第14話      イシカワ⑬

あれは確か小学校六年生の頃だったか……当時、俺には初恋の人が居た。


 その子はとても明るく、愛らしく、クラスでも人気の女子だった。根暗で友達も居ない俺とは対照的に──


 ある日、美術の授業でデッサンが行われた。その時、偶々その子が俺の隣の席に座ったのだ。千載一遇のチャンスに興奮した俺は、どうにか彼女とコミュニケーションを取れないものかと試行錯誤した。


 そこで俺が考えた作戦は、『少しずつ机を寄せる作戦』だった。コミュニケーションを取ろうにも、何せ机と机の間が一メートルも開いている。俺はまずこの距離を何とかしようと考えた。


 美術の授業が開始、俺はデッサンをしながら少しづつ、机を彼女の方に移動させた。


 気付かれないように──


 焦らず──


 慎重に。


 細心の注意を払いながら、約一センチづつ、自分の机を彼女の机に近づけていった。しかし、この作業は思いのほか過酷だった。


 デッサンの授業は二時間──一時間かけて近づけた距離は30センチ……残り一時間で到達出来るかどうか微妙だ。この時点で、俺の行動目的は、『コミュニケーションを取る』から『彼女に可能な限り近づく』に下方修正された。


 俺は『接近作戦』を再開。迅速かつ、気付かれぬように。当然デッサンをしながらの作業なので、絵は描いているものの、意識のほとんどを接近作戦に使用しているので、キャンバスにはムンクの叫びみたいな絵が描かれていた。


 そんな事などお構いなしに、移動は続けられた。


 日進月歩──


 塵も積もれば山となる──


 万里の道も一歩から──


 何かを成した先人達も、一歩づつ歩んだのだ。歩みを止めさえしなければ、必ずや目的地に到達する────そんな想いを馳せ、移動を続けた。


 授業終了まで残り五分。俺は彼女の机まで、後僅か数センチの所まで移動した。


 ……後少しだ。


 この机の距離は、キミとボクとの心の距離……


 やっと、やっと…………キミに届くよ。


 そう思った瞬間、唐突に彼女が俺の方を向き、


「……ごめん。机離してくれない? 気持ち悪いから」


 と、冷淡な表情でそう告げた──


 淡く儚い、晩秋の出来事だった。


 そんな哀しき記憶を持つ俺の肩に、こんなにもカワイイ女の子が寄りかかっている。


 ……報われた。


 ……餓死した甲斐があった。


 俺は15杯目のビールジョッキを空け、悦に浸った。しかし、それとは裏腹に、目の前ではカオスな状況が繰り広げられている。




<続く>


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