【第七話】外の世界へ ②

「ここはカザルの記憶にも無い所だな…………。1階の中でも奥の方なんだろう。そもそも父親は俺(無能者)のことを隠したいから監禁してたわけだし、基本的に人気のない場所なのかもな……」



まぁ、出入りに権限が必要な時点で、そうである可能性は高かった。


後ろめたいから分かりにくくしているのだ。


まぁ、カザルのこと自体は皆知っているだろうから、いわゆる公然の秘密という奴なのかもしれない。


恭司はとりあえず先へ進んでみることにした。


今の所、人の姿は見当たらないが、さっきまでずいぶんと大きな音を立てながら騒いでいたのだ。


時間もだいぶ長い間掛かっていたし、もういつ増援が来たっておかしくない。


基本的に、カザルは職業として何のスキルも得られないからあの程度の兵士たちに監視を任せられていたのだ。


あの程度で問題ないと判断されているくらいには、戦闘力だって低く見られている。


あの騎士は、おそらく万が一の保険で来たのだろう。


その騎士が戻らないとなれば、いよいよを持って本腰を入れた対応に動いてくるに違いない。


というより、処刑までの時間を考えても、次はより確実な手を打ってくるはずだ。


少し考えただけでも、心底ウンザリした気分になってくる。



(まぁ、不遇職とは言っても、『無能者』なんて世界でも初の職業だからなぁ…………。この不可解な状況を見て、得体の知れない不気味さは感じているはず…………。父親としてはまぁ、内心おもしろくはないだろうな……)



恭司は嘆息した。


向こうはカザル1人を相手に、一般兵50人を出して、その後に上位剣士クラス50人と騎士1人をあてがってきているのだ。


本来ならそれで十分すぎる対応だが、それで戻らないなら間違いなく何かあったと見るだろうし、時間的にも焦っているに違いない。


となれば…………



「次は上級職の人間が来るんだろうなァ…………。四大貴族とか呼ばれている家ならそれくらいの人材は確保しているだろうし…………。これは、あんまりのんびりとはしていられねぇな……」



廊下を進んでいくと、あの空間から離れるにつれ、徐々に人の気配が多くなってきていた。


どことなく騒がしくなってきているような気がする。


さっきの考察通りの展開なのだろう。


処刑はもうすぐということだったから、来賓はもう既に集まっていて、メインがいつまでも現れなくて痺れを切らし始めているのかもしれない。


すると、


この薄暗い廊下の向こう側から、誰か走ってくる音が聞こえてきた。


噂をすればという奴だ。


本来なら、ここは相手の職業が分からない以上、隠れてやり過ごすのが無難な選択なのだが、今はまだ廊下────。


隠れようにも、隠れられそうな遮蔽物がない。


気乗りはしないが、仕方がなかった。



「ん…………?き、貴様は……ッ!!」



廊下の正面から、1人の兵士らしき男が現れる。


ここはもう、先手必勝だ。


何もさせずに始末する。


恭司は身をかがめつつ全力で走ると、兵士に向かってすぐさま距離を詰めた。



「貴様ァ…………ッ!!やはり脱獄していたのかッ!!叩っ斬って……ッ!!」



兵士が動くより早く────。


剣を構えるより速く────。


恭司は兵士の前に躍り出ると、


ザク────ッと、


ナイフを首に突き刺した。


これまではナイフが抜けなくなると困るからやらなかったのだが、1人相手なら問題ない。


この方が喉も一緒に潰せる分、大きな声で叫ばれずに済むのだ。


首ごと掻っ切るほどの力はなくても、ただ刺すくらいのことなら今のカザルでも出来る。


兵士は「カハーッ」と口から血を吐き出すと、恨めしそうに恭司を睨み付けながら、そのまま息を引き取っていった。


上出来の結果だ。


やはり、暗殺は静かにやるに限る。



「こいつはおそらく様子見で出された兵士だろうな…………。隊長クラスでなく普通の兵士だったのはありがたいが、こいつが戻らないと判断した時点で、父親は次の刺客を送り出してくるだろう。…………どうやら急いだ方が良さそうだ……」



恭司はそこからは走ることにした。


音を立てず、気配を絶ったまま、全力で疾走する。


恭司の特技だ。


前世で忍者のようなことばかりやって来た一族に生まれたこともあり、このくらいのことは造作もない。


走っていると、薄暗い廊下の先にようやく、何かが視界に入ってきた。


ドアだ。


前方数メートル先の廊下の側面に、一つのドアがある。


こんなに廊下ばかりを進んでいるというのに、部屋を見つけたのはこれが初めてのことだ。


そして、


その前をメイドが2人、喋りながら並んで歩いているのが見える。


あのドアから出てきた所なのだろう。


これも先手必勝だ。


片方ずつ…………確実に始末する。



「ん……ッ!!ん~~~~ッ!!」



恭司は背後から近づくと、並んでいる内の片方の口を塞ぎ、その隙にナイフで首を斬った。


一瞬だ。


叫ばれないよう喉ごと深く斬りつけ、メイドの首から血が噴き出す。



「き、キャァァ……ッ!!」



さらに、


もう片方が叫びそうになる所を、恭司はすんでの所でナイフを首に突き立て、即座に一撃で殺した。


並んで歩いているのがメイドだったのは幸運だ。


仮に兵士2人だったら、もう片方に叫ばれていたかもしれない。



「お、おい…………ッ!!どうしたッ!!何かあったのかッ!?」



────と、思っていたら、


ドアの中から声が聞こえてきた。


メイドにはそこまで大きな声では叫ばせなかったはずだが、目の前のドアの中にいた人間には聞こえてしまったようだ。


この距離ならば仕方がない。



(いや…………これは逆に、使えるか…………?)



部屋の中に感じる気配は1人だけだった。


声を聞く限り、相手は男だろう。


1人とはいえ、油断は禁物だ。


恭司はドアのすぐ近くで待機し、待ち構えることにする。


すると、


間もなくして、ドアが向こうから開かれた。



「一体何が……ッ!!」



その瞬間だった。


その瞬間に────。


恭司はその男の口を塞ぎ、喉元にナイフを当てる。


あっという間の制圧────。


一瞬のような奇襲戦法────。


成功だ。


殺してはいない。


使える奴かもしれないから、敢えて殺しはしなかったのだ。


恭司は口元を緩める。

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