第16話       イシカワ⑮

速皮喩我無(豆タンク)の驚異的過ぎるハイスペックを垣間見た俺は、正直悔しかった──


 ……あぁ。こちとら何をやっても上手く行かず、無能と罵られ、落ちて、墜ちて、堕ちて……挙げ句の果ては孤独に餓死したってのに……クソ、せっかくいい気分だったのに、こんなセレブな情報知っちまったから台無しじゃねーか。


 一気にテンションが急降下した俺は、愛妻優(ロリ顔)に視線を向けた。


 ……カワイイな。こんなにもカワイイ子が俺に寄りかかって眠ってやがる。一ノ瀬大作時代じゃありえない事だったよな…………


 ──そうだ。


 一ノ瀬大作はもう死んだ。


 俺は今、滝本移なんだ。考えてみりゃ、速皮喩我無(豆タンク)がどれだけスペック高くても、滝本移が放つ可愛さの前では骨抜きなんだ。つまり──


 カワイイは最強なんだ。


 そう悟った俺は、ピッチャーごとビールを一気に飲み干し、テンションを急上昇させた。


「ぷはー! 美味しい!」


「おー、いい飲みっぷりだねぇチュリー」


「うん。ボク、今日はとことん飲むぞー!」


「……ん」


「あ、起こしちゃった? 気持ち良く寝てたのにゴメンね、すーちゃん」


「ふわ~……タッキーの側に居ると何か落ちつくから、ついウトウトしちゃった。テヘヘ」


 テヘヘて! カワイイ! くっそカワイイ! チワワか!


 寝起きの愛妻優(ロリ顔)が醸し出す仔犬のように無垢な笑顔が、俺の煩悩を激しく揺さぶる。


 ……そういやぁ、初恋のあの子もこんな雰囲気だったっけ。なんか、どことなく似てんな……


 初恋の女の子と愛妻優(ロリ顔)をダブらせていたその時、愛妻優(ロリ顔)のスマホが着信音を奏でた。


「あ、ゴメンね~。誰だろぉ?」


 愛妻優(ロリ顔)はスマホを手に取り、画面を確認する。そこには女性の画像が表示されていた。


「あ~、ママだ」


 ……ママ。なるほど、愛妻優(ロリ顔)の母親の写真か。年の割には若くてカワイイ母……はは? ははぁぁああああ────────────────────────!?


 その時、俺の身体中を戦慄が駆け巡った。


「ママ~? なぁに?」


 愛妻優(ロリ顔)は、暫く母親と会話し、通話を終えた。


「ゴメンねぇ。タッキーも知っての通り、ウチのママ心配性だから」


「……う、うん。大丈夫だよ、気にしないで。あ……あのさ、すーちゃん」


「んん? なぁに?」


「すーちゃんのお母さんて、いくつ?」


「年齢? え~っとぉ……確か四十歳ちょうどだったかなぁ」


「……そ、そっか。凄く若いよね、アラフォーには見えないよ」


「うん。一緒に歩いてるとさぁ、姉妹と勘違いされるんだぁ~」


「……は、ははは。あ、あぁ、ボクちょっとトイレ」


 トイレへ移動した俺は直ぐ様、『愛妻優の母親に関するデータ』と、頭の中で指令を出し、視覚ウインドを開いた。




【愛妻なつみ:年齢四十歳:身長152:体重??:旧姓:山本なつみ:好きなスイーツ:苺のショートケーキ】




「マママママ……マジか」


 衝撃的事実を知った俺は席に戻り、とりあえずビールを一気に飲み干して気持ちを落ち着かせた。


 心頭滅すれば、火もまた涼し──


 冷静に、冷静になれ。抑えろこの感情を……この鼓動を。


「なぁ~にぃ? タッキーなんか凄く嬉しそぉだけど」


「──え!?」


 愛妻優(ロリ顔)が、両手で頬杖をつきながら俺を見つめている。まさか悟られたか?


「そうだよね、嬉しいよね~。だってさぁ、またこうしてみんなで集まれたんだもん……ねっ♪」


 ……ねっ♪って、くはぁ────! カワイイ! クソがぁあああ─────!!


 違う違うそうじゃない! 俺が嬉しいのは、お前がなっちゃんの『娘』だからだよ! だってありえねーだろうよ!? 初恋の、しかも、生理的に拒否られてた女の子の娘と、こんなにも仲良く出来てるんだぜ!? そりゃ無意識に表情もゆるゆるになるわ! もう吐くわ! こんな奇跡ないだろ!




 そう──




 あれは忘れもしない小学校卒業間際。美術の授業で哀しき結末を迎えた『接近作戦』以来、なっちゃんに対して、一声も掛けられなくなってしまった俺は、一大決意をした。


 キモいと罵られようが消えぬ想いを、卒業までに何とかして伝えたい──だから、俺は告白する方法を考えた。


 SNSやらメールが当たり前にある今のガキ共にはわからねーだろうが、好きな女の子に告白する方法は3つしかない。




 その一、『直接告白する』


 これは無理だ。そもそも呼び出す勇気なんてあるわけないし、大体目の前で「好きです!」なんて言った瞬間、緊張のあまり気絶するわ。




 その二『電話で告白する』


 これも無理。まず電話番号知らないし、仮に入手出来たとしても電話をかける勇気もない。大体親が出ちまったらソッコーで電話切るわ。




 その三、『ラブレターを渡す』


 これなら直接本人に接する事なく、間接的かつ、想いを伝えられる。3つの選択肢どころか、必然的にラブレターしか選べなかった俺は、ラブレターを書いた。




 後は渡すだけだった。




<続く>

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