第5章 フェルナンド

Act 1

「行くぜ!」

 フェルナンドは気合を入れるように叫ぶと、アクセルペダルを踏み込んだ。

 鉄の装甲板を取り付けた、ちょっとした家屋ほどの大きさの車両が、エンジンの音をうならせて砂漠の大地を走り出した。タイヤから巻き上げる砂が後方に流れる。

 前方にはキャラバンがいた。二台のトラックと四台の護衛車両である。砂漠をわたって町から町へと物資を運ぶ商隊。

 激しい振動などものともせず、そのキャラバンに猛然と接近していくフェルナンドの大型車両。その攻撃的なフォルムは、見る者を委縮させてしまいそうであった。

 突然現れた車両に、キャラバンの護衛車両はすかさず反応する。警報を鳴らし、接近してくる〝脅威〟に備えた。

 脅威かどうかはわからない。しかし警戒するに越したことはないのだ。

 その対応は正しかった。

 フェルナンドは警告もなく、いきなり攻撃を開始した。

 大型車両に搭載してあるロケット弾が発射された。運転しながら遠隔操作できるように、あらかじめレバーを取り付けて膝元までつなげていた。

 ロケット弾は煙を引きながら高速で飛翔する。ほぼ正面に狙いが固定され、細かい照準は期待できなかったが、もとより直撃は計算していない。

 着弾して爆発したのはキャラバンのすぐ近くだ。爆風とともに大量の砂が宙に舞う。その効果は大きかった。

 強力な火器を目にして、キャラバンはすぐさま逃走に移った。単独で襲ってきたとはいえ、戦って勝てる相手ではないと、フェルナンドのクルマの威容を見て判断したのだ。

 逃げ込む先は──近くに見えた岩場地帯である。遮蔽物が多く攻撃されにくいし、大型車両だとおそらく入ってはこられない。

 スピードは出せないが、そこなら追尾されないだろうと、誰でも考えつく。

 そう、誰でも……。

 追いかけるフェルナンドもそう考えた。そしてそれが本当の狙いだった。

 フェルナンドの大型車両では、実のところ速度が遅く、高速で逃げられたら追いかけられないのである。逃げてくれたのは、むしろこちらの思惑どおりというわけだった。

(いいぞ、うまく誘導できた……)

 フェルナンドはほくそ笑む。

(岩場に張っていた罠にはまるがいい)

 その〝罠〟が確実に獲物を仕留めるのを疑っていなかった。



 ごつごつした岩が多い。

 どんな自然のいたずらがこのような地形を創ったのか、大小さまざまな大きさの岩が丘陵地帯のふもとに転がっていた。乾いた土地に樹木はほとんど生えていなかったが、木々はなくともその岩のせいで見通しが悪くなっている。追っ手の大型車両からは見えづらいだろうし、そもそもこのような場所に入ってはこられない。入ってきたとしても、すぐに行き止まりにぶちあたって進めなくなる。

 ──ここを抜けて行けば、追っ手から逃れられる。

 キャラバンがそう判断するのも当然だろう。

 機関銃を備えているとはいえ、たった四台の小型車両であんな戦車のような大型車両と戦って勝てるとは思えなかった。

 後方を確認し、追っ手がやってこないことで安心していると──。

 だしぬけに正面で爆発が起きた。

 それも一ヵ所ではない。数ヵ所、ほとんど同時に。不幸にも先行する二台の護衛車両がその爆発に巻き込まれた。

 小型の護衛車両は、機動をよくするため自重を軽く改造されていた。防弾用の装甲板を運転席の周囲と、後部の機関銃を操作するガンナー用に設置していたが、それ以外の装飾用部品は思い切りよく取り外されていた。

 その軽さが災いして、爆風に吹き飛ばされて横転してしまった。

 護衛車両のすぐ後ろについていた二台のトラックは急停止する。

 地雷でも埋めてあったのか……と、その爆発の原因がわからないでは、うかつに前進できない。

 と同時に、トラックの後方にいた残りの二台の護衛車両は、襲撃に備えた。

 後方からの脅威は消えたはずだ。

 となると、待ち伏せされたか──。

「全員、散開! かたまっていたらやられるぞ!」

 護衛車両に乗る一人が叫ぶと、男たちは各自、自動小銃を持ってクルマを降りた。

 が、遮蔽物に逃れようとした瞬間を狙い撃たれた。どこから銃弾が飛んでくるのか見定める暇さえなかった。

 血を流して次々と倒れるキャラバンの用心棒たち。一撃必殺の銃撃で、一発たりとも外さない。一回の銃声とともに確実に一人が撃たれていた。

「そこかぁ!」

 最後にひとり残った用心棒が、やっと岩陰に潜む狙撃手を発見したときにはもう遅かった。額に穴をあけられて、もんどりうった。

 護衛が全滅し、残るは二台のトラックに乗っている男たち。サブマシンガンを手に取って、たった一人の狙撃手に向かって、トリガーを絞った。

 が、狙撃手の動きが早かった。さっと岩陰から飛び出したかと思えば、走りながら自動小銃を撃ってきたのだ。

 斜面を横に走りつつ、その体勢では、まともに命中しないはずだが、放たれた銃弾は一発残らず目標をとらえた。

 驚異的な命中精度であった。

 キャラバンの全員を戦闘不能にした襲撃者が、トラックに近づく。その歩みは油断なく、戦い慣れたソルジャーのそれであった。

 血の海に倒れる男たちを無慈悲に見下ろす襲撃者。手当てをして助けようなどという気持ちなどさらさらない、非情な目が冷たく光る。ぴくりとも動かず、すでに事切れた者はもちろん、まだ息のある者に対しても、それは人間を見る目ではなかった。立ち向かってくる脅威であるかどうかしか判断しない戦士の目だった。

 襲撃者は、自分の他にはもはや死者と重傷者しかおらず、脅威が完全に失われたのを確認し終えると、信号弾を空に向けて発射した。

 赤い煙が雲一つない乾いた空を上昇していく。

 キャラバン襲撃は成功した。



 あとから現れた大型車は、ゆっくりと岩石地帯を進んできた。

 作戦がものの見事にはまり、フェルナンドは大満足だった。大型車の運転台から飛び降り、たった一人でキャラバンを全滅させた仲間をねぎらった。

「さすがだ、ホセ! おれの見立ては間違いなかったぜ。なぁ、偶然じゃないだろ? 作戦通りにやれば勝利はおれたちのものなんだよ」

 相好を崩し、ホセと呼んだ相棒の肩をぱんぱんと気安くたたく。

「積み荷を調べよう」

 が、喜びに笑顔を見せるフェルナンドに対し、ホセは無表情に言った。たったいま人殺しをしたとは思えないほど落ち着いていた。ホセにとって、戦闘は日常のひとコマにすぎないのが、その態度からみてとれた。

「そうだな、積み荷が目的なんだからな」

 フェルナンドは意気揚々とトラックの後部に回り込む。その途中で死体をまたぐが、気にしない。

 トラックの後方には、護衛の小型車両が停車し、周囲には用心棒が血にまみれて倒れていた。ついさっきまで息のあった者も、もう死体になっていた。

 貨物ドアのレバーに手をかけ、力をこめて回す。

「よっし、開いた。ホセ、手分けして、なかを検めるぞ」

 貨物室に上がった。

 何十もの木箱が積み込まれていた。木箱には、中身の品目が下手な字で書かれていた。

 目についた手前の木箱をこじ開けようとするホセを制止するフェルナンド。

「待て待て。開けずとも中身はわかる。おまえは字が読めないようだな。おれが全部の積み荷の品目を確認するから、手を出すな」

 フェルナンドはそう言って貨物室の奥へと進む。明るい炎天下からやっと目が慣れてくると──。

「うおっ……!」

 その存在を認めて、絶句した。

 異変を感じて、ホセがフェルナンドの背後に立つ。なにに驚いているのかがわかった。

「すげぇ……」

 やっとそれだけ、フェルナンドは言った。

 二人の男の前にいたのは、手錠と鎖でつながれた、一人の女だった。

「生きているのかよ……」

 フェルナンドは腰を落とす。

 女は壁に背をあずけて座っているが、眠らされているのかぐったりとして意識がない。両手には手錠がかけられ、逃走できないよう鎖で壁に固定されていた。

 手をのばし、フェルナンドは女のおとがいを無造作につかんで様子を探る。その手に体温が感じられた。

 すると、女の閉じたまぶたが震えた。やがて苦しそうに目を見開き、双眸が二人の男を捉える……。

 目の前に立つ見知らぬ顔に、女の表情に怯えのような警戒感が現れる。

「ホセ……、こいつは最高の積み荷だぜ……」

 目をぎらつかせて、フェルナンドの口元から野獣のような笑みが漏れた。

「おまえ、名前はなんていうんだ?」

「あんた、誰よ?」

「おれはフェルナンド。おまえの新しいあるじだ」

「ふん、そういうことね……。あたいはダヴォルカ……」

「ダヴォルカか、いい名前だな。こいつはホセだ」

「ホセ……」

 薄暗い貨物室のなかで、ダヴォルカはホセに目を向けた。息を飲み込んだ。

「あんたがホセ……?」

「んん?」

 フェルナンドは一度背後に立つ男を振り返る。女を見たというのに、興奮することなく無表情に立つホセがいた。

「なんだ? おまえ、ホセに興味があるのか? ははっ、こいつはすごい男だぜ。たった一人でこのキャラバンを全滅させたんだ。並みの腕じゃないな。おれはこいつと組んで、いつかこの大陸の王になる。おれにはその素質がある。強い男もいいが、それだけじゃいまの世の中は渡れねぇ。まぁ、今はそんなことはどうでもいい」

 ホセ、とフェルナンドは命じる。

「ともかく、ここはいいから、積み荷を調べようぜ。飲料水に食料や医薬品、燃料と武器もどれだけあるか、リストを作ろう」

 ホセはうなずく。

「ダヴォルカ、今夜はたっぷり楽しもうぜ」

 フェルナンドはそう言って立ち上がった。

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