第11話
ヒュイトフェルト級空中護衛艦【ヒュイトフェルト】【ヴィルモエス】【ユール】の3隻は、ズィーシ港上空にほっそりとした印象を与える姿を浮かべていた。船体両舷に張り出したデッキの上下に備えられた連装10cm高射砲の内、下部の砲を地上に向けて次々に放っている。
自動装填式なので、発射速度そのものは速い。王国軍部隊は射すくめられて、その前進は完全に止まっていた。
翼竜による強襲は想定していても、空中から砲撃を受けることは誰も想像さえしていなかった。混乱することを責めることは誰にもできないだろう。
「閣下、逆襲部隊の前進は完全に止まりました」
「なぜあんなものを探知できなかったんだ!導探はなにをしていた!」
参謀の報告にクリストフは怒鳴り返した。
「導探は敵竜騎兵第一波の襲撃で既に破壊されています」
「高射砲で撃ち落とせ!」
「射程に納められるものすべて破壊されています。敵竜が損害を顧みずに高射砲大隊を攻撃していた理由はこのためだったのでしょう」
「敵、大竜第3波降下中」
「斥候から報告。敵輸送艦らしきもの接近中。護衛の戦闘艦艇も視認。戦艦らしい」
クリストフは意味のない呻きを漏らした。時間がない。
かれは参謀に尋ねた。
「……敵飛行船の詳細な情報が知りたい」
参謀は軍が各部隊に配布している敵兵器分析情報報告書をめくりながら答えた。
「ヒュイトフェルト級空中護衛艦。空中竜巣母艦の護衛が目的で建造されたそうです。就役は最近ですね。三年前に一番艦の【ヒュイトフェルト】が。翌年には残りの二隻も進水……ああ、この場合は進空ですね……をしています」
「武装は?」
「10㎝長砲身型連装高射砲を方舷に上下に2基、合計4基搭載しています。他に30㎜魔導連射砲を6基。対空導探は搭載していますが、射撃式装置は一つ……同時目標対象能力は1つだけですね」
クリストフはなにかが引っかかった気がした。
それを具体的なイメージにするために手元に寄せられていた報告書を見る。
逆襲部隊の損害が記されたメモ書きのようなものだ。
戦車が2両に歩兵が20名程度。上から腰だめに構えて撃たれている割には損害が少ない。
何故だ。
思考が焦げ付くような焦りの中で必死に考える。
空中護衛艦。主兵装は高射砲。命中精度は悪くないはずだ。導探だって……。
気が付いた。対空導探。
奴らが護衛艦だからなのだ。連中は竜巣母艦を守る、つまり空を飛ぶ竜を落とすための艦であって、地上を走る戦車や人を撃つためにつくられたわけではない。だからそのような訓練もしていないのだ。
「……逆襲部隊に命令」
クリストフは先ほどと打って変わった自信に満ちた声で命じた。
「損害に構わず突撃せよ。砲兵は煙幕弾でこれを支援。司令部も前に出すぞ」
参謀の戸惑いの声をクリストフは無視した。
士気が落ちかけている味方を前に進ませるには、指揮官も危険を冒さなければならない。
前時代的ではあるが、だからこそ効果がある。
「早くしろ。全てを喪う前に」
皇国軍の導波通信網は、悲鳴のようなそれで満ちていた。
『竜挺隊第12班より救援要請!』
『第7班応答しろ!』
『第3波はすべて右翼の増援に回せ。第4波もはやく降ろせ!』
ブラスは、煙幕で視界が悪い中、味方が立てこもっているビルに向かう歩兵を乗せているガルムBを発見した。
「こちらロイスト1、敵を発見。歩兵を乗せた戦車。数は1。第11班のいる建物に向かっている」
通信で周囲の味方に状況を知らせるが、襲撃は行わない。行えない。既に数度の戦闘を行った結果、竜のほとんどは疲労から火炎を吐けなくなっている。吐けるものは万が一の敵竜の襲撃に備えて攻撃を禁じられている。
(なお、より柔軟な支援のために2騎編隊毎に分散しているため、コールサインがリーダーではなくなっている。)
ブラスはただ空からの傍観者となっていることに歯がゆさを感じていた。
味方が追い詰められつつあるのに俺はただそれを眺めているだけ。なにか手はないだろうか。この状況に介入できるような。いっそのこと石でも落としてやろうか。
その時、砲弾を降ろしている弾薬運搬船が視界に入った。
榴弾その他の大口径火砲の砲弾を降ろしている。
もっと先に揚陸するものがあるのではないかと思わないでもないが、泥縄で始まった作戦だ。なにか手違いがあったのかもしれない。門外漢の自分の考えが間違っていてあれで正しいのかも。
降ろしている砲弾に注目する。榴弾砲はたしか炸裂を時限式にできたはずだ。空中で炸裂するのはそのためだ。
使えるかもしれない。石の代わりにあれを落として頭上で爆発させたら。
「ロイスト1よりネスト。思い付きなのですが我々も役に立てるかもしれません」
『なんだトルタ。こっちはどんな話でも乗りたくなっているぞ』
彼は、母艦で指揮を執っているマッケンナにアイディアを話した。
クリストフは混乱していた。
彼自身は前衛のすぐそばまで前進した装甲車に乗車している。
指揮官先頭とは言え明らかにやりすぎだったが彼は気にしていなかった。
このほうが情報が集まりやすく命令も即座に伝わり、むしろ都合がいいとすら感じていた。
元戦車指揮官らしいといえばらしいが、旅団全体の指揮を執る上ではあまり効率は良くはなかった。
その彼の元に急に敵竜の行動が活発になったという報告があちこちから寄せられていた。上面ハッチから周囲にいた逆襲部隊指揮官を問い質した。
「何が起きている!」
前方で爆発が起きた。車体の中に身を隠す。爆発は連続した。
それが収まってから指揮官は顔を出し、答えた。
「竜が榴弾を落としてきてるんです!」
「榴弾だと!?そんなもので!?」
「戦車も至近弾だと無事ではすみません!かなり低空から落とすことで命中率を補って……」
その時後方から射撃音が響いた。
(この音は対空自走砲……?)
そう思いながら振り向いたクリストフの視界に翼竜が2騎入った。
その編隊は見事な機動で対空砲の射撃を躱し、なにかを切り離した。
クリストフがその丸く見えたものがなんだったのか判別を付ける前にそれは爆炎の魔道式を起動させ、周囲へと断片をばら撒いた。クリストフの意識は闇の中に落ちていった。
「ネスト、ロイスト1。敵車両群をやった。1も7も被害なし。榴弾の補充に向かう」
『ネスト受波。了解した。16師団も反撃準備を整えつつある。もう少し頑張ってくれ』
「ロイスト1了解。通信終わり」
ブラスは後方にいるロイスト7に軽く手を振り、砲弾補充のために港へエイムを向かわせた。
(しかし、思いつき、思い付き、思い付きばかりの戦闘だった)
まともな戦争じゃない。二度とこんなのはごめんだ。そう思う。
だけど、とりあえずここでは勝ったと言っていいらしい。
榴弾という重りを何度か持たされて機嫌が悪くなりつつあるエイムをなだめながらブラスは、安堵の笑みを浮かべた。
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