第11話      イシカワ ⑩

 『大衆居酒屋魚類魚ぎ13』に到着して一時間が経過した──


「…………」


 おいおいおいおいおい! 誰も来ないぞ? おかしい……これは流石におかしいぞ。


 店を間違えたか? もしや、よく行く店ランキング二位の『人情酒場鳥野郎』の方だったか?


 ……いや、仮にそうだったとしても、一時間が過ぎてるんだ。可愛絆(ビッチ)からLINEなり電話があってもいいはずだ。


 どうする?


 こっちから電話するか? ……いや、それはなんか気が引けるし、そもそも女子に電話をかけるという行為自体が、『古の記憶』にも記載されていないので単純に恥ずかしいし……


 数々の選択肢が駆け巡るも、決めきれない俺は不安に掻き立てられていた。




 その時──




「チュリー、ハロハロ~」


 と、手を振りながら可愛絆(ビッチ)がやってきた。


「あ、え……えっと久しぶり……」


「ん~、元気そうで何より何より何より」


 ……は!?


 おいコラ。それが一時間待たせた人間に対して発する第一声か!? コイツ……やっぱりガチでビッチじゃねーか!


 非人道的態度に怒りが沸き上がってきた。どうする? もう帰るか? こんな奴と酒を飲んでも楽しくもなんともな──


「てゆ~かさぁ、今日チュリー来るのやたら早くない?いつもあたしより30分は遅く来るのに」


「……え?」


「あー、入院してたからお酒飲む事が待ち遠しかった? チュリーお酒大好きだもんね~」


「ア……アハハハ」


 え、え、え? 沖縄時間!? もしかしてお前ら沖縄時間なの!?


「そ・れ・と・もぉ~、あたしに会える事が待ち遠しかったとかぁ?」


「え……」


 滝本移よりも背が高い可愛絆(ビッチ)が、何やらエロイ目付きで見下ろしてくる。うお……なんか、高身長女子………結構いいかも。


 先ほどまでの怒りはどこへやら。会って間もない可愛絆ビッチに対して、いかがわしい感情が芽生え始めてきた瞬間、


「わっ──!?」


 なんと、可愛絆(ビッチ)が抱きついてきた。 そして、「……チュリー、退院おめでと。本当に無事で良かったよ」と、耳元で囁いてきた。


「あ……ありがと、キ……キット……キッチョン」


 突然のハグに危うく『キットン』と噛む所だった。いやいやそんな事よりも……


 はわわわぁ~…………何コレ~? めっちゃいい匂いするんですけどぉ! 香水……? シャンプー? それにめっちゃ柔らかいし、なんか暖かいんですけどぉぉぉ…………おおおあああああ────────!!


 ぷるんぷるん。二十歳の女子、ぷるんぷるん!


「んじゃ、先に入ろっか。もう少しで皆集まると思うから」


「……う、うん」


 可愛絆(ビッチ)…………結構いい娘かも。




 俺と可愛絆(ビッチ)はとりあえず店内に入った。 そして、お冷やを運んできた店員に対して、可愛絆(ビッチ)はすかさず「食べ放題と飲み放題プラン五人分でお願いしまぁ~す」と、馴れた感じで注文した。


 五人分……て事は、後三人も来るのか? むしろもう可愛絆(ビッチ)だけでよくね?


 いや待て、全員女子ならそれは女子会……つまり、俺にとってはハーレムだ。皆にガンガン酒を飲ませて、ぐでんぐでんになったら、色々愉しい事が……ぐひひひ。


 俺の脳内はハグの影響により、95%が下心(残りの5%は食欲)で埋め尽くされていた──


 可愛絆(ビッチ)よ、今、お前の目の前に居るのはお前が知るチュリーではない……




 『チェリー』だ。




 お前はチュリーではなくアラフォー・チェリー・大作を抱きしめてしまったのだよ……ふははははは。


「ねぇねぇ、チュリー。この間さぁ、コミケ行ってきたよ。なので戦利品を持ってきましたぁ」


 可愛絆(ビッチ)はトートバッグの中から本を数点取り出した。


「はい、これあたしからの快気祝い。じっくり愉しんでねぇ……」


 俺は意味深な笑顔を浮かべる可愛絆(ビッチ)から本を三冊手渡された。その表紙には、美形の男子達が恋人のように密着したイラストが描かれている。


 こ……これはいわゆるBLボーイズラブ本…………そっか、確かコイツら腐女子仲間だったな。


「さぁさぁ、遠慮せずに開いてみたまえよ」


 ニヤニヤしながら促してくる可愛絆(ビッチ)を横目に、俺は生まれて初めて目にするBL本を見開いた。


 ……う~ん。


 まぁ、だから何? だよなぁ。


 ノーマルでスクエアな性癖の俺は、特に驚きもなく、美形の男同士が只々まぐわうシーンを淡々と読み飛ばした。


「どぉ? 今回の作画凄く良くない?久々の当たりだよね~」


「う、うん……凄く綺麗だね」


 心にも無い感想を絞り出す以外の選択肢が無い。あぁ……BLではなく、俺はお前のBバストとLレングスに興味があるんだよ。さっきのハグ……コイツの胸が俺の胸に密着して気持ちよかったな……


 俺は滝本移が『まな板ちゃん』である事を心の底から感謝した。


 そんなこんなで引き続き可愛絆(ビッチ)によるBL本解説を、心此処にあらずモードで聞いていると、俺達のテーブルに二人の男がやって来た。


「おー、滝本の。退院おめでとう」


「滝本氏、退院おめでとうであります」


 ……あ? 何だコイツら。


 一人はゴリラみたいなガチムチマッチョ。もう一人は、豆タンクのデブ。おいおい待て待て……男かよ。


 ……興醒めだ。残り三人全て女子だと思い込んでいたから余計にキツい。あぁ、仕方ない……とりあえずコイツらのデータを。




 ピロン♪




【緒方 力也(おがた りきや)】◆同じ大学のスポーツ科◆身長185:体重90◆趣味、筋トレ、猫鑑賞◆学生ボディービル選手権第3位の実力者◆滝本移に上腕二頭筋を触らせて、ドヤ顔をする事に生き甲斐を感じている】




 ……次。




 ピロン♪




【速皮 喩我無(そうひゆがむ)◆同じ大学の工学部◆身長160センチ:体重130キロ◆アニヲタ、メカヲタ◆メガネ、チェックのカッターシャツ、ジーパン、 赤い運動靴がトレードマーク◆[~であります]が口癖◆滝本移に下腹部をタプタプされ、萌える事が唯一の悦楽】




 ……あっそ。




 クソみたいな情報だな。犬も喰わないとはまさにこの事だ。


 しかし、その直後──


 一気にテンションが下がった俺の背後から、「タッキ~」と、呼びかけてくる女の子の声がした。振り向くと、そこには手をヒラヒラと振りながらこちらへ向かってくる、激烈美少女の姿があった。




<続く>


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る