Act 6
「快勝だな──」
戦闘指揮車の吹きさらしのデッキで、ムハンマドは上機嫌だった。作戦は大成功であった。周到な準備をして臨んだだけのことはあった。まだ頭目のルドルフを捕らえたという報告はあがってきてはいなかったが、これでこの町もムハンマドのものとなるのは確実な様相だった。
作戦は最終段階に入っていた。町のあちこちから立ち上る黒煙が砂漠の強烈な日差しに影をつくるが、ゆらめく炎がその影を消してしまう。もうじきルドルフの町の物資、産業、そして奴隷が手に入る。大陸の覇者への夢にまた一歩、近づいたといえる。
黒煙と炎に包まれる町を見ながら、傍らに仕える警備軍団長アルカジーに問う。
「ときに、ニックスはどうなったか……?」
葉巻の煙をぽかりと吐き、余裕の態度で。
「はっ。約半数が生き残った第一攻撃隊のなかで健在のようです。さきほど町内に突入したと、目撃した者がおりました」
「さすがだな。おれの目立てどおりだ」
「ですが、やつが攻撃にどれだけ貢献したかは、わかりません」
「それでよいのだ。やつが生き残っていることが重要なのだ。ニックスを中心に部隊を編成すれば、負けない軍隊ができあがる。それは相手にとって脅威となる。それがおれの狙いだ」
ほくそ笑むムハンマドは葉巻を吹かす。口から吐き出される煙が、町を覆う黒煙とともに空へと上がる。
そのとき、一発の銃声が轟いた。それは、戦場にあってとりたてて注意を引くものではなかった。耳に慣れた、普通の音であった。
が、その直後、ムハンマドの体がくずおれる。デッキに倒れ込むムハンマドの額にあいた小さな穴から鮮血が吹き出している。
「頭目!」
アルカジーは叫んだ。そしてデッキに繋がる階段の開口部から階下に向かって呼びかける。
「頭目が狙撃された。至急、救護班をよこせ」
階下から鉄の階段を靴音をならしながら上がってきたのは、親衛隊の隊長だった。ブルーの軍服に徽章が光っている。ムハンマドの様子を見て、
「これは……!」
絶句した。
「頭を低くしていろ、狙撃されるぞ」
中腰の姿勢でアルカジーは注意する。
「それから、今後、指揮はおれが代行する」
「はっ」
親衛隊隊長が救護班を呼ぶため階段を下りようとするのを、「待て」と呼び止めた。
「全軍に通達、ニックスを殺害せよ」
「ニックス……?」
親衛隊隊長は眉をひそめる。
「知っているだろ? 頭目の命令で我々が捕らえて奴隷兵士にした男だ」
「もちろん知っていますとも。頭目がずいぶん買っていたようで……いいんですか、殺してしまって」
「やつは危険だ。いつ裏切るともしれん。我々に仇なす前に脅威の芽は摘み取っておかねばならん。全軍に通達だ、ニックスを見つけ次第、射殺せよ」
強い口調で重ねて命じた。
「はっ」
親衛隊隊長は階段を下りていった。
アルカジーは、低くしていた姿勢を戻し、狙撃を警戒することなく、デッキに設えてある安楽椅子に深々と腰を下ろす。ムハンマドがついさきほどまで座っていたその椅子は、豪族頭目の象徴だ。
その位置から睥睨するルドルフの町は格別だった。自然、アルカジーの顔に笑みが浮かぶ。
(ここまでは予定どおりだ……)
戦闘にまぎれてムハンマドを討てば、まず怪しまれることはないだろう。もうずいぶん前から立てていた計画だった。
(ムハンマドの役目は終わった。あとはこのおれが継ぐ。大陸の覇者になるのはこのおれだ)
豪族をここまで大きくするのはなかなか難しいが、そこまではムハンマドがやってくれた。有力な豪族が数を減らし、ほぼその勢力図が安定してきた今、当面、アルカジーの行く手をさえぎる者はいなくなった。
(あとは、ニックスか……)
アルカジーにとって脅威となりうる存在といえば、ニックスだった。ムハンマドが高く評価する以上、やつの戦闘能力は恐ろしく優れているのだろう。少なくともアルカジーはそう判断していた。故に、生かしてはおけないのだった。
(この町のどこかに、ニックスはいる──)
火の手が治まらない町を見つめ、アルカジーは肘掛けを握り締めた。
当面の食料と飲料水、ガソリン、それに弾薬が手に入った。それらをクルマに積み込み、ニックスは城壁の門を目指す。
戦闘はおおよそ決着がつき、終息に向かいつつあった。戦いの痕跡はいたるところに見受けられた。破壊された車両、砲撃によって倒壊した家屋、両軍の兵士や町の住民の死体などが、道路をふさいで通れない。まるで迷路を進むかのように、行きつ戻りつしながら、通れる道を探した。
途中、捕虜となった町の住人を連行していったり民家に押し入って略奪に精を出したりするムハンマドの警備軍兵士を見かけたりした。誰もがそれぞれ忙しく、ニックスに注意を払う者なぞいなかった。
が、不意に異様な殺気を感じ、道端でクルマを停止させる。
「………………」
ギヤを切り替え、クルマを後退させた。
直後、銃弾が飛んできた。素早くステアリングを切り、退避する。
(こいつは……!)
猛スピードでその場を離れる。
が──。
べつの方向からも銃撃される。
明らかに狙われている──。
ニックスはそう感じた。
親衛隊隊長からムハンマドの死亡が報告された。応急処置をしようにも、輸血用の血液も医薬品もなく、打つ手はなかった。
「そうか……ご苦労だった」
アルカジーは残念そうに小さくそう言った。それから語気をやや強め、
「このことはしばらく伏せろ。作戦の完了後、我らの町に戻ってから、正式に発表する」
「はっ。承知しました」
親衛隊隊長は持ち場に戻る。
ニックス殺害の報はまだない。作戦はニックスの死をもって終了としたいアルカジーだった。
思えばここまで長かった。ムハンマドについて働いて六年がすぎていた。弱肉強食の世界でのし上がってきたムハンマドだったが、いつまでも補佐役でいるのは耐え難かった。いつか取って代わろうと、その機会をうかがっていた。
そしてついにそのときがきた。乗っかっていた重石がようやくとれたのだ。本来ならここでアルカジーの野望は叶えられたも同然であった。
しかし、降って湧いた存在が気がかりで、これを排除する必要がどうしてもあった。ニックスを生かしていても、大陸の覇者となるのは可能だろう。だがいつか障害にはなる。憂いを残したままでいるのは、アルカジーの本分ではなかった。
できれば今日ここで始末をつけたかった。
ムハンマドは消した。ニックスも消せるだろう。
ムハンマドの残した手のひらサイズの葉巻ケースを取り上げ、蓋をあける。茶色い葉巻がきれいに並んでいた。火をつけずとも、香が立ち上る。
(よくこんなものを嗜むもんだな……)
ムハンマドより十も若いアルカジーには、吸い物を喜ぶ趣味はない。
(おれはこんなもので満足しない)
アルカジーは、ムハンマドの痕跡を消すかのように、葉巻ケースを放り投げる。滅多に手に入らないだろう貴重なそれが、吹きさらしのデッキから落ちていった。
そのせつな、爆発が起きた。
音の方を見ると、比較的大きなビルの壁から黒煙が上がっていた。砲撃されたらしい、とわかったときに、またも爆発。
そのビルは町の象徴であり、
(こいつはニックスの仕業だな)
アルカジーはそう思った。自分が突如狙われるようになったのを知り、陽動作戦にでたのだと──。
(小賢しいことをしおって──!)
アルカジーは階下に向かって叫ぶ。
「指揮車を動かすぞ。我らも直接ニックスを狩る」
「はっ」
親衛隊隊長の低い声が頼もしく答える。すぐにエンジンの動く振動がデッキにも伝わってくると、指揮車は動き出し始めた。
背の高い特製の指揮車には、頭目が地上の民を威圧するようにデッキが設えられていた。見晴らしのよいそこから、アルカジーはニックスの姿を探し求める。
巨大なブレードを備えた指揮車は、道路の障害物──破壊されたクルマや死体を脇に排除しながら突き進む。
ビルへの砲撃は、町中の建物の屋上に据え付けられた対戦車砲を用いた。ムハンマドの警備軍との戦闘で使用していたもので、砲撃手はもういなくなっていたが、発射態勢はそのままだったのが幸いした。砲弾をセットして、発射ボタンを押すだけでよかった。
ニックスの思惑どおり、城内は混乱した様子だった。この機に乗じて外へ出ればよかった。
倉庫を漁って当面必要な物資を乗せたクルマを駆り、ニックスは町の外を目指す。だがあちこちに障害物があって行く手を阻んだ。しかも道路は、進入してきた外敵の進行を鈍らせるため、かなり入り組んで設計されていて、まっすぐに進めなくなっている。
広いとはいっても、クルマで走破すれば易々と横断できるぐらいの面積の町で、脱出にあまり時間をかけていては、せっかくの陽動の効果が失われてしまう。
何度も迷いながらも、建物の間から見える城門が近づいてきた。あと一息だった。
が──。
前方の角から見覚えのある大型車両が出現した。ムハンマドの乗る指揮車だと、ニックスは認識している。
ムハンマドがなぜ心変わりを起こして自分を殺害しようとしているのかは、ニックスには関心がなかった。狙われるのは慣れていた。
このまま進めば正面衝突は避けられない。車重でまさる相手側には、見るからに頑丈そうなブレードまで取り付けられており、ぶつかってニックスが死ぬのは確実だった。
ニックスは、クルマに積み込んである対戦車砲を片手で持ち上げた。小型で、それほどの破壊力はないが、この距離でなら外さない。命中する場所によっては無力化できる。
発射時、彼我の距離は百メートルを切っていた。爆発に巻き込まれる近さだったが、ためらわなかった。
指揮車上部のデッキにアルカジーがいるのが視認できた。血走った目を見開き歯をむき出しているのが遠目でもわかった。なにかを叫んでいるようだが、聞き取れない。ニックスへの怒声かもしれなかった。
運転しながら対戦車砲を発射した。
砲弾が直撃したのはデッキ直下だった。爆発の衝撃で鉄骨の構造体がひしゃげ、上部のデッキを乗せたまま前方へと倒れ込んだ。走り続ける指揮車のブレードがすさまじい音をたててアルカジーの体ごと構造体を巻き込み、タイヤに噛み込んで動けなくなる。
爆発破片から身を護るために隠れていた装甲板の影から顔を出したニックスは、相手が沈黙したのを横目で確認すると、アクセルを踏み込んで指揮車の脇を通過した。
その向こうには城門。破壊されて開かれた大扉の向こうに、砂漠の大地が熱く白く輝いていた。すでに太陽は高く天にあり、何者にも縛られないニックスは、籠から放たれた鳥のごとく、心の求めるままにそこへと飛び出していった。その先に彼を阻むものはなかった。エンジンは快調だった。
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