Act 2
戦争への準備が進められていた。
豪族ルドルフの町への襲撃である。この戦いに大義名分はない。理由があるとしたら、単にルドルフの持つ物資や奴隷が欲しいというだけで、その思想は山賊とかわりなかった。民を支配し、君臨して、大陸全体を我がものとするムハンマドの考えは実に単純でわかりやすかった。力で相手を屈服させる──それ以外の方法があるとも思っていないし、実際、現代はそのルールで通っていた。非難する者もいなければ、制裁を与える国家もない。人類が積み上げていった道徳観は失われ、古代の社会が現出していた。
強い者が生き残る。だから警備軍を増強する──。強力な軍隊を育て率いるのがアルカジーの役目であった。
ルドルフを襲撃する作戦をたて、そのとおりに動くよう、連日訓練を続けていた。そこへニックスが入ってきた。
死神といわれるこの男がなにを考えているのかは読めない。目を光らせながら監督する。
今回の攻撃に際し、アルカジーは警備軍を三体に分けた。第一攻撃隊が城壁で囲まれたルドルフの町へ正面から攻撃をかける。火力を集中させて、門へいっせい攻撃するのだ。そうすると、ルドルフ側が反撃してくるはずだ。
門からはルドルフの警備軍が出てくるだろう。第一攻撃隊はそれを引きつけつつ後退。そこへ第二攻撃隊と第三攻撃隊が両側面から襲いかかる。そのまま門を突破し、町へなだれ込んで一気に制圧する、という作戦であった。
最初に突撃する第一攻撃隊の被害は相当なものだろう。不意をつくとはいえ砲火にさらされる囮の役目をさせられるのだ。逃亡は許されない。逃げ帰れば、味方の機銃掃射が待っている。
その第一攻撃隊には奴隷兵士が回された。これまでの戦争で捕虜となった豪族の者たちだ。ニックスもそこに入った。
(死神かなにか知らぬが、ここで生き残れば本物だと認めてやろう)
訓練を指揮しながら、アルカジーはそんなことを思った。
訓練は何日にも及んだ。黒の装束に身を包んだ第一攻撃隊は、突撃銃や迫撃砲をもたされ、一発の実弾を撃つことなく、全体での動きを確認していた。車両もなく、合図によって伏せては前進の繰り返し。
作戦の全貌は知らされていない。捨て駒のような扱いであっても、そのことを知らず、手柄を立てて奴隷兵士からの脱却を夢見るしかないのだ。
ニックスも彼らにまざって訓練に励んでいたが不審な動きはなかった。真面目に訓練に取り組んでいた。若いだけあって動きも機敏だ。優秀な兵士だといえる。以前、ヤコフの警備軍にいたというだけあって、戦闘能力は高そうだった。これなら戦力として一定の評価もできる。しかも訓練中に逃亡を企てている様子もなかった。もっとも、実弾を持たされていないでは、ここから脱走したとしても生きていくことは不可能だ。おとなしく指示に従って訓練をしていれば、少なくとも食うには困らない。
それがわかっているから反抗しないのだろう、とアルカジーは考える。豪族ヤコフから多額の賞金が懸けられているのが信じられない。警備軍の兵士が何人も殺害されたのは事実だろうが、ヤコフの反応は過剰ではないか、と。二十人の仲間を殺害したというのも大袈裟に伝わっているだけではないか──。
もっとも、今回も仲間を殺して逃亡する可能性もある。が、奴隷兵士はどうせ捨て駒だ、突撃して死んでもかまわなかったから気にもしない。逃亡の際にニックスは死ぬかもしれなかったが、それもどうでもよかった。
ニックスの亡骸を持っていっても、ヤコフが素直に懸賞金を差し出すとも思えず、そんなものをわざわざ受け取りに行くつもりはない。
なんにせよ、アルカジーにとっては、自軍の役に立てばそれでよかった。それ以外に関心はなく、たとえ戦闘で死んでも惜しいなどとは毛頭思わなかった。
町にキャラバンが入ってきた。
豪族から豪族へと渡り歩く商人である。荷物を満載した数台のトラックが門を通る。
先頭のトラックに乗るキャラバンのリーダーである中年の男が、不安そうな面もちで城壁で囲まれた町並みに視線を送る。護衛をつれているとはいえ、初めて来る町にはなにがあるかわからない。豪族といってもさまざまだ。しっかりとした法のもとで秩序ある社会を実現できているところもあれば、旅賊のような粗野な集まりであったりで、商売が成り立つかどうか、信頼関係を築くまで安心できないのである。
「心配しなさんな、ジレン。ここには何度も来ているんだ。頭目のムハンマドとも懇意だから、間違いねぇさ」
ジレンと呼ばれたリーダーの隣で軽口をたたく初老の男がいた。元はべつのキャラバンにいたが、今は一人でいたところをジレンに拾われたのだ。オアシスで商売をしていたときに近づいてきて自己をセールスしてきた。巧みな話術につい仲間に加えたが、その働きがいま試されようとしていた。知らない豪族を訪ねるのはなかなか勇気がいるが、今回そこへ案内してくれたのだ。
「ああ、わかったよ」
ジレンはうなずく。
「ここはシムスに任せるよ」
歯を見せ、初老の男──シムスはニヤリと笑った。
目の前に「宮殿」とは名ばかりの、装飾のひとつもない、簡素で銃弾の痕が目立つビルがそびえたっていた。絶え間ない戦乱のため町の主だった建物はおおかた破壊され、残っている大きめの建物はこれだけになってしまったのだ。頭目のムハンマドはそこに居をかまえていた。
トラックが停止すると、後ろに連なっていたクルマも停止する。
「おれと来てくれ」
シムスは素早くトラックを降りる。ジレンが降りるのも待たず、シムスは正面玄関の両側に立つ、カービン銃を携帯した番兵のもとに足取りも軽く歩み寄り、気安く声をかけた。
「頭目にシムスが来た、と伝えてくれるか」
「聞きおよんでおります。どうぞなかへ。頭目の部屋に案内します」
番兵は丁寧に応じる。
「案内は不要だ。何度も来てるから知っているよ。おまえたち、新入りだな。おれの顔をよく憶えておきなよ。ちょいと荷物を取ってくる。頭目からの注文品だ」
シムスは、いそいそとトラックの荷台に回り込む。荷台に乗って、大事そうに手提げのケースをとると戻ってきた。
その間、ジレンはキャラバンのメンバーに、その場で待機するよう伝えて回った。ムハンマドの正式な許可がでる前に町をうろついて、なにかのトラブルが起きてしまうと今後の商売に影響するやもしれぬためだ。
「おい、行くぞ」
シムスが玄関前で待っていた。
あわてて駆けつけるジレン。
案内は必要ないと言ったにもかかわらずついてくる番兵(見慣れないシムスたちを警戒しているのだろう)とともに、宮殿内の通路を歩く。
宮殿内部にも装飾らしきものはなく、代わりに迫撃砲による破損個所の修繕痕が散見される。窓には防弾のためか鉄板が不格好に張ってあり、薄暗い。大規模な発電設備がないため、照明があっても灯らないのだ。こんな建物を宮殿などと呼ぶムハンマドのセンスもどうかと思うが、それは本気で大陸の覇者になることを目指すというクレイジーさを連想させた。
階段を上がり、やがてカービン銃を肩にかけたままの番兵は一つのドアの前で立ち止まる。
「こちらに頭目がおわします」
「知ってるよ」
シムスは素っ気なく答える。謁見の間だ。己の威厳を誇示するためにこしらえた部屋。こんなこだわりが見えるところも、ムハンマドの性格がでているとシムスは思う。権力欲に取りつかれた男はどこにでもいた。
「キャラバンの商人が来ました!」
番兵が声を上げて来訪者の到着を知らせると、もったいつけるかのように数秒後に両開きの扉の片方が細く開いて、男が顔を出した。
室内にも番兵がいた。なんにんもはべらせるのがムハンマドの趣味であった。偉く見せるためには、好きこのんでこんな時代的な演出をする。
室内の番兵は、シムスとジレンを上から下まで舐めるように見ると、
「入れ」
短く命令し、ドアを大きく開けた。
シムスに続いて、ジレンが入室した。香を焚いているのか、かすかにハーブの匂いがする。
「おお、待ちかねたぞ」
部屋の奥の玉座に収まっていたムハンマドが立ち上がって二人の商人を迎えた。
「久しいのう、シムスよ」
「これはこれは、ムハンマドさま。ご機嫌がよろしいようで……」
香を焚いていたぐらいだから上機嫌のはずだ。
ムハンマドは口の端をゆがめる。凄みのある笑みだった。
「まぁな。戦争の準備が順調にすすんでおる。この分だと圧勝だ。またおれのテリトリーが拡がる」
「それは喜ばしいことで」
うむ、とムハンマドは満足げにうなずく。
「ところで、きょう、ここに来ましたのは、いつものご用の他に、こちらのジレンをご紹介するためでございます」
「なるほど、初めて見る顔だな」
「ジレンと申します。キャラバンを率いております。以後、お見知りおきを」
恭しく挨拶する。
「わたくしめは、いま、こちらのジレンのキャラバンに身をおいております」
「そうか。あちこちとわたり歩くやつだな」
「それが商売人というものでござりますれば」
「おまえの都合などどうでもよいわ。で、今日はなにをもってきた」
「はっ、これにございます」
トラックから運び出してきた手提げケースを開き、包装紙にくるまれたものを取り出すと、よく見えるようにムハンマドに近づいて広げて見せた。茶色い葉巻が何本も現れた。
「なかなか手に入らない逸品でございます」
「おお、これは素晴らしい!」
ムハンマドは、雛壇から降りて歩み寄る。太い葉巻を手に取ると、匂いを嗅ぐ。鼻で大きく息を吸い、
「久しぶりだな、この香……。葉巻なぞもう手に入らぬと思っていたが、さすがシムスだな。苦労したろう?」
「恐れ入ります……」
「褒美をつかわす。おっと、きさまにはアレであったな」
「ははっ。ぜひ──」
「あいつへの土産は持ってきておるよの?」
「もちろんでございます」
「では行くがよい」
「ありがとうございます。あとの商品につきましては、ここにおりますジレンにお申し付けください。──ジレン、あとは頼んだ。しっかり商売しろよ」
「どこへ行くんだ?」
ジレンは片眉をあげた。
「野暮用さ。戻るのは明日になるかもしれんが、明日までこの町にいるだろ?」
「まぁ、市を開くつもりだからな、二、三日は滞在する」
「わかった。おれが取り持ってやったんだ、この
シムスはそう言って謁見の間から足取りも軽く出て行った。
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