脱走

 その夜、Nを含めた少年兵数人に幹部から説明があった。

 ──数日後、夜襲を敢行する。よって本日より夜襲を想定した訓練も行う。

 訓示がなされた。攻撃に参加する全員に対し、昼間の訓練で疲れているにも関わらず夜間の訓練も強行された。毎日ろくすっぽ食べ物も与えられないせいで体力のない少年兵たちはふらふらになりながらも訓練を続けた。

 指導する幹部も訓練に熱が入る。次の作戦で少年兵の働きが鈍ければ叱責されるのは幹部だからだ。訓練についていけず脱落する者は容赦なく懲罰された。だが倒れる少年たちが続出する。幹部はそれでも訓練を続けさせた。それ以外になにをすべきか考えがなかった。

 年長者のNの他数人が訓練を乗り切り、数日後、予定通り行われる襲撃作戦に参加することになった。

 他の大人たちとともにトラックに載せられ、数十キロ離れたハムザ村へと向かう。その村は同じような武装組織の拠点だった。食料の他に武器も手に入るが、リスクも高い。

 相手も普段から警戒している。常に外部に対して目を光らせていた。が──夜間となると、その防備も昼間ほどではない。

 その夜、月は出ておらず、星明りのみで暗い。ハムザ村からエンジン音が聞こえないほどの距離でトラックから降りた攻撃部隊は、徒歩で闇にまぎれて砂漠を進む。

 起伏のない砂漠で点在する木々を伝って村へと近づく。

 砂漠には人間だけでなく野生動物もいた。毒をもつ蛇やサソリは夜間に活動し、それもあって、滅多なことでは出歩かないのが当たり前であった。

 村に灯りがない。外敵に備えるなら、サーチライトで絶えず照らすところであるが、そんな装備は贅沢であり、望むべくもないのだ。

 村は寝静まっていると思われた。見張りはいるだろうが、昼間のようには見えるはずもなく、音を頼りに目を凝らしたところで、気配を消す訓練をした兵士の正確な動きを見極めることなどできないだろう。

 足音も立てず、接近していく。

 Nは、仲間とともに村に突入するのだが、今回は少年兵だけが先行して突入するのではなく、大人の兵士もいっしょだ。全員で飛び込んで、奇襲する作戦なのだ。

 村の周囲には土塁が築かれており、そこを乗り越え、警備兵の寝込み襲う手筈で、事前に村内の配置は伝えられていた。どの建物が兵舎であるのか、武器弾薬の倉庫、食料の貯蔵庫などが、ある程度わかっていた。

 村の規模は大きく、人数も多かったが、奇襲をすれば勝てる、という算段だった。

 Nたちは自動小銃を背負い、這うように姿勢を低くして村に接近した。敵の警備軍兵士に見つかることなく、高さ一メートルほどの土塁を乗り越えた。大人はともかく少年兵にとっては決して低いわけではないが、訓練はやってきていた。難なく村内に潜入した。

 村の敷地内に動く人の気配はない──いや、見張りがいた。しかし銃を抱えてはいるものの、眠そうに立っているだけで周囲に気を配っている様子ではない。

 Nは土塁より姿勢を低くし、目を凝らして建物の並びを確認する。干しレンガを積み、木の板で屋根を葺いた平屋の建物が、延焼を防ぐためだろう、互いに距離をおいて建てられている。

 三〇メートルほど離れた場所にある建物が兵舎だと認識した。それがわかると、Nはやおら飛び出した。一直線にその建物を目指してわき目もふらず走っていった。

 建物に至ると壁沿いにめぐり、ドアを見つけると蹴破った。ドアに鍵などかけられていない。簡単に開いた。直後に手榴弾をひとつ投げ込んだ。

 爆発音が静かな夜に響き渡った。この建屋内にいたほとんどの人間が無力化されたはずだった。

 見張りが爆発音に仰天し、なにが起きたのかと走り出す。

 Nは自動小銃で狙い撃つ。七・六二ミリの弾丸を食らい、悲鳴を上げて倒れる見張り。

 それを機に戦いが始まった。

 手榴弾の爆発音とそれに続いた銃声に驚いたのは見張りだけではない。別の建物にも兵士はいた。休んでいた警備兵が武器を手に飛び出してくる。

 Nはそこをめがけて狙撃する。二十発のマガジンが空になると、すかさず取り換え、攻撃を続ける。

 容赦のない銃撃だった。

 Nの仲間の少年たちは、そんな思い切りのいいNの戦いに勇気づけられ、別の建物を襲撃しようとする。

 が、敵はそのわずかな時間で態勢を立て直して反撃してきた。事前の情報では聞いていなかった建屋から大勢の敵兵が現れたのだ。情報が不正確だった。

 ライトが灯り、怒声が上がる。年端もゆかない少年兵たちはその声に震えあがり、銃を持つ手もぎこちなくなる。訓練どおりにはいかない。ライトに照らされて、侵入者の少年兵がまぶしさに手をかざす。そこへ銃撃が浴びせかけられる。

 Nはライトを銃撃。周囲が再び闇に帰る。自分よりも年下の少年兵たちが撃たれて何人か絶命していたが、泣き声がすることから全員が死んでしまったわけではない。銃創を負い、血を流して苦しんでいても後方への搬送など望むべくもない。そんな用意はしてきていない。そもそも医療体制が満足でないため、重症でなくても助からないだろう。少年兵の部隊はすでに全滅に近かった。戦力としてN以外は勘定できない状態になっていた。

 いきなり後方──味方から銃撃された。

 敵に接近しすぎて、敵と間違われた──いや、背丈からNだとわかるはずだ。ということは、敵もろとも殺害するつもりだったのだ。大勢の敵が現れたことで、味方の大人たちは冷静な判断ができなくなっていたのだ。

 Nは走って銃撃を逃れる。

 敵も撃たれたが、まだ息のある少年兵たちも、動けなくて味方に撃たれてしまい、血飛沫があがる。分別もなにもあったものではない。理性が失われた戦いだった。

 戦いは激しさを増している。少年兵を駆逐した敵の警備軍は勢いを取り戻していた。そしてそれは次第に優勢になりつつあった。

 味方の大人たちが邀撃にあって次々を倒れる。形勢は完全に逆転していた。

 Nは銃撃をかいくぐり、建物の壁に背中を押しつけ、戦場となった村でどう行動すべきか考えた。

(こんな乱戦のなかにいたら危ない)

 そう思って、どうやってここを乗り切れるか考えていると──。

「おまえ、なにをやっている。敵と戦え!」

 怒声が飛んだ。

 振り向くと、頭目だった。数人の大人の兵士を従え、悠然と小型車両に乗っていた。

「さぁ、敵を殺し、奪うのだ。我々に後退はない」

 拳銃の銃口を向けられた。危険な目をしていた。

 Nは頭目に背中を向け、駆け出す。──が、数メートル走ると突然振り向いた。

 ためらうことなく引き金を引いた。フルオートで掃射。空薬莢が地面に散り、乾いた音を立てる。

 頭目とその従者が一瞬で絶命した。反撃する間もなく、血を噴き出して。

 この襲撃が失敗すれば後がない──頭目はこの夜襲にすべてをかけていた。しかし作戦の詰めは甘かった。敵の規模を過小評価し、都合のよいシナリオで勝利を見積もっていた。

 先頭で戦っていたNにはもう大勢がわかっていた。この頭目はここまでの人間だ、と。

 Nは駆け寄り、頭目の死体を蹴り落とすと、小型車両に飛び乗る。

 運転の方法は知っていた。小型車両の整備もNの役目だった。

 ギヤを切り替え、アクセルを踏み込んだ。エンジン音が高く鳴る。

 まだ銃声の激しい戦場を背後にして、Nは村から走り去る。深夜の砂漠をどこへともなく。

 それはNにとって、あてのない旅の始まりだった。

 頼りない星明りが照らすNの未来は、暗い砂漠の大地のように、過酷で無慈悲で、そして──ひとにぎりの希望さえなかった。

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