第7話 イシカワ ⑥
夕飯を食う為に外出した俺は、とりあえず真っ先にコンビニへ向かい煙草を購入した。そして、即座に喫煙所にてタバコ三本をくわえて火を点けた。
「スゥ────ハァアアア~……………………」
数ヵ月ぶりに摂取するニコチン。旨すぎて一瞬倒れかけた。
「よし、じゃあ行きますか」
そして、俺はとある場所へ向かった。
都内某所──
山手線を乗り継いでやってきた場所。ここは俺、一之瀬大作が長年住んでいた街だ。
「なんか……懐かしいな」
久しぶりに訪れた、慣れ親しんだ街──俺は少しばかり哀愁に浸り、歩みを始めた。駅から歩く事、約五分。到着したのは――
中華料理『満天』
黄色い看板で非常に目立つ店舗は、簡素な住宅街ではかなり浮いているが、味、ボリューム、価格に定評があり、地元の住民に人気がある中華料理店だ。
この店は、俺が二十年前に住み始めた頃から週に二~三回は通っており、餓死のきっかけとなった飲料水生活の前、最後の食事をした場所、謂わば『最後の晩餐』となった場所でもある。
「久しぶりだな……よし」
俺は店内へと歩を進めた。
「イラッシャイマセ~」
カタコトの日本語で挨拶をする店主、ベトナム人のチャンさん。あぁ、懐かしき……まだ1ヶ月しか経ってないけど。
俺はカウンターの一番奥、壁際の席に座った。
この席は俺の『指定席』とも言える席で、空いていなかったら時間帯をずらすぐらいお気に入りの席なのである。まぁ、単に他の常連客に話しかけられるのが嫌なだけだが。
暫くすると、カウンター越しにチャンさんが、「ゴチャウモンハオキマリテスカ?」と尋ねてきた。しかしながら、この店に通い始めて約二十年が経過するにもかかわらず、未だに間違った日本語で接客をするチャンさんの学習能力の無さには感服する。ま、クズの俺が言うのもなんだが。
「じゃあ、いつもの」
そう告げると、チャンさんは燻し気な表情で、
「オネサン、コノミセキタコトアタカ?」
「ハハハ……先月来たばっかだし、俺の事忘れ……」
ああぁ─────────────! 転生した事すっかり忘れてたぁ───────!!
「センケツ? オネサンミタイナカワイイヒトダタラ、ワタシワスレナイヨ! イヒヒヒ!」
「……あ、あはは。えっとぉ~」俺はとりあえずメニューを開き、
「……じゃ、じゃあAセットと唐揚げ。後、ビールをお願いします」
「ハーイ、Aセットト、カラアケ、ビールネ!」
ふぅ……危ない危ない。リラックスしすぎて、滝本移だって事、完全に忘れてたわー。
俺は気持ちを落ち着かせ、料理が来るのを待つ。
「ハイ、マズビールとカラアケネ」
瓶ビールと唐揚げが目の前に置かれた。俺は手酌でグラスにビールを注ぎ入れ、グイッと一気に飲み干した。
カァアァァアアアァァァ──! この一杯の為に生きてんなぁー!
と、叫ぶ事はしないが、無職でも、一回死んだとしても、この台詞を思い浮かべずして、久しぶりのビールを堪能する事は出来やしない……はず。
次は唐揚げだ。ここの唐揚げは出来たてを一口で頬張ると、確実にヤケドを負うから、先ずは一手間が必要だ。箸で少し衣と肉を引き裂き、中の蒸気を逃がす。そこへレモンを軽く絞ってほどよく冷めたところで────
ザムッ!
むむむむ~ん、うまぁ!
サクサクの衣とジューシーな肉汁が相まった上に、レモンの酸味っ! からの~。
ゴクゴク……ぷっ──はぁああ────!
……最高だ。
さて、後はメインの料理が来るのを待つだけだ。そわそわは別にしてはいないが、厨房に視線を送ると、チャンさんが汗だくで鉄鍋を振っている。そんなチャンさんに対して、俺はいつもこう思っていた──
ご苦労様……と、上から目線で。
伝えた事はないけれど。
その際、何度かチャンさんと目が合ったが、ここに来る度いつも思うのは、何故ベトナム人のチャンさんは、ベトナム料理店ではなく、中華料理を営んでいるのだろうか?
という疑問。
まぁ、日本人だからといって、皆が寿司を握っているわけではないし、そもそも無職の俺にそんな事を気にされたとて、チャンさんにしたらどーでもいい事だ。
そんな風に思うのは、長年店に通っているにもかかわらず、注文以外の会話をしたことがない自分のコミュ力のなさを実感しているからだろう。
そんなこんなでビールを一瓶開けた時、「オマタセシマシターAセットネ」と、目の前に料理が置かれた。
キタキタ……
Aセットは叉焼麺と青椒肉絲飯のセットだ。この店に通い続けて以来、このセットしか注文した事がない。
じゃあまずは、大好物トップ3に入るであろう青椒肉絲飯から………
<続く>
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