第9話
エルンスト・ホルシュタイン王国軍竜騎兵少佐は、誰にも引けを取らない
エルンストは部下に優しく、上官と自分には厳しく、戦場では勇敢で、そして翼竜の扱いが上手かった。
事実彼は戦場──帝国との紛争──で敵竜騎兵を8騎も撃墜して、自身が
それは、この皇国との戦争でも変わらない。
彼は開戦以来、第258竜騎兵大隊の大隊長として皇国軍を控えめな表現をしても苦しませ続けていた。代償として大隊の戦力は半減してしまっていたが。
その彼はズィーシ市街地にわずか10騎となってしまった部下たちと共に息を殺していた。
彼が竜騎兵としての勇敢さを示さない(と素人が思う)行動をとっていた理由は、ただ一つ、奇襲を受けてしまったからだった。
戦闘には勢いというものがある。エルンストは思った。
なにも相手が勢いづいて、こちらが混乱しているときに無理に頑張る必要はない。混乱に巻き込まれて被害が大きくなるだけだ。あちらの勢いが緩んで油断した瞬間に、奇襲しかえすことが一番効率がいい。
彼が考えていることは、端的に言うと
敵騎兵の一部が、攻撃の手を休めて次の獲物を探そうとしているようだった。
エルンストは決断した。今だ。今より遅いと相手は万全の警戒態勢を構築するだろう。
部下に合図する。その瞬間、敵竜騎兵指揮官と目があったように感じた。
部下達の乗竜が一斉に敵の編隊に向け
地面に向けて墜ちていったのは2騎。エルンスト思ったよりも少ない戦果に眉を顰めながら、乗竜を離陸させた。
高度を上げながら思い直す。敵は直前に回避機動を取っていたようだ。あの指揮官が警告したに違いない。そして彼(だろう)の警告に即座に反応した敵竜騎兵。つまり敵の能力は高い。
それでこそだ。
エルンストは頬を歪めた。
強い敵を打ち倒してこそ、名誉足り得る。
彼は
王国竜騎兵は一気に高度を上げ、ブラスの編隊に突っ込んでくる。
たちまち編隊はバラバラになり、それぞれが互いの背後を取り、
『ロイスト、ロイスト。僚騎と援護しあえ!単騎で戦うな!味方を見捨てるな!』
ブラスはそう叫ぶと上下左右に首を振り、敵と味方の状況を確認する。
直ぐに敵竜騎兵に追われている味方を見つけた。左下前方。追われているのはロイスト7だ。振り切れないらしい。
エイムの腹を蹴り、敵竜の背後につくような機動で飛ばす。
敵(とロイスト7)は右旋回しながら降下している。その旋回の内側に入るようにエイムを操る。
理想的な攻撃位置につくまで二呼吸。
ブラスは背後に視線を走らせ、自分に迫る脅威がないことを確かめた。
理想的な攻撃位置につくまであと一呼吸。敵竜の尻穴まで見えそうな距離だ。
敵騎はまだ、気づかない。
今だ。
ブラスはエイムの首元を蹴った。
エイムは
敵竜の魔導障壁は薄紙のように引き裂かれ、竜と騎兵は火達磨になった。石のように落下していく。
高度を上げつつ、ロイスト7が礼を伝えてくる。
『ロイストリーダー、ロイスト7。助かりました、連中、中々の腕です』
ブラスは視線をあちこちに向け敵竜を探しながら答えた。
『俺たちの次ぐらいにな』
(そろそろ潮時か?)
エルンストは周辺を見渡し、状況を確認した。
敵は半数近くにまで減った。が、味方も同様。
これ以上の戦闘継続はこちらも敵も不可能か。
目的の敵竜による制空権掌握は防いだのだし──その時、エルンストはそれを目撃した。
10を超える竜騎兵がこちらに近づいてくる。敵の第二波だ。
即座に腰から拳銃型の発射機を引き抜き、信号弾を打ち上げた。
部下は、信号弾に込められた命令をすぐに理解し、エルンストの元に集った。エルンストは北へと進路をとった。
敵に追払われた屈辱に身を焦がしながらもエルンストは首を傾げた。
正直なところ皇国がなにを考えているのかがわからなくなったのだ。
はじめ、彼は港湾への嫌がらせの竜襲かと考えた。しかし敵は第二波まで出してズィーシ上空を押さえようとしている。
(揚陸してズィーシを奪還するつもりか?)
即座に否定する。
上陸作戦に適した
彼の常識では、多数の兵力を同時に揚陸できる海岸線に、短時間で部隊を上陸させる。それが揚陸……強襲上陸戦のはずだった。港は安全を確保した後は非常に荷下ろしが楽だが、安全を確保せずに揚陸しようとしたら良い的だ。
そして安全の確保とは陸上戦力で制圧することに他ならない。竜だけでは不可能だ。
彼は疑問に答えを出せないまま、王国軍主力と合流するため竜を飛ばし続けた。
ブラスは、ビトンの残存部隊も含んだ第一波を纏め、母艦に向けて飛行していた。制空任務は第二派に引き継がれる。
その途中、見事な編隊を組んだ第二波と、彼らが護衛していた
大型翼竜はすべて竜籠を抱えていた。
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