっていた。
さらに接近する。攻撃してこない。
二メートルほどの高さの城壁に囲まれた内部でなにが起きているのかは見えない。町の門へと回りこんだ。
門は、普段は開いているものだった。攻撃されたときのみ閉じられる。見張り台に人をおいておき、脅威が近づいたと見るや門を閉じるのである。
が、いまはその見張り台に人の気配がない。
ニックスの小型車両を先頭に、門をくぐった。
トラックを牽引する大型車両がそれに続いた。
町に、人の気配がない。
「こいつはどういうことだ……?」
フェルナンドは首をかしげた。町の入り口付近には、たいてい、キャラバンを迎えるための施設があり、そこが無人ということはありえない。
ニックスもこの町の異常さに、なにかあったのかはわからないものの、警戒した。油断なく、周囲を探りながら進んだ。
「どっちへ行く?」
ニックスは訊いた。
フェルナンドはしばし黙した。予定では、頭目に面会し、商売の許可を得る。頭目がどこにいるのかは、そこらにいる住民に聞けばすぐに判明する──はずであった。ところが、肝心の住民の姿が見られない。
まるでゴーストタウンのようだった。が、さきほど立ち上っていた黒煙が、この町が無人でないのを物語っていた。
不気味な静けさが町を覆っている。
「ホセ!」
フェルナンドはニックスに呼びかける。
「手分けして、頭目をさがそう。おれは南側をさがすから、おまえは北側をあたってくれ」
ニックスの返事を待たず、フェルナンドは、交差点で大型車両を右折させた。
フェルナンドの前方には、大きな建物があった。元は、ホテルとして建てられたとおぼしき高層建造物だ。豪族の頭目は、こういう町で一番大きなビルを「宮殿」と称し、根城にすることが多かった。自らの権力を目に見える形で誇示するのは、大昔から支配者にありがちな傾向だった。
ダンテもおそらくそうだろう、とフェルナンドはふんだのである。
そして、その予想は当たっていた。
「止まれ!」
ゆっくりと、警戒しながら一直線にその建物に向かっていると、突然、声が飛んできた。
フェルナンドはブレーキを踏む。
ここへは商売をするために来たのであって、戦いに来たのではない。襲撃されたら自衛のための反撃はやむをえないが、なるべくなら友好的な態度で町の住民には接したいところだった。
「おれたちは見てのとおり、キャラバンだ」
どこから見られているかわからず、フェルナンドは運転台で声をはりあげた。
「豪族の頭目に商売の許可を得たい」
返答を待つ。
「しばし待て!」
ややあって、返事があった。
フェルナンドは待った。ダヴォルカはこのとき、運転台から車両の奥のスペースに移動していた。誰かに見つかるわけにはいかないのだ。ダヴォルカはフェルナンドにとって、大事な「奥の手」なのだ。その存在を隠しておきたかった。
「頭目のダンテは死亡した。いまこの町は非常事態である」
すると、とんでもないことを告げられた。
(ダンテが死んだだと?)
安定していたと思っていたこの町になにがあったのか──。ダンテの死亡原因は、おそらく病気はでなく、殺人だ。しかしダンテほどの人望のある者が殺されてしまうとは信じられない。
「なにがあったんだ?」
フェルナンドは訊かずにはおれない。
「襲撃されたのだ、ロボットに」
(ロボットだと……?)
フェルナンドは絶句した。軍事用の戦闘ロボットが存在していたことは知っていた。しかし、それは高度なメンテナンスが持続されてこそ戦えるのであって、現在においてそんなものがこの世で動けるとは考えられなかった。
「ダンテはロボットに殺害されたのか?」
「そうだ。まだ町にはロボットが活動していて危険だ」
「わかった。詳しく聞かせてくれないか。どうか出てきてくれ」
フェルナンドが言うと、通りに面した建物の陰から、一人の銃で武装した男がのっそりと姿を現した。
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