【第七話】外の世界へ ⑤

~トバル(父親)サイド~



「くそ…………ッ!!何が一体どうなっている…………ッ!!何故誰も戻ってこないッ!!」



一方、ロアフィールド家処刑場にて────。


ロアフィールド家現当主である『トバル・ロアフィールド』は、一人大きな声で叫んだ。


カザルとスバルの父親でもある『トバル』は、この"イベント"が始まって以来、終始イラつき気味だ。


延々と貧乏ゆすりをし続け、まるで落ち着かない様子を見せている。


理由としては、この処刑場で処刑される予定の男が処刑開始時刻の30分を切っても尚、この場に現れていないことにあった。


本来なら3時間も前からここに張り付けにしておくはずだったのに、未だ登場すらしていないのだ。


来賓も数多く呼んでしまっている。


予定時刻が近づいているのに何もアクションが無いから、さぞかし不審に思われていることだろう。


仮にこのままその男が来なかったとすれば、四大貴族としては完全に赤っ恥だ。


ロアフィールド家の現当主としては、そんなこと認められるはずがない。


何とかしなければならなかった。



「父上…………。カザルは…………」



息子の『スバル・ロアフィールド』が、心配そうな面持ちで問い掛けてくる。


流石に定刻が近づき過ぎているものだから不安になっているのだろう。


トバルは優しく微笑みかけた。



「大丈夫だ。何か手違いがあったようだが、今ギルバートの率いる銀翼師団が確保に向かっている。もう間もなく戻ってくるはずだ」


「なるほどッ!!流石です、父上ッ!!」


「なぁに!!ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ…………ッ!!」



そう言って笑いながら、トバルは内心で怒りを抑え込んだ。


当然、本心ではない。


もう放ってからずいぶん経っているし、失敗したか…………何かトラブルがあったことは明白なのだ。


手間取っているにしても長すぎるし、それに対して報告がないのもあり得ない。


トバルは今、来賓に対してこれほど上級職の人間ばかりを護衛に付けてしまったことを内心で心底後悔していた。


いつもであれば上級職の人間が常に屋敷内で警備にあたっていただろうに、来賓で来た人間に家の力を見せ付けようとして、わざわざ護衛として連れ出してしまったのだ。


上級職の人間を沢山抱えているということは、貴族にとって大きな力を持っているという明確なアピールに繋がる。


だからこそ、


そういった上級職の人間ばかりを護衛として連れ出してきたのだが、今となっては完全に悪手だったと言わざるを得なかった。


この処刑直前のタイミングで上級職の人間を交代なんてさせれば、来賓たちに何かあったと悟らせることになるだろう。


ここには同じ四大貴族の人間もいるのだ。


家のプライドとして、彼らにトラブルがあったことを知られるわけにはいかない。


もう死体でも何でもいいから、とりあえず時間通りに事を進めなければならなかった。


『無能者』であるカザル相手だからと手を抜いてしまったのが、根本的な失敗だ。


後悔はいつも、先に立たない。



(全てはあの女神からの神託があってからのことだ…………。せめて、こうなることも仰っていただければ良かったのに……)



そもそも、トバルが今までずっと幽閉し続けていたカザルを処刑しようと思い立ったのは、先日、夢の中で賜った神託が理由だった。


女神はトバルの夢の中に入り込み、神託でトバルにカザルを殺すよう命じたのだ。


神の敵である『無能者』を衆人環視の中で殺せと────カザルに最大限の屈辱と懺悔を与えて殺すようにと命令してきたのだ。


そこにトバル自身の立場や考え、メンツなどは一切関係ない。


神はただただ『やれ』という命令だけを下し、必ず遂行するよう念押ししてきただけだった。


トバルとしては、まるで苦虫を噛み潰すかのような心境だっただろう。


ずっと秘匿してきた自らの"汚点"を、わざわざ自分から公表しなければならなくなったのだ。


これまでの10年もの苦労や労力を全て無駄にされたわけだが、いかに四大貴族とて、神からの命令には逆らえない。


本来なら死ぬまでずっと幽閉して隠し続けるはずだったのに、神に言われればやらざるを得なかった。


それがこの体たらくでは、他の貴族たちの嘲笑だけでなく、その神の怒りすら買いかねないだろう。


この神絶対主義の世界において、それだけは断固阻止しなければならないのだ。


神に背くということは、この世界を敵に回すことと同義────。


下手をすれば、『教会』の人間たちも動いてくるかもしれない。



(かくなる上は…………恥を忍んででも、上級職の護衛を解いて向かわせるしかないか…………。背に腹はかえられぬ)



この世界では、職業やスキルの恩恵から始まって、神の存在が非常に明確になっていた。


こういった神託もあれば、実際に姿を見せることも度々ある。


四大貴族は王族に次ぐ権力を保持しているが、神の伝導者として在る『教会』は、その王族ともほぼ同列の権力を有しているのだ。


その教会の怒りを買えば、四大貴族とはいえどうなるかは分からない。


今日ももちろん来賓として『大司教』を招いているが、この状況にどう思われているのかは分かったものではなかった。


神託に応じて行っているこの処刑が、四大貴族自らトラブルを引き起こして中止となったなど最悪だ。


何が何でも、それだけは決してあってはならない。



(こうなればもう…………仕方がないか……)



結局こちらから放った兵士や騎士たちが戻らないことを確認して、トバルは仕方なく動き始めることにした。


他の貴族たちに笑われようとも、神託に背いてしまう事態の方が一大事だからだ。


こうなってしまえばもう…………仕方がない。


トバルは立ち上がり、護衛に就かせている上級職の人間たちに指示を出そうと、兵を呼ぶ。


が、その時────。



「ん…………?何だ…………?」



ふと、鼻につく異変────。


ざわつく場内に…………


何かが焦げたような臭い────。


間違いなく、さらなる"トラブル"が起きていた。


不運は重なるものだ。


トバルは思わず立ち上がる。



「と、トバル様ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



すると、


屋敷の方から血相を変えた兵士が一人、慌てた様子で走り寄ってきた。


こんな厳かな雰囲気の場で出す声量ではないが、それほどのことがあったということだろう。


よく見れば、その兵士の体は煤や火傷でいっぱいになっている。


何かあったのは明白だ。


トバルは口を開く。



「どうしたァッ!!何があったッ!!」


「そ、それが…………ッ!!や、屋敷が…………ッ!!屋敷が燃えていますッ!!」


「な、なんだとッ!?」



突如、伝令として現れた兵士により、トバルは内心を掻き乱される思いだった。


臭いからしてまさかとは思ったが、本当にヤバい緊急事態だ。


バッと目を向けてみると、屋敷中が大きく煙を上げているのが見える。


それは、人が多いエリアほど過激に燃え広がっていた。


このままでは上階にある寝室や執務室にも燃え移りかねないだろう。


そうなれば最悪だ。


貴重な資料や魔道具が燃えてしまう可能性もある。


早期な対処が必要だった。



「…………ッ!!緊急事態だッ!!魔法師部隊は水魔法で消火にあたれッ!!竜騎士部隊は上空からの監視ッ!!聖騎士部隊はご来賓の方々をお守りしろッ!!急げ…………ッ!!」



トバルはテキパキと、各部隊に指示を出していった。


こうなってしまえばもう、恥も外聞もないのだ。


もはや隠し通すことなどできないし、もし来賓の人間たちに危害でもあれば目も当てられない。


それに、


今日のこの時にこのタイミングで火事など、明らかに怪しくて仕方がなかった。


間違いなくカザル自身に関わっていることだろう。


カザルにそんな力があるとは思えないが、ついさっき2度に渡って軍勢を退けられたばかりなのだ。


カザル本人がやったとも限らない。


この処刑を邪魔したい人間が、カザルの周りでチョロチョロ動き回っている可能性もあるのだ。


状況はかなり悪い。


トバルは上級職の人間の内、2人をここに呼んだ。



「『シャーキッド・ロンロン』ッ!!『ランドルフ・グレイガー』ッ!!ここへ来いッ!!」



すると、


トバルが叫んだ途端、どこからともなく2人の男が瞬時に現れた。


一人は小柄で若く、"両目に"眼帯をしている奇妙な男だ。


もう一人は筋肉質な戦士系の見た目をしていて、身の丈ほどの巨大な大剣を背負っている。


彼らこそ、このロアフィールド家、トバルの最大戦力だった。


その辺の冒険者や騎士では相手にもならない。


個人で1軍隊に相当する圧倒的強者────。


トバルはその2人を前にすると、すぐに指示を出す。



「この火事の原因である、カザル・ロアフィールドを捕えろッ!!邪魔が入りそうなら殺しても構わん!!絶対にこの家から逃がすなァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「「ハ…………ッ!!」」



シャーキッドとランドルフの2人は、そう言って頭を下げた。


その瞬間、


2人はサッと消えるようにその場から移動し、もう目に映らなくなる。


これでもう、大丈夫だろう。


アレを倒せる者など、世界中を探しても早々いやしないのだ。


トバルは思考を切り替えると、改めてこの状況の後始末に追われることとなった。



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