Act 5

 怒濤のごとく攻め込むムハンマド警備軍の別働隊。立ち上る砂煙が遠くからでもよく見えた。砲撃がルドルフ警備軍に向けて撃ち込まれる。爆発による黒煙と轟音。

 ルドルフ警備軍は予想外の加勢にあわてた。進軍を中止し、城門の中へと戻ろうとする。

 ところがその退路に、ムハンマド警備軍の第二、第三攻撃隊が殺到した。味方を収容するまで城門を閉じるわけにはいかない。かといって敵軍を城内に入れるわけにもいかない。城門の門番は葛藤した。

 先に城門に到達したのは、ムハンマドの警備軍だった。

 あわてて門を閉じるが、そこへムハンマド警備軍の砲撃が集中する。門は堅牢に築いてはいたが集中砲火には耐えられない。城壁の一部が崩れ落ちた。

 城内に残っていた警備軍の守備隊が必死に応戦するが、なだれこむムハンマド警備軍を食い止められない。

 戦争に大義名分などなかった。殺戮は容赦なく、武器を持たぬ者も投降する者も殺された。あちこちで爆発が起こり、火の手が上がった。

 ムハンマドの戦闘は徹底していた。ともかく反撃の意思が起こらないほどの武力差を見せつけ、制圧するのだ。その過程での計画的虐殺だった。そのうえで、生き残ったやつらを奴隷にする──。それがムハンマドの戦略なのだ。



 ニックスはようやくブレーキを踏み、クルマを停止させる。

 周囲には、第一次攻撃隊の車両がいたが、その数は最初の突撃時から半減していた。

「あんた、すげぇや!」

 ニックスに運転を代わった男は感嘆する。

「おれの運転じゃ、生き残れたかどうかわからなかった」

 同乗している他の男たちもうなずく。

「あんたがいて、おれたちは運がいいぜ」

「この調子で、手柄を立てられたら、待遇もよくなるってもんだ」

 互いに無事を喜びあい、無邪気に未来に期待していた。

 信号弾が上がった。作戦が成功し、城外に出てきていたルドルフの警備軍が後退したのを受けて、第一攻撃隊に攻勢をかける合図だ。

 それを確認したニックスは、クルマを発進させる。転回し、退いていくルドルフ警備軍を追撃。

 他の車両もそれに続いた。士気は高かった。訓練で何度も繰り返した状況だった。迷いはない。戦力は十分ではないが、砲撃と銃撃を行いながら肉薄する。

 ルドルフ警備軍にしてみれば、いったん蹴散らしたはずの正面の敵が反撃に転じたことにより、動揺はさらに広がり総崩れ状態に陥った。城内へと逃げ込むが、その統制はすでにとれなくなっている。

 ムハンマド警備軍の包囲戦は圧倒的な勝利を収めようとしていた。しかし戦いはまだ終わらない。

 ルドルフの警備軍を追撃して、崩壊した門から城内に突入したニックスのクルマは、町の中を走りぬける。

 事前の打ち合わせだと、掃討作戦に入るはずだった。抵抗する者はもちろん、奴隷として役に立たないと思しき老人も銃殺する。

 しかしニックスはそれをやらない。町の奥へとクルマを走らせる。他の兵士たちが作戦どおりに虐殺に手を染めるのを無視した。

「おい、どこへ行くつもりだ?」

 クルマに同乗している奴隷兵士の男たちは、不審に思い、声をかける。

 しかしニックスは答えない。不案内な町で、なにかを探しているような運転だった。大混乱に陥った人々が右往左往している、干しレンガとコンクリートによる不愛想な建物が並ぶ街路をひた走る。

「部隊から離れていくじゃないか。このままだと命令違反で手柄どころじゃなくなるかもしれんぞ」

 不安になって、一人がそう言うと、他の兵士もそれに同調した。

「おい、部隊に戻るんだ! クルマを止めろ!」

 一番年かさの兵士が、ニックスの頭の後ろから怒鳴った。次の瞬間、その顔に小銃のグリップがめりこんだ。ニックスが運転しながら小脇に置いていた小銃を後ろに突き出したのだ。鼻血を押さえてうずくまる兵士に、

「うるさい。黙っていろ」

 短く一喝した。

 その激しい行為に他の四人は非難しようとしたが、ニックスの放つ有無を言わせない殺気立った気配にすくんでしまう。

 やがてクルマは倉庫の並ぶ一画へとたどり着いていた。

 豪族ルドルフにはムハンマドと違って産業があった。製品を生産し、キャラバンを通じて他の豪族と交易するためだ。それらを保管している倉庫群。搬入出のための大きなスライドドアでそれとわかった。

「ここは……倉庫地区か」

 建ち並ぶ倉庫を見回し、つぶやくのはさっきニックスに鼻をつぶされた中年の兵士だった。出血はもう止まっていたが、乾いた血で顔が汚れていた。

 そのとき、いきなり銃撃された。しかしニックスはそれを予測していたかのように、最短距離で建物の陰へとクルマを滑り込ませ、銃撃を避ける。そこでやっとブレーキを踏みつけ、クルマを停止させた。

 倉庫を守るために、急遽編成されたルドルフ警備軍の兵士たちだった。もはや組織だった抵抗ができないほどであったのに、倉庫の物資を略奪から守ろうと、まだあきらめていない一部の将校ががんばっていたのだ。急ごしらえのバリケードがメインの通りを塞いでいる。

 ニックスは、クルマに積み込まれてある旧式のグレネードランチャを取り上げ、手際よく擲弾をセット。筒先を左方向に固定すると、敵の銃撃に怯む四人の兵士に向かって言った。

「いいか、死にたくなかったら銃を撃ちまくれ」

「待て! まさかおれたちだけであの敵を相手にするつもりなのか?」

 信じられない、という顔の兵士が絞り出すように口を開いた。いくら手柄をたてたいと躍起になっていても、無茶な戦いを前に後込しりごみしてしまう。

「行くぞ」

 しかしニックスは彼らの返事を待たない。ギヤを切り替え、クルマを勢いよく発進させる。

 前進して建物の陰から飛びだした。そこは銃撃してきたバリケードの向こう側だった。

 ニックスはグレネードを放つ。距離は五十メートルとない。擲弾が破裂すればこちらも危うい近さだ。それでもニックスはためらわない。

 擲弾が爆発する。飛び散った金属玉がバリケードを破壊した。同時にそこに陣取っていたルドルフ警備軍の兵隊も一撃で一掃された。

 クルマの装甲鉄板に身を伏せていたニックスは、隙間から突撃銃を連射しながら、戦果を確認する。まだかろうじて息のあった敵守備隊の兵士はその銃撃でとどめをさされる。

 戦闘が終了した。血まみれの死体に目をくれることなく、ニックスはクルマを倉庫に横付けする。城壁同様、干しレンガを積み重ねて建てた倉庫だった。砂漠地帯の建物で最近に作られたのはほとんど干しレンガ製だ。コンクリート製の建物は、昔から残っているものばかりだ。

「降りろ」

 一方的な銃撃戦に、クルマに乗っていた四人の男たちはしばし押し黙ったままだったが、

「すげぇ! あんた、いったい何者なにもんだ?」

 たった一人で敵を蹴散らしたニックスの手腕に舌を巻いて、ただ感嘆していた。

「降りろ、と言っている」

 が、ニックスは男たちの興奮に取り合わない。冷たく命じた。

「略奪をやろうっていうわけかよ……」

 城内に突入したムハンマドの警備軍は、掃討作戦と同時に略奪を始めているだろう。キャラバンが運んでくる物資だけでは、大所帯の兵隊のフラストレーションは昇華できなかった。略奪は勝利者の特権だと、ムハンマドも認めていた。これができるからこそ戦えるのだ。

 だが、末端の兵士である第一次攻撃隊の所属では、命令外の行動は制限されていた。勝手な略奪は、あとで規律違反として懲罰対象となるおそれがあった。それを懸念して、

「部隊に戻らない気か?」

 さっき鼻をつぶされたのとは違う兵士が訊いた。こんな戦いをしても気が立っているようには見えないニックスが不気味だった。

「このクルマで脱走する。おまえらは邪魔だから降りろ」

「なにぃっ?」「脱走だと?」「なにを考えてるんだ」

 兵士たちは瞠目し、信じられないとばかりにニックスを凝視する。しかしニックスは平然と答える。

「食料と水、ガソリンが見つかったらクルマに積み込む。こんなところからはおさらばだ」

 奴隷兵士として先の見えない、使い捨ての駒のような生き方しか許されない今がいいとは決して思っていないが、かといって自分たちだけで脱走するという考えは飛躍しすぎていた。

「待て、こんな砂漠に出て行って、生きていられると思ってるのか?」「そうだ、おれは行かないぜ。野垂れ死ぬのがオチだ」「ムハンマドの警備軍に見つかったら銃殺刑にされる」

 口々に反対した。ムハンマドは最強の豪族だ。その組織は強固で苛烈だ。目をつけられるのを恐れるのも無理なかった。

 が、ニックスは耳を貸さず、どこかから持ってきて取り付けたとおぼしき金属製の薄汚れた大きなスライドドアを開ける。警戒しつつ倉庫内部に足を踏み込み、使い古しの汚い木箱が積み上げられているのを見上げた。なにが入っているのかは外側からではわからない。もっとも、文字の読めないニックスにとっては、なにか書いていても同じだ。

 ニックスはそれを乱暴に崩し、中身をぶちまける。レーションが土の地面に散乱する。圧着されたビニール袋の中身を見て、持って行くべきものかどうか判断していると、背後から声がかかる。

「敵前逃亡は問答無用で銃殺刑だ。あんたを殺したくはない。おれたちといっしょに部隊に戻って、いっしょに戦おう」

 一人の兵士が、ニックスに突撃銃の銃口を向けようとしていた。命令どおり、掃討作戦に戻るのがいいと。

 ニックスは、その腰の引けたかまえ方を見てかぶりを振る。そして、

「わかった」

 そう答えると、クルマに戻った。

 兵士はほっとした表情で、突撃銃を置く。

「わかってくれて、ありがとう」

「ああ」

 運転席に収まったニックスが振り返る。その手には、自動拳銃が握られていた。

 ほとんど狙いをつけることなく引き金を引く。四発とも命中した。

「なにをするんだ……?」

 三人は即死したが、一人はわずかに心臓を外した。

「素直にクルマを降りていれば、よかったんだよ」

 ニックスはさらに一発放った。今度は兵士の眉間を九ミリの弾丸が貫いた。後頭部を吹き飛ばされて、兵士は血飛沫を散らしてクルマから転がり落ちた。

 ニックスは無表情だった。人間を殺したというより、ただ障害を排除しただけ、といった態度で、なんの感傷もなく再び倉庫に入っていった。

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