【第七話】外の世界へ ①

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………。いい加減…………疲れたぞ……」



あれから────。


残った隊長たちを全て始末した恭司は、その場で仰向けで大の字に寝転がっていた。


この廊下を抜かれたら終わりともあって、隊長たちはなかなか諦めなかったのだ。


その前に戦った50人の隊長と違い、あの騎士は部下からずいぶん慕われていたらしい。


斬っても斬っても諦めずに立ち上がってくるものだから、やり合う方としては心底キツかった。


五体満足で終われたのが不思議なほどだ。


恭司はその隊長たちの1人から奪ったヒールポーションをグイッと一飲みすると、体を回復する。


小さな小瓶に入った、緑色の液体────。


コレは恭司にとって、いわば救世主のような存在だった。


この液体を1つ飲むだけで体を既定値まで一気に回復してくれるなんて、まるで『休憩』という概念が薄れてくるような思いだ。


時間も短縮できる上、効果も凄まじい。


それに、


飲むだけで体力だけでなく傷まで回復してくれるものだから、恭司としては最高に助かっていた。


この世界の人間は、医療面・戦争面において、非常に恵まれていると言っていいだろう。


恭司の生きていた世界にも『魔法』という概念はあったが、全体のホンの一部の人間が使えるというだけで、そう多くはなかったし、貴重だったのだ。


それがこんな瓶に液状化されて持ち運べているのだから、この世界の住人はさぞかし生存率が高いに違いない。


コレに関してだけは、この世界を羨ましく思った。



「いや…………俺ももうその住人の1人だったか……」



無理矢理転生させられたことを思い出して、恭司は半ば自嘲的に呟く。


まぁ、いくら言ったところで仕方のないことだ。


今生きているのがこの世界でこの状況なのだから、そこで懸命に生きていくしかない。


恭司は立ち上がると、さっきの騎士の死体のもとまで歩いていった。


ついさっきまで死闘を繰り広げていた相手だ。


別に感傷も何も無いが、強敵だったことだけは認めている。


その騎士の顔を見ると、その顔は死んでも尚、怒りに塗れ、憎しみがダイレクトに伝わってくるかのようだった。


死ぬその寸前まで、この男は恭司に深い憎しみを感じていたのだろう。


だが、


関係ない。


恭司のいた世界では、"その程度"のことは日常茶飯事だったのだ。


最初から最後まで延々と戦争を繰り広げていたあの世界では、今で言うモラルや人権という概念はほとんど存在していない。


ただ強いか弱いか、殺すか殺されるかしかなかったのだ。


恭司はそんな中、騎士の懐をまさぐると、色々と物を取り出してみる。



「んー、ヒールポーションは流石に無いか…………。あの大きい瓶は、是非とも予備が欲しかったんだがなァ……」



騎士があの時渡してきたポーションは、他の隊長たちが持っていた物よりも明らかに大きかった。


なんせ、あの戦闘の際、たった1つで体力の限界ギリギリだった恭司の体を全開にまでしてくれたのだ。


アレが無ければ、恭司は騎士になすす術もなく負けていたに違いない。


最終的に騙し討ちで何とか勝ちを拾えただけで、元々実力的には歯が立たなかったのだ。


だからこそ、


今後のためにも、是非とも手に入れておきたかったのだが…………。



「まぁ………………無いものは仕方ないか……」



結局、騎士の懐にあったのは、あの身分証のようなアクセサリーと、お金くらいのものだった。


今日は運の良い日だと思っていたが、流石に全部が全部は、そう上手くもいかないらしい。


コレばかりは仕方のないことだ。


恭司はそこで、その辺で倒れている隊長たちの死体に目を向ける。



「とりあえず、サイズは小さくても、あるだけ十分マシか…………。全部は無理にしろ、3つくらいは予備で持っておこう」



恭司はそうして、他の隊長たちの懐からも、ヒールポーションを奪っていった。


殺して奪うなんてまるで盗賊のような所業だが、生きるためなのだから仕方がない。


彼らも大勢で恭司1人を殺しにきているのだから、せめてこれくらいは当然の権利だ。


恭司はある程度奪い切ると、準備を整えて扉に向かうことにする。


この長い廊下の終着点であり、表向きの1階に繋がる扉────。


彼ら騎士団が必死に守っていた存在だ。


恭司は数多の死体の上を踏みつけながら、その扉の前に立つ。


だが…………


その扉を見ると、



「………………ドアノブがない」



不思議なことに、この扉にはドアノブがなかった。


スライドするための取っ手も無ければ、押しても開かない。


扉には四角い"認証板"のような物があって、それ以外はただの壁のようになっていたのだ。


恭司はその認証板を見つめる。



「…………これは…………」



恭司はその認証板を見て、すぐにハッとなった。


『認証』といえば、『身分証』だ。


それっぽい物なら、今手元に持っている。


使い所と言えばここだろう。


ここでなければ本当に何のための物なのかというくらいだ。


恭司は隊長から奪ったアクセサリーを、その認証板に近づけてみる。


すると…………



【「リチャード・ビライトス」中尉と判断────。権限がありません】



認証板から声が聞こえてきた。


どこからかは分からないが、女性らしい無機質な声だ。


どうやら、このアクセサリーを使うという判断自体は、間違っていなかったらしい。


「リチャード・ビライトス」というのは知らないが、前回戦ったあの情けない隊長の名前なのだろう。


それならばと────。


恭司は再びさっきの騎士の死体へと戻り、アクセサリーを回収した。


さっきは被っているから置いておいたのだが、これなら差し替えておいた方が良さそうだ。


恭司は改めて騎士のアクセサリーを持ってくると、その認証板に当てがう。



【「ギルバート・オライゴン」少将と判断────。解錠します】



ビンゴだった。


やはりコレで正解だったようだ。


どうやらさっきの騎士は、『ギルバート・オライゴン』という名前だったらしい。


心の中でずっと『騎士』と呼んでいたから、名前なんて気にしていなかった。


まぁ、どうでもいいことだが────。



(というより…………騎士道精神的には自分から名乗るもんなんじゃないのか…………?無能者相手だから省かれてたのか、元々そういうものなのか…………。やっぱり、よく分からん考え方だな)



恭司は開いた扉を開けると、外に出た。


解錠されれば、押すと開く形になっていたようだ。


こんな扉がある辺り、この世界は恭司のいた前世よりも文明が大きく発達している世界なのかもしれない。


他の兵士や隊長たちも、この騎士クラスの人間が開けてから入ったのだろう。


許可が無ければ出られないようにしてあるのは、カザルを閉じ込めるための仕様に違いない。


無能者と侮る割には、こういう所だけは用意周到なようだ。


恭司は扉から出ると、初めて屋敷の本当の"中"へと足を踏み入れる。



「さて…………それでは探検と行きますかね……」



中に入ってみると、その扉の向こう側はまたしても暗い廊下が広がるだけだった。


まぁ、あんな空間に繋がる入口が表立って置いてあるわけはないから、ある意味当然のことだ。


恭司はパッと周りを見回してみる。

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