限定反攻『オペレーション・エマジェンス』

第6話

 マッケンナを乗せた竜篭は、皇国領東部最大都市であるケイーストングリの郊外に設けられている東部方面軍司令部の敷地内に降り立った。

 マッケンナは首を回しながら竜篭から出る。

 兵員輸送にも用いられる軍用の竜篭は、乗り心地にはまったく気を使っていない。肩が凝って当然だった。

 伸びは我慢する。レンオアム・リント内ならともかく、他の部隊で士官らしくないと噂になるのは困る。


 ここまで竜篭を運んできた大型竜が視界に入る。

 はやくも寝そべって欠伸をしていた。

 尾をのんびり振っている。機嫌がいいときの仕草だった。

 大型種の竜は性格がおだやかなことが多い。

 身近な動物で例えるなら、戦闘用の翼竜が小~中型犬、大型種が大型犬とイメージしてもそれほど間違ってはいない。


 自然と笑みを浮かべていたマッケンナは懐中時計で時刻を確認する。

 会合まではまだ間があった。

 なら挨拶をしておいたほうがいいな、と思う。東部方面軍参謀長フレデリック・ド・フェルナンデス中将は彼の母親の弟、即ち叔父なのだ。

 といってもここに来るのが初めてであるマッケンナに参謀長がどこにいるかはわからない。

 誰かに聞くか、案内させよう。そうマッケンナが考えたところで、大尉の階級章をつけた若者に声を掛けられた。


「マッケンナ大佐でありますね?自分は参謀部付のリッツォー大尉であります」

「そうだが、なんの用かな。初対面だと思うが」

 大尉……リッツォーの敬礼に答礼を返しながらマッケンナは問うた。

 リッツォーは少し困った顔で、参謀長が御呼びです。是非執務室に顔を出してほしいと。




「よく来たな、ジョージ。大尉、御苦労だった。下がってよろしい」

 皇国軍東部方面軍参謀長フレデリック・ド・フェルナンデス中将は、親し気にマッケンナに話しかけた。照明の光を反射している頭頂部が眩しい。


「叔父上。お身体は変わりないですか?」

 リッツォーがドアを閉めたのを確認してからマッケンナは勧められるままにソファに腰掛けた。

 「あまり寝れていない。こんな状況だからな」

 フレデリックは、テーブルの上に広げられた戦況図を示しながら笑った。

 マッケンナの向かいに腰掛け、紙巻を咥え、火をつけた。

「ともかく早期の攻勢は不可能だ。かなり部隊が分散してしまっている。方面軍司令部が今も掌握しているのは精々1個軍団に過ぎない」



 この時代、皇国の各方面軍(中央、北方、東方)は2個軍で構成されていた。

 1個軍は、3個軍団で構成されており、そして軍団は3個師団で構成されていた。

 皇国の場合、一個師団は約1万5千人を定数としていたから、それが三つに直轄部隊を加えて一個軍団はだいたい5万人で編成されていたことになる。

 つまり軍は15万にプラス司令部直轄部隊、方面軍は35万人程度の規模となる。

 陸軍全体では100万人を超える規模となっていた。

 帝国が約60万、王国が40万程度の規模と言われていたから、皇国は単独で両国を相手取れるという皇国の宣伝はけして嘘ではなかった。……額面上は。


 実態は、半分の50万人程度だと言われている。

 民本主義と重工業の発達の結果、(諸々の社会問題が起きて)都市部の所得の底上げが起きた。それは知識層の増加をもたらし、自然発生的に軍隊への忌避感が都市部の市民の間に醸成されたのだった。

 皇国も他の国家と同様、徴兵制を採用していたがそのような社会的な空気の中、政治家たちが市民からの歓心を買おうと免除手段を用意した。

 それは中産階級でも支払えるような税であったり、あるいは別の奉仕活動への参加だったが、多くの市民はそれを歓迎し、実際徴兵されるのを回避するのにそれらを活用した。


 軍は大幅な定員割れを起こした。結果的に常備軍は各方面軍に一個軍として、残りは司令部、各司令部直轄部隊、軍団当たり1個師団だけ残し、戦争が起こりそうな兆候があれば予備役兵を動員、再訓練して補う体制が整備された(これはこれで予備の司令部は将官のポストを残すためだという批判が軍に向けられた。結果、元々は方面軍あたり3個軍だったのが、2個軍に減らされている)。

 そして平時の軍隊の常で、常備部隊もその定数も7割程度が充足されているに過ぎない。


 皇国はこのような状態で帝国・王国から侵攻を受け、未だに混乱か脱し切れていない。

 

 


 フレデリックはまるで竜の火炎のような勢いで煙を吐き出した。

「正直なところ防戦すら危うい。戦線が広すぎる」

「東部はほとんど平地ですからね。迂回は自由自在でしょう。雨季に入るまでは」

 自らも紙巻に火をつけたマッケンナは答えた。

「ここへの鉄道線を絶たれたら」

「そうだ。我々に勝ち目はなくなる。そして東部を喪ったら」

「北部は帝国軍と北上した王国軍に挟み撃ちにされる。北部も失う」

「そうなったら皇国はおしまいだ。中央軍だけでは立て直せない」


 フレデリックは椅子に深く腰掛けた。

 椅子がぎしっと鳴るのが妙に耳に残る。

 マッケンナは一度、紙巻をゆっくり吸った。

 戦争が始まる前に首都で買ったものだった。

 大切に吸わなくては。今度はいつ戻れるかわからないからな。

 いや、いつではなくもう、と考えるべきなのか。

 煙を吐き出す。


「それで叔父上。わざわざ呼びつけてまでして私に何をさせたいのです」

「わかっているだろう。時間稼ぎだよ」

 マッケンナは笑った。

航空竜兵艦隊我々だけで、ですか?」

「東部方面軍も切り札を出すし、海軍にも協力させる。東部艦隊はもちろん、輸送船団も出させる」

「輸送船団?」

「水陸両用作戦だ。ズウィーシを奪還し、敵の補給路を経つ。たとえ一時的にでも」

大作戦だな。一体誰が裏で絵を描いているのやら。

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