【第二章】基本技の習得

【第八話】スラム街 ①

「ハァーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!いやぁ、実によく燃えたなァッ!!非常に良い気分だ…………ッ!!」



そう笑う恭司は、既に屋敷から出て、今は下水道の中を歩いている所だった。


あれから────。


厨房で一人になった恭司は、厨房内にある油や火付け道具を使って、屋敷中を火炙りにしたのだ。


進む度に油を撒いては火を付け、爆発的な火炎地獄を巻き起こした。


屋敷内はさぞかし阿鼻叫喚に包まれていたことだろう。


人の多い所を重点的に火を付けて回ったから、今頃は大慌てで対処しているはずだ。


警戒していた上級職の人間たちも何故か誰一人として遭遇しなかったし、とても幸運だったと言える。


恭司は自ら引き起こしたその火事のドサクサに紛れて、そのままさっさと下水道の入口へと向かったのだ。


本当なら色々と奪ってから出て行っても良かったのだが、あのままあそこに居座っていれば後で来る上級職の人間と真正面からやり合うことになっていただろう。


そうならなくて良かった。



「今は"まだ"時期尚早だからなァ…………。この状態では、上級職相手では流石に勝てない。兵士や部隊長程度ならまだ何とかなるだろうが、このヒョロヒョロな体じゃあ上級職には及ばないだろう…………。まったく、厄介な話だ」



これから恭司がこの世界で生き延びていくためには、色々と準備が必要だった。


なんせ、恭司はまだ前世の記憶を取り戻しただけで、前世で使っていた『技』を何も使えていないのだ。


使っていたのは単なる素の技能で、前世でちゃんと身に付けた技はこのカザルの体では全く使えていない。


だからこそ、


屋敷を出た今、恭司の目的は既に決まっていた。


前世で自らの実力に絶対の自信を持っている恭司からすれば当然のことだ。


恭司は方針を固める。



「まずは『体力作り』だな…………。この体では、戦闘にしろ何にしろ出来ることが大幅に限られてしまう…………。あのギルバートとかいう騎士も、せめて基本技の1つでも使えれば苦戦なんてあり得なかっただろうに…………ッ!!」



思い出したら怒りが込み上がってきた。


他と比べればまだ強い方だったとはいえ、あの程度の敵に苦戦したなど、前世で数多くの強敵と戦ってきた恭司としては簡単には納得しきれない話なのだ。


育ててくれた前世の一族たちにも申し訳が立たない。


本来の力をほんの少しでも出せていれば、あの程度の相手なら数秒とかからなかったことだろう。


しかし…………


今ここでそんなことを言っていても仕方のない話だ。


結局やらなければならないということは変わらない。


運はやたらと良いものの、儘ならないものだ。


恭司は嘆息する。



「まぁ…………今しばらくの辛抱って奴だな…………。地道に何とかやっていくしかねぇか……」



恭司の言う『技』を使うためには、それなりの肉体的な"土台"が必要だった。


技術を扱う記憶はあっても、せめて剣を自在に振るうことは勿論のこと、敵の首くらいは楽に切り落とせなくてはならない。


こんな剣を持つことすらまともに出来ない状態ではダメだ。


もっともっと…………速く動くための筋力がいる。


技術だけあって、使いこなす体が無いなんてあまりに滑稽だ。


あんな騎士ごとき、楽勝で秒殺できるほどの力が欲しい。


そのためにも────。


今は何よりも体を作ることが最優先だった。


他のことになど今は何一つ構ってはいられない。


恭司にとって、体作りをして技を使えるようになることこそが復讐や防衛…………ひいては生き延びることへの最適解なのだ。


特に、あの『基本技』である『瞬動』さえ使えれば戦いも相当楽になるし、逃げることもずいぶんと容易になることだろう。


急がなければならなかった。



「とは言っても…………ここは一体、どこを歩いているんだろうな…………。カザルも屋敷の周辺地理には詳しくなかったから、正直言って全く分からん」



屋敷周辺の地理については、カザルの記憶にはほとんど残っていなかった。


他も同様だ。


何なら、今いる市や町の名前すら知らない。


まぁ、当時のカザルは5歳だったのだから、詳しく知らなくても仕方がない話だった。


そもそも当時はまだ神託前で、家の中でもお坊っちゃま扱いだったのだ。


外を出歩く機会もそれほど多くはなかったし、5歳児にそんな小難しい話をするわけがない。


地理については、誰か適当に見繕って教えてもらうしかないだろう。


今はとにかくこの下水道を歩き続けるしかないのだ。


恭司はこの暗い下水道の中を、1人進み続ける。



「とりあえず、ある程度進んだらそろそろ上に上がるとするか…………。どうせいつかはここにも追手が差し向けられることになるだろうしな……」



火を付けて時間は稼いだものの、トバルがこれで諦めたとは恭司には到底思えなかった。


今回はたまたま出くわさなかっただけで、ロアフィールド家には上級職のヤバい実力者が山ほどいるのだ。


はっきり言って、今回は運が良かっただけだったと言える。


カザルが既に逃げたことを知れば、トバルは確実に上級職の追手を差し向けてくることだろう。


特に、カザルの記憶にもある2人は世界的に見ても相当ヤバい人間だったはずだ。


1人はまだマトモな神経を持っていそうだが、もう1人は本当にヤバい。


『シャーキッド・ロンロン』────。


「ロンロン」なんてふざけた名前をしているが、世界でも名うての暗殺者だった。


カザル自身は直接会ったことはないものの、両目に眼帯を付けた不気味な男で、人を人とも思わぬほどに躊躇いなく殺す異常者だと聞いている。


そう…………


ある意味、恭司とその男は"似たもの同士"なのだ。


残虐な行為を進んで行う所や、暗殺者という点も同じ────。


そんな男なら、恭司の思考を読んで先回りしていてもおかしくない。



(今の所、俺としては一番の要注意人物だな…………。出くわさないことを切に願うばかりだ……)



しばらく進んでいくと、前方にハシゴが見えてきた。


また他の出口と繋がっているのだろう。


もう少し進んでからの出口を使っても良いのだが、このカザルの体力を考えると次だと追手に追いつかれかねない。


挟み討ちなどされれば最悪だ。


まだ屋敷とそこまで離れてない分、少し口惜しい気持ちはあるが、ここで上がるしかなかった。


恭司はハシゴに手をかけ、上へと上がっていく。


やがて…………地上へと繋がる光が見えてきた。


恭司はハシゴを登り切ると、初めて屋敷の外の空気を吸って、息を漏らす。


ようやく、自由の身だ。

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