Act 4
なりふりかまってはいられなかった。
シムスは、喉が渇くのもかまわず思いついたことをしゃべり続けた。今こそ、キャラバンとしてさまざまな相手に対して商いをしてきた交渉力が試されるときだ。自分がこれまでどんな人生を送ってきて、なにをしてきたか、そして商売人としてなにを取り引きしてきて、どれほど顧客からの信頼を獲得してきたか──。一朝一夕には築き上げられないそれらをベースに、シムスは正しく生きてきたことを自信に満ちた口調で演説した。だからおれは信頼できる人間だ、と。
おかけで口の中はすっかり渇き、喉まで痛くなってきた。
だがニックスはまったく反応しなかった。視線を送ることさえせず、まるで壁に向かって話をしているかのようで、虚しさがつのった。ここまで徹底的に無視されることはこれまでなかった。
川をさかのぼるにつれ、前方に丘の陰が見えてきた。いよいよ目的地が近い。
次第に細くなっていく川幅がいきなり開けた。湖に出たのである。
湖といっても、今はだだっ広い平地にすぎない。干上がってしまったのはほんの数年前だった。大陸の砂漠化は急速に進んでいて、いずれ大陸全体から植物が消えてしまうのではないかと思えるほどの勢いで拡大が止まらない。その原因が人間の活動にあるのかどうか、シムスは知らない。かつての激しい環境破壊の末に砂漠が広がったのだと聞いたことはあったが、もしそれが事実なら、人間とは救いようのないほど愚かだといえるだろう。病嵐はそんな人間を絶滅させるため、地球の自然がバランスをとろうとした結果起きたのかもしれない。
湖の畔に丘がはっきりと見えてきた。ニックスはその丘の連なりをざっと眺め、
「水場はどこにある?」
車体のフレームに縛りつけられているシムスは、自由な視界がきかない。
「右手側にやや小高い丘があるだろう。頂上に人間の頭みたいな形の大きな岩がある」
ニックスはすぐに見つけた。
「あれか……」
「そこの洞窟の奥に水場はある」
「わかった。そこへ向かう」
クルマをその方向へ向けるニックスは、やおらスピードを上げ始めた。
干上がった湖の底は平らで見通しが良すぎた。トラックを牽引しての走行は、相当遠くからでも見えることだろう。たとえば湖を囲む丘のどこかからとか……。もしも旅賊がそこに隠れていたとしたら、格好の獲物である。できるだけ速やかにこの場を通り抜け、目立たない場所へ移動するのだ。
スプリングの利かない車体は揺れが激しく、体が固定されていても揺さぶられる。運転するニックスにしても操作ミスと背中合わせだ。
湖は広い。しかも道路ではないから、横転を気にして目一杯アクセルを踏み込むわけにもいかない。丘のふもとまで時間がかかりそうだった。
盛大な土煙を上げエンジン音を響かせてクルマは疾走するが、なかなか近づかない対岸の丘。見た目で感じる以上に遠い。
陽はまだ高い。容赦のない日差しが車体を熱する。肌に当たる風も熱かったが、もうすぐ水場に着くとの思いが、気力を奮い立たせた。
ところが──。
出し抜けに、前方に見える丘の中腹に白い煙が立ち上がった。数瞬遅れて、破裂音が耳に届く。
なにかが爆発したのだ。おそらく爆弾だろう。それ以外に考えつかない。ということは、戦闘が行われている──。
こちらに向けての攻撃ではないが、この先へ進むのは得策ではない、とシムスは危険を感じ取るが、ニックスはアクセルを緩めない。
「まずいぞ! このまま戦場に突っ込んで行ったら、巻き込まれる!」
声を限りに叫んだ。
「クルマを止めろ。水場は後だ。今は退避するのが先決だ」
「引き返しても、水場を奪われていたなら意味がない。ここまで来て、あきらめるつもりか」
「あきらめるとは言ってない。少なくとも戦闘が収まるまで様子を見ようと言うんだよ。今近づくのは危ない」
「状況を確認しないと対応できない」
「やめろ、死ぬ気か?」
シムスは色を失う。いくら戦闘技術の高いニックスといえども、わざわざ火の粉をかぶりに行く必要はない。ニックス自身はうまく切り抜けられるかもしれないが、シムスにはそんな自信はなかった。
再び爆発。丘の中腹で砂が空中に激しく舞い上がった。
水場のある洞窟がどこにあるのか、ニックスは知らない。いくら近いとはいえ、シムスが命を失えば、水場には簡単には行けないはずである。
(だからニックスがおれを見捨てるはずがない)
そのことを頼りにシムスは少し心を強くできた。
ニックスは、あの爆発を見ただけで、だいたいの状況を判断できたのかもしれない。ここまでひとりで生き抜いてこられたのは、単に戦闘技術が高いだけでなく、状況を察知する能力も優れているのだろう。そうでなければ説明がつかない。
シムスはニックスにかけた。死神がそう簡単に殺られるわけはない。あの用心深いニックスが。
クルマは爆発のした方向、水場のある丘よりやや左に位置する丘を目指した。湖岸に近づくにつれ、登り坂にさしかかる。しかしトラックを牽引しても、ニックスの操る小型車両のスピードはそれほど落ちない。四輪駆動なのだろう。シムスはニックスがキャラバンを襲撃してきたときの光景を思い返し、あれだけの機動力を発揮したなら、と、それもうなずけた。同時にニックスに対する心強さも増した。
丘のふもとに着いた。散発的に銃声が響く。丘にこだまして、重なる。死をもたらすハーモニーのように。
ニックスは運転席から飛び降りる。
「水場の存在は、おまえしか知らないはずじゃないのか?」
「そのはずだったが、そうでもなかったようだ」
シムスにかけられているロープを、使い込んで刃の欠けたナイフで切ると、ニックスはクルマに積んでいた一丁のサブマシンガンを押しつけた。マガジンがセットされており、二十発以上は撃てそうだった。
「おれがやつらの注意を引いている間に水場に行け」
シムスはサブマシンガンを戸惑いながらも受け取った。
「おれを信用してくれるのか?」
これまでまったくそんな素振りさえ見せなかったのに、水場を守るためとはいえ武器を持たせてくれることが信じられない。
「信用などしていない」
だがニックスは矛盾するような答えを返した。
「おれが
サブマシンガンを胸に抱き、シムスはニックスの真意を確かめたい。
ニックスは鋭い眼光を向け、
「おれにその銃口を向けたときが、おまえの最期と思え。おまえより早く撃つ自信はある」
凄みのある言葉を吐いた。ここまでの言動で、シムスの度量がわかったに違いなかった。小銃ひとつで向かってきても、脅威たりえない、と。
見くびられたものだったが、そのとおりだとシムスは納得した。ニックスには勝てない。それは、頭上に輝く太陽が常に熱いのと同じぐらい揺るがない事実だ。
「わかった。なんとかする。おれも元は旅賊だったからな」
ニックスは時間を無駄にしない男だった。シムスとの会話の最中でも手を動かして武器を選定している。自動小銃にグレネードランチャ、それらの実包をパウチに詰めてベルトで腰に巻いた。
「よし、あとで合流しよう」
言い残すと、ニックスは丘を駆け上がっていった。まるでどこにどれだけの人数が潜んでいるか知っているような、迷いのない動きだった。
それを見送りながらも、感心ばかりしている場合ではなかった。
シムスも移動する。丘の斜面を登り始める。大事な水場を他人に横取りされたくはない。
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