Act 2

 トラック二台分の積み荷といっても、物資が満載されているわけではなかった。近年は、キャラバンによって流通される物資の減少が著しい。産業が壊滅状態なのだ。工場を有する豪族がかろうじて生産を行ってはいたが、それを狙う豪族が強力な武力をもって製品を奪うとたちまち生産量が低下した。工場を運用していた者がいとも簡単に殺害されてしまえば、もはや機械を動かす技術も物資を生み出すノウハウも失われてしまう。

 武装闘争に明け暮れる豪族たちは破壊しか知らない。奪うことはできても、なにかを生み出すことはできなかった。疑心暗鬼にとらわれ、他者を排除することのみに生き、他者との協力など考えもつかなかった。

 聡明な人間は早死にし、残るは力だけを持つ愚かな野蛮人ばかりになった。

 こうして、人口減少によりただでさえ物資の供給は低下の一途をたどっているのに、さらにそれに拍車がかかっているのがいまの世の中だった。愚かな人類おとこたちは加速度的に絶滅への道をつきすすんでいるというのに、しかし当事者はなんの危機感もなく、日々、武力闘争を繰り広げていた。

 フェルナンドは、岩場地帯の道路から外れた場所にトラックを移動させた。二台とも損傷はなく、問題なく走行した。積み荷を調べると、一台でじゅうぶん積載できる量だったが、リスク軽減のため、あえて二台で運んだと推測された。

 品目は二台合わせて量は少ないものの、レーション、飲料水、医薬品、小火器、弾薬、ガソリンと、当面必要なものがそろっていた。

「これで当分はしのげる」

 フェルナンドは上機嫌だった。

 それもそのはず、女を手に入れたのだから──。

 病嵐によって、世界中から女が消えた。赤ん坊から老婆まで、ほぼ瞬間的に死滅した。それはY染色体を持たないために発病したのだと言われていたが、病嵐の研究がされる前にほとんどの罹患者が死亡したため、なにもわからぬままいまに至ってしまっていた。

 どういう理由でかは不明だが、発病せずにわずかに生き残った女たちがいたが、彼女たちのその後の運命は、筆舌につくしがたいほど悲惨であった。

 十年の歳月がながれた。

 いまでは女性を見ることは、まったくといっていいほどなくなっていた。有力な豪族が幽閉しているらしい、というのが世間での噂だ。確かめた者は口を閉ざしている。

 こうして、女の希少価値は天井知らずにあがり、金貨数十枚の値がつくともいわれるほどであった。それをフェルナンドは手に入れたのである。これを資金とすれば、いかなるものも手に入れられる。

「どうやらおれに運が向いてきたようだ……」

 フェルナンドは、積み荷のリストを書き上げると、ホセに言った。

「おまえと組めるようになって襲撃の成功率も上がった。そのうえ女まで手に入れられた。これでおれが王になる夢はますます現実味を帯びてきたってもんだ」

 ことあるごとにフェルナンドはホセに夢を語ったが、ホセはしかしその話に乗ってきたことはなかった。そんなものは寝言にすぎないと思うのが常識的な発想だと、フェルナンドも理解していたから、反応の薄いホセを物足りなく感じたりはしなかった。

 群雄割拠といえば聞こえはいいが、要は力だけが支配する、太古の未開時代のようないまの人間社会にあって、頂点を目指すというのはすなわち、多くの敵をすべて倒して実現するものなのだ。世界中に存在した国家が消滅したいま、大陸の征服は不可能ではないとはいえ、限りなく現実離れした発想だった。

 しかも人口の減少は避けようがない。新たな生命が生まれてくる道理がないのだから、国を作り王になったとして、そこに国民はいかほど存在するのか──。

 それはフェルナンドにもわかっているはずだろうに。

 とはいえ、女を手に入れたのは確かに大きかった。幸運が舞い込んできた、と嬉々とするのも当然だろう。

 その夜、火を囲んで食事をとるとき、フェルナンドは手に入れた女──ダヴォルカを丁寧に扱った。手錠や鎖を外し、行動の自由を与え、食事もじゅうぶんに摂らせた。

 フェルナンドはいつもより饒舌に夢を語り、ホセを紹介した。

「このホセの戦闘技術は目を見張るものがあるんだぜ。ホセとおれが組めば、なんだってできそうな気がする」

 そして、ホセとの出会いを語るのだった。



 それはほんの半月ほど前のことだった。キャラバンをたった一人で襲撃している男がいた。キャラバンが引き連れる用心棒が乗る小型車両数台を相手に大立ち回りを演じていた。数の差をものともせず、勝負は襲撃者のほうが押していた。驚くべき機動力をいかして次々と用心棒の車両を撃破し、それはまるで鬼神のごとき戦いぶりであった。が、あと少しで勝利をものにできそうなそのとき、アクシデントが起きた。

 エンジンの不調であった。襲撃者のクルマが白煙を吹き、急に速度が落ちたのだ。

 複雑の構造のガソリンエンジンを万全な状態で維持する技術も道具もなかった。しかも砂漠という過酷な環境下で動かしていれば、いつ故障してもおかしくはない。

 キャラバン襲撃時は、さらに激しい運転でクルマに負荷がかかる。当然、突然故障してしまうこともあり得た。しかしキャラバン襲撃は生きる手段でもあったし、リスクをとらないわけにはいかなかった。

 形勢逆転とみるや、用心棒は反攻にでる。負傷する襲撃者。襲撃は失敗すると思われた。が、そこにフェルナンドが大型車両で現れ、強力な火器で用心棒を粉砕した。襲撃者に気を取られていた用心棒たちは一撃で沈黙した……。

 これがフェルナンドとの出会いだった。フェルナンドは、小型車両一台でキャラバンへの襲撃をした男の戦闘技術を買い、怪我の治療を施し、仲間になるよう求めた。一人で襲撃するよりも二人のほうが成功率もあがる、実際おれの助けがなければおまえは死んでいただろう、とフェルナンドは説いた。

 警戒心からか己の素性をまったく話さないその男は、フェルナンドに「ホセ」と名付けられた。それで不都合はなかった。

 ホセは怪我のせいでキャラバン襲撃ができなかったこともあり、フェルナンドの提案を受けいれた。

 ホセの怪我が治ると、フェルナンドと二人でキャラバンを襲撃した。作戦をたてて実行したら、まんまとそれにはまったというわけだった。

 考えていたことがすべてうまくいく──。

 フェルナンドが有頂天になるのも無理なかった。なんでもできそうだとの自信が、おおらかな行動に出ていた。

「しかしあたいを自由にして、寝首をかかれないとでも思っているの?」

 ダヴォルカは油断なく問う。

 すると、フェルナンドは大口をあけて笑った。

「女に殺されるたぁ、本望だぜ。いや、おまえはおれたちを殺したりはしない。こんな世界で生きていくには男の庇護が絶対に必要だからな。おれたちを殺したら最後、おまえも死ぬ」

 真顔に戻った。

「ちょっと、しょんべんに行ってくる」

 立ち上がると、フェルナンドは焚き火を離れる。

 ダヴォルカとホセだけになった。ホセは、フェルナンドと対照的にいっさいしゃべらない。しかしダヴォルカにはわかっていた。

「あんたは彼にホセと呼ばれているのね。あたいのことは憶えていない?」

 ホセは初めてダヴォルカに目を向けた。

「ダヴォルカ……研究所とかいうところで会ったな」

「そう、憶えてくれてたんだ……」

 名前を呼んでくれたのは初めてだ。それがうれしくて、つい笑みがこぼれてしまう。

「いつかまた会えるような気がしていたわ。生きてくれていてよかった……」

「なぜそう思う。おれのことなど、おまえに関係ないだろう」

「あんたはあたいを救けてくれた。それだけでもじゅうぶん、関係あるんだよ」

「…………」

「あんたがニックスだということはフェルナンドには黙っているわ」

 ホセはその正体を明かされても顔色を変えない。そこがまたニックスらしかった。

 だが忘れるはずはなかった。死神ニックス。戦うことでしか生きられない戦士。他にはなにもない。ただ己が生き残るためだけに戦う。

 自分の命を優先するのは当然の考え方で、こんな世界で生き残っていこうとすればなおさらだろうが、ニックスの場合はそこに他者を思う気持ちがまったくなかった。限界まで研ぎ澄ました刃物のように鋭利で、立ちふさがる脅威を退けていく。

 その代わりムダな攻撃もしない。近づく者すべてを傷つける狂戦士バーサーカーではないのだ。もし味方であったなら、どこまでも心強いだろう。女が生きていくには、いまの世の中は過酷すぎる。強者の庇護を求めるのは自然な考えであり、ダヴォルカはそれが必要だと感じていた。その強者の資格をニックスは持っている──何度かニックスと接し、ダヴォルカはそう思うようになっていた。

 だが同時に、それがひどく難しいことも承知していた。豪族ヤコフから賞金をかけられ、世界じゅうの人間から追い回される立場だ。誰も頼らないし信じない──そんな男が庇護者として自分をおくことができるのか。そう問われれば、無理だと誰もが口をそろえるだろう。

 ダヴォルカはしかし、生きるためにこれまで身を寄せてきたどの男たちよりも、ニックスに惹かれてしまうのだった。これまで何度かニックスと出会い、別れてきた。そのたびにもう出会うこともないだろうと思っていた。それがまた出会えた。いつ殺されてしまうかわからないこんな世で。その運命がよりいっそうニックスに対する気持ちを強くさせていた。

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