第9話 イシカワ ⑧
翌日──
昼過ぎまで寝ていた俺は、ベッドで横になったまま視覚ウインドを開いて、滝本移に関する情報を閲覧していた。
今日から本格的に滝本移として生きていかなければならないわけだ。せっかく転生したのだから、一之瀬大作時代には出来なかった事にチャレンジしていこう──
そう前向きな決意した俺は、とりあえず煙草に火を点け、夕べ帰り道に寄ったコンビニで購入した缶チューハイを一口飲んだ。
「……しかし、まぁあれだな。カワイイと色んな事で得するもんだな」
『カワイイ』
ただそれだけの理由でタクシー代が無料になり、ビールをサービスしてもらえた。一之瀬大作時代に俺が無料で貰えたモノと言えば、街角で配られるポケットティッシュぐらいだった。まぁ、ラーメンに沈んでいた豚カツには参ったけど。
「……あ。豚カツはサービスって言うよりも、異能の力になるのか。そういえば、今日はまだ引いてなかったっけ」
俺はおもむろにリビングへ移動し、ダイニングテーブルの中央に鎮座するロボピーの前に立った。
「しかしコイツ……めっちゃ邪魔だな。以外と場所は取るし、なんか必要以上に重いし。そもそもテーブルで飯食えねーじゃん」
ま、そんな文句を言った所で仕方がない。俺はロボピーの頭を押した。
ピロ、ピロピーロ、ピロピーロピー、ピッピッピッピ♪
機械音が奏でる妙なリズムは、どうやら毎回違うらしい。もしかしたらリズムのパターンによって、異能の内容が違うかもしれない。この事については今後解析していこうと思う。
ティントン♪
「さて……どんな異能が当たったかな」
俺はスマホのアプリを起動させ、異能を確認した。
【異能:一センチだけ空中に浮ける】
「……は?」
一センチだけ浮いてどうするんだ。もしやこの異能ガチャ、ポンコツ能力しか出ないんじゃねーか?
猜疑心を抱き始めたものの、一応ダウンロードしてみた。
「えっと……使用方法は」
【『浮け』と指令を出せば、身体が一センチ浮き上がります。※移動する事は出来ません。※使用期限:本日のみ有効】
「……あっそ。じゃあ、『浮け』」
そう言うと、本当に身体が僅かに浮いた。
「……お。結構な浮遊感だな。意外とコレ、いいかも」
部屋に居ながらにして無重力を体感しているようだ。これで移動が出来たのなら、ガンダ○のスペースコロニー内移動ごっこが出来ただろうに。残念だ……とはあまり思っていない俺は一旦着地。床に寝そべり仰向けになった。
「これでよしと……『浮け』」
おー浮いた。浮いたわー。おほ、おほほほ。これはいいんじゃね? イッツ・ア・ゼログラビティターイム。
浮遊感がだんだんクセになってきた。んじゃま、『寝浮き』したままスマホでエロサイトサーフィンでもするか。スマホを持ったその瞬間、ピリリリ────と、着信音が鳴った。
「おお……ビビったぁ。一瞬身体が浮くかと思ったわ。浮いてるけど。全く……」
画面には【キッチョン】と表示されている。誰だ? 友人か? とりあえず電話に出てみた。
「……はい」
『あ、チュリー?』
あ? チュリーって滝本移の事か?
「う、うん……」
『たーいんおめでとー!』
「ど……どうも」
『あれぇ? なんかチュリーさぁ、よそよそしくない? どしたの? まだ全快じゃない的な?』
……コイツ、言い回しのクセがつえーな。このままじゃ会話が成り立たないぞ。
俺は『キッチョン』とやらに関する画像とデータを視覚ウインドに表示させた。
ピロン♪
【可愛 絆(かわい きずな)◆愛称:キッチョン◆年齢二十歳◆身長172◆体重ナイショ◆巨乳、トランジスタグラマー安産形◆スリーサイズ95・60・90◆滝本移とは腐女子仲間で学友◆ヲタ彼氏絶賛募集中◆滝本移の事を呼称した際、『うちゅり』と噛んでしまった事がきっかけで、チュリーと呼ぶ事になった】
ふぅん……コイツも中々カワイイな。
『もぉーしもぉ~し、チュリー聞こえてる?』
「……あ、うん。ゴメンゴメン。ボク、まだ本調子じゃなくって」
フゥ……事前に滝本移が『ボクっ子』だという設定を調べといて良かった。
「そっか~、じゃあさ、景気付けに皆で飲みにいこーよ! チュリーの快気祝いって事で!」
おいおい……本調子じゃねーって今言ったよな? 快気祝いの意味わかってんのかこの女。
「う、う~ん。いいよ」
「じゃあ、夜7時にいつもの店で待ち合わせって事で! 皆にもLINE送っとくね~」
可愛絆はそう告げると、一方的に電話を切った。
「……ちょ、今日?」
なんだこのクソ女は。普通、退院してきたばかりの友人を酒の席に誘うか? こちらの都合などお構い無し……こういう自己チューな奴は、大概親の教育がなってねーんだよなぁ。全く……カワイイ顔してるけど、コイツは俺の基準でビッチ確定だ。
ま……行くけどさ。
嫌が応にも、滝本移としての時間はもう動き出している。引きこもってちゃ何も変わらない。俺は気持ちを切り替え、浮寝を終えて缶チューハイを一気に飲み干した。
<続く>
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