【第六話】騎士 ⑤

「では、さらばだ、『カザル・ロアフィールド』よ────。いずれ、女神のもとで会おう────」



そう言って、騎士は剣を振り下ろした。


まっすぐな軌道────。


スキルも剣技もない、普通の斬線────。


トドメの一撃だ。


恭司は再び歯を食い縛ると、渾身の力を振り絞り、体を無理矢理横に動かす。


すると、


騎士の振った剣は、ものの見事に空を斬っていった。


避けたのだ。


ギリッと…………騎士の方から歯噛みするような音が聞こえてくる。


それは、"怒り"だ。


もちろん、空振りに対してじゃない。


目を向けると、騎士の顔は凄まじい憤怒と屈辱によって、激しく燃え上がっていた。


血管が盛大に浮き出て、見るも明らかなほどに真っ赤っ赤だ。


騎士というものは…………全くをもって、分かりやすい。



「き…………ッ!!き、貴ッッッッッ様ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!この期に及んで…………ッ!!まだ足掻くつもりかァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



騎士の怒りの声は、この廊下中に響き渡った。


まさかここにきて、恭司が死を受け入れずに抵抗してくるなど予想外だったのだろう。


勝敗が完全に決した中で無様に生き長らえようとするなど、騎士道精神としてはあるまじき行為だからだ。


しかし…………


恭司にはそんなモノ、関係ない。


恭司は騎士ではないのだ。


相手の流儀に従ってやる必要など、どこにもない。


そして…………


事態はここで、さらに大きく動き出した。


騎士の剣を躱した先で、恭司は温めていた作戦を実行に移したのだ。


恭司が兼ねてよりずっと懐に忍ばせていた、"切り札"────。


いざという時の"保険"────。


その"最終手段"を、今ここで使う。


その時間は僅か1秒────。


ずっと脳内シミュレーションしていたおかげで、スムーズに事を済ますことができた。



「お、おのれェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ…………ッ!!絶対に許さんぞォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!こんな侮辱を受けたのは生まれて初めてだッ!!叩っ斬って……ッ!!」



騎士はすぐに恭司の避けた場所に目を向けた。


だが、


既に恭司はそこにはいない。


血が床に多少残っているだけだ。


右にも左にも…………上にもいない。


どうしたことか…………影1つ見当たらなかった。


さっきまでそこにいたはずなのに、恭司は忽然として、姿を消したのだ。



「な…………ッ!?ば、バカな…………ッ!!一体、どこへ消えたッ!?」



騎士は慌てふためき、キョロキョロと辺りを見回す。


足を怪我しているのだ。


あの傷では素早く動けるはずも、遠くへ行けるはずもない。


必ず近くにいるはずだ。


そして…………


騎士が恭司を探し始めた、その時────。


正に、その一瞬のことだった。


慌てる騎士に向かって1つ、忍び寄る影────。


この一瞬のやり取りの中、騎士が唯一見ていない場所────。


ニヤつく恭司の手に、ナイフの刃が光る。


騎士がそれに気づいた頃にはもう…………遅かった。



ザシュゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!



「え…………………………?」



刹那の出来事────。


騎士の首から、血が盛大に噴き出す。


斬られたのだ。


それはまるで横向きの噴水のように勢いよく噴き出し、騎士の目の前に赤い水たまりを作り出している。


意味が分からなくて…………摩訶不思議で…………頭が混乱するばかりだった。


目の前の現実が、なかなか脳内で受け入れられないのだ。


騎士はその光景を、呆然と見つめる。



「な、何…………?なん………………で…………?」



もう何が何だか分からなかった。


一体何が起こって、今がどういう状況なのか…………全くをもって理解も予想もできないのだ。


混乱して思考が上手く回っていない。


自分はただ、足をやられて死にかけだった人間に、トドメを刺そうとしただけのはず────。


この誇らしき聖戦を、自らの手で締め括ろうとしただけのはずだ。


相手は足を負傷して動けなかった。


何も出来る状態ではなかったはずだ。


怪我の具合もしっかり確認していたし、何も落ち度はなかったはず────。


不自然なことは、1つもなかったはずだ。


なのに何故────ッ!!



「ハァーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!変態ジジイがッ!!ずいぶんとまぁ、上手いことハマってくれたものだなァッ!!」



ふと────。


声が聞こえてきた。


騎士は血が止めどなく噴き出し続ける中、首をギリリと動かし、声のした方向に目を向ける。


そこには、騎士の血でベトベトになったナイフを握りしめながら、悠々とそこに佇む恭司がいた。


その手には、小さな小瓶がある。


騎士が渡した物ではない。


アレは────。



「き、貴様ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!さ、最初から…………ッ!!最初からずっと…………ッ!!それを持っていたのかァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



そう…………


『ヒールポーション』────。


恭司は前回の戦いの時、隊長たちから奪ったヒールポーションの内の、1つだけは予備としてずっと懐に隠し持っていた。


ポーションのことなど最初から知っていたにもかかわらず、恭司は敢えて知らないフリをしていたのだ。


戦い前にわざわざ騎士からポーションをもらったのもそのため────。


初めて飲んだかのような演技もそのためだ。


騎士は、恭司がポーションを隠し持っていたなどとは夢にも思っていなかったのだろう。


そんな邪道な行いは、"騎士道精神"には存在していないのだ。


そんな行いをすれば、騎士としてはこの上ない"恥"となる。


だから…………


恭司はずっと、待っていた。


あの足をやられた時からずっと…………ずっとずっとずっと待ち続けていたのだ。


隠し持ったコレを飲む、絶好の機会を────。



「最初はピンチになったら飲もうと思っていたんだがなァ…………。足を負傷した時、方針を変えたんだ。どうせなら、アンタが油断してトドメを刺そうと思った時が一番効果的だろう…………?」



せっかく持っていることがバレていないのだから、それを活用した方がいいという判断だった。


恭司は騎士の攻撃を避けた瞬間にヒールポーションを飲み、騎士が怒り狂っている間に、死角である背後へと回り込んだのだ。


後は油断した騎士の首を斬るだけ────。


とてもシンプルで単純な…………"騙し討ち"だ。


まともに戦っても勝てないなら、それしかない。


一か八かの賭けだったが、戦い前に"念のため"で行ったことが功を奏した。


最初から狙っていたわけではないし、半分以上は運だったが、一応は恭司の作戦勝ちと言えるだろう。



「くそ…………ッ!!この怨み…………ッ!!決して忘れぬぞ、カザル・ロアフィールドォォォォ…………ッ!!決してッ!!決し……ッ!!て…………ッ!!」



騎士は最期にそう言って、怒りの形相のまま、自らの血溜まりの中に倒れ込んでいった。


血を流し過ぎてもたなくなったのだろう。


元々限界だったのだ。


むしろ、ここまで喋れていることがおかしい。


そして…………


騎士が倒れると、


一瞬にしてこの廊下中がシン────ッと静まった。


"嵐"の前の静けさだ。


恭司はそれを見て、盛大にため息を吐き出す。


戦いはまだ、終わってなどいないのだ。


まだ…………


扉の前で待機している隊長たち────。


"最後の関門"が残っている。


体力的にも辛くてしんどいが、


やるしかなかった。



「き、貴ッッッ様ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!一体、なんてことをォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「騎士の風上にもおけぬ行為だぞッ!!恥を知らんかァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「騎士隊長の仇だ!!絶対に逃がさんぞォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



出口の前で待機していた上位剣士級の隊長たちは、騎士が騙し討ちで殺された瞬間を見て、怒りの声と共に恭司に一斉に突撃してきた。


騎士の誇りを侮辱されたことが許せないのだろう。


恭司はナイフを構え、ため息を吐き出す。


そう、


ここからは…………



「第二ラウンドの開始だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



そうして────。


恭司と隊長たちによる、第二ラウンドが幕を開けた。


ヒールポーションで回復したとはいえ、あの小さい小瓶の物を1つだけだ。


全開には当然なっていないし、傷も全て治ったわけではない。


とはいえ…………


相手は上位剣士以下の隊長たち────。


『縦斬り』も『横斬り』も横振りの剣技も、恭司は既に軌道を読み切っている。


凄まじく長い時間をかけ…………


恭司はようやく、全ての敵を薙ぎ倒すに至ったのだった。



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