Act 6
なんだか騒がしいなと思い、車内のデッキチェアからマティウは窓外の様子をうかがった。娼館キャラバンの初日は大いに繁盛していた。客は同性愛者ばかりではなかった。男しかいない世界となれば、相手が男娼であろうと、たぎる性欲を解き放つに一線を超えてしまえば、あとは気になることなく何度もやりたくなるものなのだ。
人が大勢集まるところでは、ケンカはさほど珍しいものではない。そのとき銃声がすることもあり、たとえ死人が出ても驚くほどのことでもなかった。
それぐらいのことは用心棒たちも互いに黙認していて、小さないざこざにはいちいち首をつっこまない。
今夜も、きっとそんな取るに足らない事件なのだろう──とマティウは思った。なるべくかかわりあわないほうがいい。それより、今は商売のほうが大事だ。
マティウは、今夜はもう二人の相手をしていて、今は次のお客に指名されるまでの間の休憩時間だった。歳を重ねたとはいえ、まだまだすてたものじゃないと、自分のテクニックに満足して帰ったお客を思った。
ああ……怪我が治ったら、「彼」にもしてあげられるのに。
マティウは名も知らぬ青年のことを想った。大怪我をしていた青年はもうかなり傷が癒えていた。野性的で、他の男にはない独特な、何者にも挑んでいくような凄みのある雰囲気がたまらなかった。
彼との行為を想像すると、体がうずいてしかたがなかった。いまはそれを商売に使っているが、いずれ……。
そう思うといてもたってもいられず、マティウは個室に戻ることにした。ほんの少し、青年の様子を見るつもりで。差し入れでもと、お客がおいていった果物──ザクロの実をもって行きたかったし。
個室トレーラーに戻り、ドアの前に立つと、
「あたしよ、マティウよ。入るわよ」
ノブを回した。
部屋のなかには誰もいなかった。
(どこへ行ったのかしら……?)
青年は小銀貨一枚持っていなかったし、夜の町は危ないから、出歩くとも思えない。
誰かに訊いてみよう、と思い立ち、マティウは娼館の男たちに聞いてまわった。が、誰も青年が出て行ったことを知らなかった。
マティウは血相をかえた。
「へっへっ……、おまえさん、きっとやっこさんに逃げられたんだぜ」
客の案内係をやらされて娼館キャラバンに残っていた用心棒がおもしろ半分に言った。
「それより、向こうでなにかおもしれぇことがあるみたいだぜ」
と、べつの用心棒が話題を変える。
「なんだよ、そりゃ」
「お尋ね者がこのオアシスにまぎれこんだんだとさ」
「へぇ……。それで?」
「首をとったら、豪族から賞金が出るっていってたぞ」
「ほんとかよ」
「ニックスって名前のやつだ。おれたちも行ってみねぇか。どこかに隠れているところを燻り出すんだ」
「退屈しのぎにゃ、いいかもしれんな」
「よし、兵隊を招集しよう」
用心棒たちはマティウのことなどどうでもよかった。娼館の仕事を放り出して、用心棒たちはキャラバンから離れていく。
取り残されたマティウも去っていく用心棒のことなどどうでもよく、青年の姿を求めて周囲をもう一度探そうと歩き出す。
そこへ、町のほうからやってくる人影があった。シルエットから、あの青年に違いなかった。が、どうも様子が違う。
(なにかあったのかしら?)
マティウはしかし、とにかく青年と会えたことにほっとして、不用意にその歩く先へと飛び出していった。
「止まれ!」
いきなり声をかけられたが、それは決して親しいものにかける言葉ではなく、警戒心むきだしの、出会ったばかりのときの青年の声だった。それでマティウも合点した。
「あたしよ、マティウよ。安心して」
呼びかけた。
ところが、暗がりから現れた青年を見て、マティウは眉をひそめる。
「そんなもの、どうしたのよ?」
青年の手には回転式の拳銃が握られていた。ズボンのポケットもなにが入っているのか、大きく膨らんでいる。
「用心棒の乗っていた
青年はマティウの質問を無視し、勝手な要求をした。
「あなた……ここを出ていくつもりなの?」
マティウは青ざめた。考えたこともない言動に瞳孔が開く。青年との甘い暮らしを夢見ていたのに、それが突然、霧消してしまったかのように。
「待って。どうしてなの?」
「ここはおれのいる場所じゃない」
そも、マティウが青年の意思を無視して連れ込んだのだ。だから青年が出ていくと主張するのも無理なかった。それでもマティウは引き下がりたくない。
「早く言うとおりにしろ」
青年はマティウに銃口を向けた。苛立っているわけではなく、早くしなければならない理由があるようだった。
「どうして……? 教えて。どうして、ここにいたくないの」
「おまえには関係ない。この銃が見えないのか。クルマをもってくるんだ」
「…………」
マティウは固まってしまったかのように黙りこんだ。
「どうした。早くしろ」
「あたしも連れてって」
「なんだと?」
「あなたが出て行くなら、あたしも出ていくわ。あなたと離れたくないの。なんでもするわ。だから、いっしょに……」
「なにをわけのわからないことを……。とにかくクルマをもってくるんだ」
「約束して。クルマを持ってくるから、連れていってちょうだいね」
マティウはきびすをかえした。
娼館キャラバンから出ていくとなると、クルマだけ用意すればいい、というわけにはいかない。水や食料、ガソリンも必要になる。路銀を持っていても使えるとは限らないのだ。金銀と交換できる物資の豊かな土地のほうがむしろ希少だ。
マティウはそう思って、トレーラーから保存用乾パンやボトルウォーターを運び出し、用心棒が乗る小型車両の荷台に放り込むと、備蓄用のガソリンをポリタンクごと積み込んだ。
それを運転して青年のもとに戻った。
「持ってきたわ。これでいいかしら?」
「武器はなかったのか?」
「武器……そうね、それも必要ね。でもあたしには無理だわ。選べない」
どんなものがいいのか全然わからなかったし、扱い方も知らない。とはいえ、砂漠で旅賊に遭遇する危険を考えれば、たしかに必要だろうと思った。
「武器なら倉庫にあるけど……あなたが選んでくれるなら、案内だけはしてあげられる」
「どこだ?」
マティウは青年をクルマに乗せて、ひとつのトレーラーカーゴに移動する。娼館のトレーラーハウスとは違う、べつのトレーラーカーゴだ。そこは用心棒の居住スペースも兼ねていた。だが今は無人だ。照明も落とされていた。
それでも勝手知ったるカーゴのなかだ。クルマを降り、マティウは青年を従え進む。武器の保管庫の前に至った。
「でもここには鍵がかかっているわ」
ノブに手をかけるもドアは動かない。鍵はマティウの管理外だ。
「たぶん、親方が持っていると思う」
青年は拳銃を抜くと、ノブに向けて無造作に引き金を引いた。ためらうことなく数発撃ちこむ。銃声にマティウの悲鳴が上がる。
青年は乱暴にドアを蹴破った。
さほど大きな部屋でないそこに踏み込むと、青年は置いてある銃器を手早く調べ、持てるだけのものを持って外に出た。その手際の良さにマティウは舌を巻いた。一分にも満たないわずかな時間であった。
「行くぞ」
短く言い、青年はクルマに戻った。
マティウも乗り込む。親方に無断で出ていくのが、これまで世話になったことへの裏切りのようで心が痛んだ。だが出奔すると言えばとめられてしまうに違いない。青年を選んだことを後悔したくはなかった。
「いいわ。行って」
それはマティウにとって人生最大の決断かもしれなかった。
ステアリングを握る青年。ヘッドライトを点灯。
そこへ、
「マティウ!」
男の叫び声がした。
「その男をこっちにわたせ!」
娼館キャラバンの用心棒、モスコンだ。なにやらただならぬ気配を感じたマティウは事情を知ろうとモスコンに尋ねようとしたが、青年は待たない。アクセルを踏み込んでその場から脱しようとした。
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