Act 4

「いよいよ、明日の未明、出撃である」

 アルカジーは、第一攻撃隊の奴隷兵士たちを前に、高らかに言い放った。

 今日の訓練を終えたばかりの兵士たちはどよめく。何日も前から知っていたならともかく、いきなり「明日」である。作戦を秘匿するための措置だ、ということだったが、本音は出撃を前に逃亡を企てるやつが出ないようにとの警戒心の表れであった。一部でもそんな輩がいれば士気にかかわる。

「各自、日頃の訓練の成果を思う存分発揮し、手柄をあげよ!」

 おう、という鬨の声。

 だが士気は高くとも、この戦いに希望などはなかった。たとえ最終的にはムハンマドが勝利したとしても、この第一攻撃隊の死傷者はかなりの数にのぼるだろう。ムハンマドの作戦の全貌を知らされず、必ず勝つための準備を入念にしてきたのだと言い聞かされ、勝てない戦いはしないのだと自信をもって断言されたら、その気になってしまうものなのだ。

 ニックスはしかし踊らされはしなかった。冷静に訓練を分析していた。そして、自分たちが先鋒突撃の役目を負っているのだろうと予想した。このまま作戦にしたがって戦ったなら死ぬ可能性が高い。

 それがわかって、ではどうすべきかを考えていた。

 夜明けと同時に突撃し、ルドルフの警備軍が門から出てきたら後退するという作戦──。かなりの犠牲がでるのは明白であったが、そこでどう振る舞うべきかを考える時間はそれほどなかった……。

 そして、翌未明。

 何台かのトラックの荷台に乗せられ、ムハンマドの警備軍、ほぼ全軍が戦場へと向かっていた。総勢五百人。トラックの他、小型の戦闘車両も数十台。第一、第二、第三攻撃隊が砂漠を進む。

 奴隷兵士たちも、それぞれ小銃やロケットランチャーを持たされ、目的地に到着するまで黙って揺られていた。

 これまで近隣の豪族に戦いを挑んでその支配地域を広げてきたムハンマドの次の目標は豪族ルドルフ。規模の大きな豪族であったが、もうこの近辺に他に豪族はおらず、いつかは攻略しなければならない相手だった。

 だが当のルドルフはムハンマドと敵対しようという考えはなかった。共存共栄を模索し、何度か使者をよこし、不可侵条約を締結しようとはたらきかけてきた。戦争によって失うものの多さがわかっていた。あと数十年もすれば、どんな豪族であろうと滅びるのは確実で、今、無駄に血を流す意味はないと主張した。

 しかしムハンマドの思考は違っていた。大陸を支配し、少なくなる一方の資源をその手に握らなければ生きていけなくなる、と考えていた。

 そんなムハンマドをルドルフは警戒し、友好的に振る舞いつつも警備軍の増強には余念がなかった。

 城壁に囲まれた町が見えてきた。白み始めた空に、ぼんやりとシルエットが浮かぶ。

 トラックがいっせいに停止した。荷台に乗っていた兵士たちがきびきびとした動作で降り、整列する。

 その前に立つアルカジー。

「よいか、きさまら! この作戦の成否は、ひとえにきさまらの働きに左右される。訓練どおりに戦い、必ず戦果をあげよ! 失敗は、即、死につながると思え。夜明けとともに突撃だ。恐れることなく戦え。そして手柄を立てるのだ。頭目はよく働く者に報いるだろう。よい暮らしをしたいならば、ここで奮闘せよ!」

 おう、と、拳を振り上げる兵士たち。戦いの恐怖を振り払うように。ニックスは黙っている。

 あとは任せる、とアルカジーは部下の将校に言いおき、小型車両に乗り込む。全体の指揮をすべく、第二攻撃隊を率いて移動するのだ。

 去り際、アルカジーはニックスをちらと見る。

(ここがおまえの最期の地かもな)

 いかな死神ニックスでも、この状況で生き残るのは難しいだろうとアルカジーは思う。

 第一攻撃隊は、ルドルフの警備軍とまともに戦って勝てるほどの戦力ではない。善戦しても消耗率は高く、全滅も想定していた。第一攻撃隊の役目は、ともかくルドルフの警備軍を引きつけておくことだ。戦力的に劣る第一攻撃隊を調子に乗って追撃してくれば、作戦は成功したも同然だ。側面から第二、第三攻撃隊が襲いかかり、そのまま城内へとなだれ込むのだ。

「第二、第三攻撃隊、出発!」

 アルカジーが号令をかけると、攻撃力の高い戦闘車両が動き出した。そのなかに、大型の装甲車両がいた。隊列が動くのを満足そうに見つめる男がいた。

 ムハンマドである。シムスから買った葉巻を口にくわえ、煙を味わっていた。

 頭目みずからが戦場にやってきていた。それほどこの戦いに思うところが大きいのである。頭目が参加していることで、アルカジーだけのときよりも兵士たちの士気も上がろうというものだ。そんなことも期待していた。

 第一攻撃隊にニックスをおいたアルカジーの判断に、ムハンマドは横やりを入れなかった。もっとも過酷な部隊でどんな働きをみせてくれるか楽しみであった。死神といわれた闘牙でもって阿修羅のごとき戦いでルドルフの警備軍を蹴散らすところを想像して、ムハンマドはほくそ笑む。

(準備は万端だ。訓練を重ねてきた我が軍が負けるはずがない)

 ゆるぎない勝利を確信した。ムハンマドは砂漠の覇者に向かって突き進んでいた。



 ニックスは七・六二ミリの突撃銃を両手で抱え、訓練でさんざんやったように小型戦闘車両の後部台座に乗り込んでいた。台座には他に三人の兵士が乗っており、緊張した面もちで揺られていた。

 第一攻撃隊、総勢百五十人。元は全員、他の豪族の一員だったが、ムハンマドとの戦いに敗れ、降伏したのち警備軍に編入された。選択肢はなかった。年齢も体力も関係なかった。訓練についていけない者は死んでいった。

 厳しい訓練に耐え、なんとかこれまで生きてきたが、この先はわからなかった。古参兵の誰かに話を聞いて、出世が本当なのかも確かめられなかった。古参兵などいなかったからだ。出世したからここにはいないのか、それとも死んでしまったのか、わからない。

 だがどうであれ、言われたように戦うしかなかった。逃亡しても、こんな砂漠では十日と生きてはいられまい。どこかの町かオアシスにたどり着く前に、干からびて死んでしまうだろう。細い希望にすべてをかけて、兵士たちは悲壮な気持ちで戦いに望むのだが、ニックスは違っていた。

 ほとんどしゃべらないニックスの考えを慮る者はいなかった。

 日の出が近かった。空は明るく、すでに昼間と変わらないほど見通しがよかったが、太陽が顔を出していないため、気温はまだ低かった。

 二十台の小型車両と、それにつながれた、兵士を載せた台車が、城壁に向かっていく。

 攻撃開始の時間がせまっていた。

 城壁へ接近し、迫撃砲の射程内に入った。

 雲一つない明け方の空を切り裂くように赤色の信号弾が上がった。高く打ち上げられた弾丸から煙が吐き出され、遠くからでも視認できた。攻撃開始の合図だ。

 全車両が停止し、車上から数発の迫撃砲が打ち込まれた。

 三メートルを越える高さで乗り越えるのは簡単ではない、干しレンガを積んだだけの厚さ五十センチほどの城壁に何発も直撃すると、爆発と同時にいくつもの大穴があいた。

 先制攻撃の成功に、兵士たちが興奮して声を上げる。このまま突撃し、門を破れば簡単に町を制圧できそうな気にさせた。ここで手柄をあげよ、とアルカジーからも言われていたこともあり、はやる気持ちを抑えきれない何人かが小銃を抱えて突撃していった。

 それを援護しようと、さらに迫撃砲を打ち込むべく用意をしていたとき、一台の戦闘車両が爆発した。ルドルフ側からの砲撃だ。すぐさま反撃が始まったのだ。

 当初の作戦どおり、反撃が始まったと同時に攻撃しつつ後退する。

 ニックスは訓練時とは違う行動にでた。

「おれと運転を代われ!」

 乗っていた小型車両を運転する奴隷兵士の男に命令した。

 ステアリングを握っていた兵士は、ニックスの声を初めて聞いたかもしれなかった。後部台座を振り返り、身を乗り出している青年を見る。

「もたもたするな。おまえの運転では敵の的になる。命が惜しかったら、おれに運転させろ」

 ニックスは苛立つ。

「なんだよ、いきなり」

 車両を後退させようとしていた兵士は、運転席をあけようとはしなかった。

 が、ニックスは有無を言わせない。突撃銃をつきつけた。

「うわっ、やめろ。わかった。そんなに言うなら任せるよ」

 強引なニックスに驚いて、そそくさとシートを離れた。

 素早く入れ替わって、運転席につくニックス。ギヤを入れ、アクセルをふかす。急発進。

 その直後、周囲で敵の放った砲弾が炸裂した。

 ニックスは車両をジグザグに走らせる。第一攻撃隊の他の車両も後退するが、次々と撃破されていく。

 城門が開き、ルドルフの警備軍が追撃に現れた。

「敵が来たぞ!」

 ニックスの背後で兵士が叫んだ。

 作戦どおりだ。だが実際に敵の姿が見えてしまうと、訓練の時のような精神状態ではいられない。奇襲に成功したときのような高まった気持ちは急速に霧散し、まだ距離があるにもかかわらず恐怖に顔面が蒼白になる奴隷兵士たち。事実、何台もの味方車両が火だるまになって擱座した。

 そんななかニックスは我を忘れずに運転を続けた。ルドルフ警備軍の砲撃がどこに落ちるのかわかっているかのように、ステアリングを操作する。それは敵の殺気を読んでの行動だった。かすかな殺気を感じ取り、砲弾の着弾を予想して回避する。第二、第三攻撃隊が、城門から出てきたルドルフ警備軍を挟み撃ちにするまで耐えれば、ニックスの勝ちだ。

 新たな信号弾が上がった。

 第二、第三攻撃隊が、門から出てきたルドルフの警備軍に攻撃をしかける合図である。

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