Act 2

 襲撃者は、動けるもう一台のトラックに物資を積み直し、そのトラックを乗ってきた小型車両にワイヤーでつなげて牽引する。積み荷のすべてはもっていけず、何割かはその場に投棄された。とくに弾薬は、もっていた銃器に規格が合わないものは必要ない。

 ようやっと挟まれた運転席から引きずり出されたシムスだったが、今度は小型車両のフレームに縛りつけられた。外装のない、フレームの露出した襲撃者の小型車両は、軽量化されて運動性能が見た目からも高そうだった。銃弾防御用の鉄板が運転席を保護するのみで、実用一点張りの戦闘車両だ。シムスのキャラバンの護衛車両より攻撃的な印象を受けた。

 シムスは、強烈な陽の光をさえぎるにはほとんど役に立たない、申し訳程度に張られたテントの下で、身動きのできない状態に置かれていた。襲撃者はシムスの扱いには頓着しなかった。テントにしても、懇願してようやく設置してくれた。まるでシムスが弱って死んでしまおうがかまわないような態度であった。水場への手がかりだから大事に扱おうなどと気遣う素振りはまったくない。

「おれが死んだら水場に行けなくなるんだぞ、わかってんのか?」

 体を縛られても、文句だけは言わずにはいられない。だが襲撃者は耳が聞こえないかのようになんの反応も示さず、北に向けてクルマの運転を続ける。北に進めば川の跡があるはずだ、そこをさかのぼれば水場に着ける、というシムスの指示だった。

 クルマはエンジンの音も軽快に砂漠を走る。ガソリンエンジンである。

 電気モーターで走るEV車は今やほとんど走っていない。充電するためのインフラはほとんど失われていたのに加えて、大容量のバッテリーは消耗品であり、新たなバッテリーの生産には高度な技術が必要で、そんな技術も生産設備も残っておらず、EV車は次第に走らなくなっていった。

 昔からのガソリンエンジンも事情は同じだったが、まだ生き残っていた。それでも燃料であるガソリンの不足や車両整備の不備によって、近い将来には一台も動けなくなるだろう。

 襲撃者は破壊した車両からガソリンを移して運転する。その小型車両はトラックを牽引しているが、かなりのスピードを出していた。もうもうと土煙があがっていた。

 シムスは不安で落ち着かない。ここらは町から遠い。旅賊がはびこる地域だ。豪族が国家の代わりに地域に根を張っているとはいえ、その勢力圏は町とその近郊に限られる。大陸の大部分は無法地帯だ。いつ旅賊が襲ってくるかわからない。

 いくら早く目的地に着きたいのだとしても、遠くからでも見つかりそうな土煙をあげているのは危険だった。

 シムスはそれを指摘する。

「もう少し静かに走ろうぜ。エンジン音も大きいし、土煙もたってる。旅賊にこちらの居場所を吹いて回っているようなもんだ。たしかにおまえさんの戦闘力は秀でているが、かといって無敵ってわけじゃないだろう。どんな敵が出てくるかわからないんだし、ケンカを売ってまわるもんじゃない」

 砂漠の熱い風をきって走っているため、声を張らないと聞こえない。

 たとえ耳に入っていたとしても返事はないだろうが、石像のように黙ってはいられなかった。返事を期待するだけ無駄だと思いつつも、シムスは口中が乾くまで文句を言い続けた。

 クルマが止まったのは二時間ほどしてからだった。シムスの道案内でずっと北に進んでいた。そこにあったのは、干上がった川の跡だった。かつては豊かな水をたたえたであろうと想像できる幅の広い川の底は、現在いまはひび割れて一滴の水もない。

「どうだ、おれの言ったとおりだろ。この川をさかのぼっていけば湖の跡にでる。湖にはもう水はないが、近くの丘の洞窟のなかには泉が湧いているんだ」

 泥でやや濁った水しかなく、それでも貴重なコップ一杯を飲ませてもらって、シムスはやっと声がでる。

「なぁ、これでおれのことが信用できるだろ? いいかげん、この縄をほどいてくれよ」

 縛られていて、クルマの上で姿勢を変えられないのが苦痛だった。

「なにを言ってる、水場に着いたわけじゃないだろう。それにさっきも言ったが、おれは他人ひとを信用しない」

 襲撃者はまだそんなことを言った。

「なんだと? 待て、水場についたら、おれを殺すつもりなのか?」

 シムスは青くなる。乾いた唇がわなわなと震えた。あの手この手と必死の命乞いはまったく通じなかったのかと、愕然とするほかなかった。

 だがあきらめない。憎悪されない限り、人間、簡単に殺そうとはしないはずだ。

 襲撃者は、クルマを水のない川底に移動させた。ワイヤーで牽引するトラックを横転させないで着底させるのは苦労したが、ゆっくりとバランスをとりながら引っ張って無事、成功した。

 窪んだ土地は、遮蔽物のない砂漠では、身を隠すに有効であった。

「ここならスピードを出さずに走れるから、土煙もあがらないだろう」

 襲撃者はそう言った。返事はせずともシムスの言葉は聞いていたようである。旅賊に襲われる可能性を懸念してはいたらしい。

 もっとも川底は砂地であるので、速度はあげようとしても、あがらないが。

「おれもできるなら、いらぬ戦闘は避けたいからな」

「もしも旅賊に襲われたら、どうするつもりだったんだ?」

 会話が成立していることにシムスはうれしくなった。とりつく島のない相手ではなさそうだった。信用はしないまでも、少しは心を許してくれているのかもしれない。

「旅賊の規模にもよるが、勝てると思えば戦うし、勝てないと思えばトラックを捨てて逃げるまでだ」

「なるほど、合理的な判断だ」

 襲撃者は、川底にトラックを移動させた後、つないであるワイヤーの具合を確認すると、川上だった方向に向けて小型車両を走らせた。さっきよりもゆっくりと。



 日が暮れると気温が一気に下がった。大地をいていた太陽が地平線の向こうへ去ると、乾いた地面は解放されたかのように熱を一気に放出する。

 クルマを止め、今夜は川底で野営する。食事のときは自由にしてくれたが、眠るだんになると、またフレームに縛りつけられた。

 曰く、「これだけの武器に囲まれて、警戒しないほうがどうかしている」

 それはそうかもしれないが、とシムスは言いたいことがうまく伝わらないもどかしさが歯がゆい。

「あんたを殺して、おれひとり生き残るのは賢明とはいえない。おれひとりでは、旅賊に襲われたら逃げる前にやられちまうだろう。あんたの強さを頼ったほうがよほどいい。あんたもおれの立場ならそうするだろ?」

 しかし襲撃者は、いや、と小さく首を振って否定する。

「おれは誰の力も借りない。他人は信用できない」

「そうはいっても、あんた……、人間、ひとりきりでは生きていけないぜ。必ず誰かの世話になる」

「そうだな」

「わかってくれたか──」

「他人が食料や弾薬を作ってくれる。だからおれはそれを奪える。獲物がいるからこそ生きていける」

「そうじゃない。たとえ病嵐で人口が激減していても、いや、だからこそ、人間ひとは協力して生きるべきだと思うんだ」

「なにを言っているのかわからん。それで気を許して殺されるわけか。そんな考えは嘘だろう。それでは一日だって生きてはいけない。──おれは眠る。明日も運転するからな」

「運転ならおれでもできる。そうしないか?」

「旅賊の襲撃に的確に対応できずに殺られるつもりはない」

 シムスは言葉につまる。たしかにそのリスクはあった。

「へんな考えはおこすなよ。気配を感じないほど熟睡するわけじゃないからな。おれは本気だ」

 襲撃者の目が、昇ってきたばかりの月明かりを反射して、不気味に光った。情け容赦のないハンターの眼だった。シムスは射竦いすくめられたような畏怖を感じる。

「あんた、いったい何者なんだ? その高い戦闘力といい、強靭な意志といい……。おれはこれまでいろんなソルジャーに会ってきたが、あんたのようなやつは豪族警備軍にもいやしない。いったい、あんたは……」

「ニックス……。他人からはそう呼ばれている」

「!」

 シムスは瞠目し、息をのむ。聞いたことがあった。

 死神ニックス。有力豪族ヤコフが賞金をかけて、その行方を追っていた。たしか警備軍兵士二十人を殺害して逃亡したという。それが本当だとしたら……シムスの背中にいやな汗が流れる。

「わかったか? わかったなら下手な考えは持たないことだな。賞金に目がくらんで、おれを狙うやつらは何人もいた。だが、そいつらはすべて返り討ちにした。おれがこうして生きているのがその証拠だ」

「あ……、ああ……」

 シムスはぎこちなくうなずく。身体の震えが止まらない。虎の前で動けなくなったウサギのようなものだった。

 この男がニックスだというのは本当だろう、そう感じさせるものが確かにあった。

 ニックスは小型車両の運転席に落ち着く。すぐさま規則正しい寝息が聞こえだした。だが本人が言ったように、針が落ちた音ですら覚醒し、状況に対応できるのだろう。確かめる気はなかったが。

(しかし、これはまずいぞ……)

 そうシムスは思う。賞金首ということは、存在しているだけで何者かから狙われる。荷物モノが目的の旅賊なら、なにも持っていなければ襲われないが、ニックスが賞金首なら、荷物があろうとなかろうと関係なく襲撃される。当然、巻き添えを食らうだろう。もっとも、ここにニックスがいるという情報がどこかから伝わっていれば、という前提であるが。

 それはともかく、異常なほど強い警戒心や、たった一人で行動している理由に得心がいった。そして、恐ろしく高い戦闘能力も。

 であるなら、一刻も早くこの死神から離れないと、いつ命を落とすことになるかわかったものではない。水場に着けば解放すると言っているが、そんな約束などアテにならない。解放したあとで懸賞金が欲しくなって徒党を組んで戻ってこられる危険があるとして、すぐさま始末してもおかしくないのだ。どれだけ高い戦闘能力を有していようと、わざわざリスクを冒すわけがなかった。

 高い戦闘能力……。

 まてよ──。

 シムスはそこで思考をもう一段深める。

 これまで生き残ってこれたニックスの戦闘能力は、想像以上に高いかもしれない。ならば、それに守ってもらう、というのも一つの手ではないか──。

 虎の威を借るキツネではないが、こちらが価値のある人間なら、ニックスは守ってくれるだろう。

 今、シムスは「水場の場所」という手札でもって価値を得ていた。しかし水場に着いたと同時にその手札は消滅する。生かしておく価値がなくなれば見捨てられる。つまり殺されてしまうかもしれない。そうなると、その手札が使えなくなる前に、命をつなぎ止める、とっておきの情報が必要であった。水場に代わる、誰もが渇望する価値のある情報──。

 なにか他にないものか──?

 シムスはつらつらと記憶をたぐる。が、そうやって脳を使っていると眠くなり、いつしか夢の中へと落ちていった。

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