第10話
大竜──
生き残っていた高射砲が迎撃するが、あまり効果はない。その多くは大竜を角度や障害物の関係で狙えなかったからだ。付近にいた王国軍兵が
そして位置を暴露した王国軍兵を直掩についていた翼竜が吹き飛ばしていく。
大竜が地面に脚をつけるとすぐに竜篭から皇国軍歩兵が飛び出していく。
歩兵を全員降ろしたことを確認した竜主はすぐに大竜に手綱と足で指示を出した。大竜は羽ばたき、速度と高度を稼いでいく。
それを見送る間もなく、いきなり敵地に放り出された歩兵たち──臨時編成大竜挺身隊第一波160名──は、事前に指示されていた建物の制圧に乗り出した。もちろん敵地に放り出されたに等しい彼ら自身も混乱とは無縁ではない。だが、彼らは事前にすべきことを叩き込まれていた。
世界初の大規模大竜挺身作戦(それも水陸両用作戦)が行われることになった理由は、後世の人間が思う以上にくだらないものだった。
なんてことはない。この時期の皇国軍にはまともな上陸作戦を行う能力がなかったのだ。
戦前の皇国軍は上陸戦闘を重視していなかった。これは海外領土がほとんどなかったこと、外征軍的な要素を持つ点が平和を愛する国民から叩かれやすかったことが大きい。
ただでさえ肩身が狭いのに、これ以上自分たちから生きにくい世の中にはしたくない、軍上層部の考えはそれだった。
そのため、連隊規模の実験団が細々と研究と演習を行っているだけだった。
もちろん、急遽行うこととなった『
たまたまその実験団に所属していた経験があったため、ズィーシ上陸作戦の計画策定を命じられたアミル中佐(上陸部隊である第16師団の参謀)は頭を抱えることとなった。
まともな上陸作戦を行うことができない。実験団が保有していた揚陸艇はもちろんないし、兵員を船から陸まで運ぶための内火艇も艀もほとんど集まらない。
結局彼は港の桟橋に輸送艦を接岸させて上陸させるしかない、と投げ出した。
酷いことになるぞ。船が港に接岸するまでに敵の砲撃で大損害を被るに違いない。半分も上陸できれば僥倖というしかないだろう。作戦は間違いなく失敗する。
だが失敗は許されない。失敗は亡国を意味する。
アミルは背筋を震わせた。
重圧から自殺をほとんど決心しかけたアミルを救ったのは、マッケンナだった。
彼は大竜で兵を降ろして港を占領させるのはどうだろう、と竜挺作戦を提案したのだった。
この時代、竜篭はあくまで観戦や拠点間の人員輸送に使われていただけだった。それに兵を満載して敵前に降下させようというのだった。
たしかに成功したら効果は大きい。敵が想像しない手段だろう(つまり奇襲になる)し、問題となっていたのは如何にして兵を損害なく陸にあげるかだったのだから、軽武装の竜挺隊(砲の類は重すぎて運べないだろう)が全滅しても本体が上陸を開始するまでの時間を稼げれば問題ないのだ。
実のところ、この思い付き自体は彼のものではないらしい。
彼が戦後に発表した回顧録では部下の1人が提案したと記されている。
ブラスは、彼の進言の結果を上空から見守っていた。
挺身隊の兵が次々と建物を制圧していく。
王国軍側は、有用な手を打てていない。まだ混乱している様だった。
実のところ、これほどうまく行くとは思っていなかった。大竜で輸送した兵を敵前に降ろす竜挺作戦は、彼のうちから出た発想ではない。妹が言っていたことを覚えていただけだった。軍隊に妙な執着を見せる彼の妹、メイ・トルタは、まだ幼さが残る声で兄に聞いたのだった。
兄さま、竜で兵隊さんを敵の前まで運べないの?
ブラスは衝動的に紙巻を吸いたくなるのを、エイムを撫でることで耐えた。
(エイムは迷惑そうな目をブラスに向けただけだった。)
まだ11歳になったばかりの女の子が思い付いた戦術で戦争をする軍隊。
なにか世界がおかしくなってしまったかのような思いを抱いたのだった。
エイムの泣き声がブラスの思考を現実に戻した。
視線をエイムが見ているものに向ける。
王国軍の戦車が見えた。敵は反撃を開始したらしい。
それを無視するように竜挺隊第二派を乗せた大竜が降下していく。
そして彼の周囲が暗くなった。
なにかが日差しを遮ったのだった。
ズィーシに展開していた王国軍第382旅団、その司令部は文字通り降ってわいた敵襲に混乱した。
想像もしていなかった敵襲。混乱するのも無理もない。
だが彼らを真に困惑させたのは、その規模だった。
「竜篭で運ばれてきた敵兵は約一個中隊です!」
第382旅団指揮官クリストフ准将はその報告をした情報将校に思わず「たった一個中隊だけか?」と返した。
「はい。降下した大竜は8騎ですから、全てに竜篭を持たせていても150名前後でしょう」
第382旅団は治安維持を主任務にしていた部隊だから重武装はないものの、それでも旅団は旅団だ。
敵に制空権を取られつつあるとはいえ、中隊如きに負けるはずがない。
だからこそ不気味だった。敵はたった一個中隊を降ろしてなにをするつもりなのだ。
指揮官の迷いを気取った情報将校が、「往復して兵力を増強するつもりかもしれません」と付け加えた。
「そうだろう」クリストフは頷いた。だが4往復しても精々大隊だ。重装備は運べないだろうから、戦闘力という意味では額面以上にひどく見劣りする。
陽動なのかもしれない。だが何に対する?
クリストフは自分が答えの出ない疑問を考えていることに気が付いた。現時点で敵の目的を想像しきるのはほとんど無理だ。
それに指揮官が考え込むのはいけない。即断即決をする指揮官を部下は好む。特にこのような誰もがなにをすればいいのかわからない時ならば。
クリストフは決断した。
相手がなにを考えていようともさっさと揉みつぶしてしまえば一緒だ。
彼は戦車大隊(これまでの戦闘で減耗して実勢は増強中隊程度)を中核として部隊を寄せ集め、反撃を指示した。
逆襲部隊は戦車隊を小隊ごとにわけて進軍させた。竜挺隊が20名程度の小勢に別れて立てこもっていることがわかったからだった。
敵が分散しているなら戦力を集中させて各個撃破を行うことが最適解に思える。だがこの場合はそれでは時間がかかりすぎる。
必要十分な戦力に別れて、敵を短時間で叩き潰していくべきだった。
逆襲部隊の指揮官は、敵が展開している線、その中央に位置するビルに向かって進んでいた。
そこは敵の防御が最も厚いと想定されていたため、戦力が比較的に大きい彼が直率する部隊が担当すべきであったし、両翼に展開している部隊とも連絡が取りやすい。
彼は指揮官用に通信能力が強化されたガルムBの砲塔上のハッチから身を乗り出し双眼鏡を構え、目標を観察した。
何の変哲もない、背の低いビルだ。4階建て。特に何か防御措置を取られているようには見えない。これほど短い時間ではなにもできなかったのだろう。指揮官は頷いた。
彼は手を振り下ろした。直率していた戦車小隊、ガルムB4両が前進を開始する。
なにかを見つけたのだろう。小隊のうちの1両(3号車だった)が砲塔を動かし、76㎜戦車砲を上下に小刻みに動かした。それが止まる。
次の瞬間、上から降ってきた炎の矢が3号車を貫いた。
「!?」
爆発。3号車の砲塔が冗談のように吹き飛び、砲を下にして地面に突き刺さる。
そのような情景を無視して炎の矢は次々降り注ぐ。
2号車が爆炎で見えなくなった。すぐに晴れる。直撃こそしなかったが、資金弾だったらしい。右の履帯が引き千切られていた。
もはやどうしようもない。指揮官は後退を命じた。
車両群が逃げるように(実際その通りなのだが)、後ろに下がり始める。
彼は揺れる戦車の上で空を見上げた。
そこには植物の種子の化物じみたものがいた。指揮官は戦前、雑誌に載っていた念写でそれを見たことがあった。
飛行船だった。
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