第3話

 ブラス・トルタ皇国軍竜騎兵大尉は乗竜を降下させた。

 みるみる地上が近づいてくる。

 胡麻ほどの大きさに見えた戦車──王国軍のガルムBだ──がそのデティールを見分けられるようになる。上面ハッチから顔を出している車長は、唐突な竜襲に動揺しているようだった。……それぐらい見分けられた時、ブラスは手綱を引いた。

 翼竜エイムは、主の意図をよく理解していた。

 地面と水平にベクトルを変更する。

 ブラスは、できるだけ多くの戦車の上空を通るようにエイムの進行方向を調整し、踵でエイムの首元を蹴った。

 エイムは口を開き、手近な戦車に火炎ブレスを吐いた。

 戦車の魔導障壁シールド火炎ブレスが激突した。硝子を引っ搔いたような音が何十倍になって響き渡り、……あっさりと魔導障壁シールドは引き裂かれた。

 そのまま火炎ブレスは戦車の魔道装甲を障子紙のように切り裂き、魔動力炉に達した。

 魔石が、火炎ブレス──実態は高密度の魔力──に触れ、連鎖反応を起こした。

 爆発。

 ヴェッセルの中隊を蹂躙しようとしていた王国軍戦車ガルムBは、その車体を爆発させることで砲塔を天高く打ち上げた。

 もちろん、これらの現象はほとんど一瞬間と言っていい時間で起きた出来事であった。

 エイムは火炎ブレスを吐きながら首を振り、2両目を真っ二つに引き裂いた。

 そうしながら王国軍部隊の上空を飛び去るフライパス間にもう2両、合計4両を鉄屑にした。

 王国軍部隊は混乱しながらも散会し、抵抗しようとした。戦車砲は旋回が間に合わないと判断したのだろう。車上の魔道連射長銃マジック・オート・ライフルを向けようとしている車長もいた。

 ブラスは士気が高い部隊だな、と思う。もしかしたら精鋭部隊とか言う奴かも。それともただの莫迦なのかな。どちらだろう。やっぱり莫迦かな。賢いならすぐに逃げるよな。だって

「対空車両も連れてないんだもんなぁ」

 彼らはブラスに注意を向けたため、さきほどのブラスと同じように降下を開始した竜騎兵──ブラスの僚騎に気が付いていなかった。



 ヴェッセルは目の前の光景に呆然としていた。

 あれほど恐れていた王国軍戦車のほとんどが炎上している。

 僅かな生き残りは必死に逃走を開始していた。

 隣の軍曹が立場を忘れて歓声を上げているのをどこか遠い世界の出来事のように感じる。

 士官がこれじゃだめだよな……。そう思い、努力してなにか考えようとする。

 飛び去ろうとしている竜に視線を合わせる。

 それにしても、竜ってのは大したもんだな。

 たった2匹で装甲大隊を粉砕しちまったんだから。

 あれでもう時代遅れになりつつあるってのが信じられないぞ。



 ブラスは別行動をしていた2騎──敵後方の自走砲を叩いていた──と合流すると母艦に向けて進路を取った。

 竜も疲れ切っている。これ以上の作戦行動は無理だった。

 部下たちは明るい声で先ほどの戦果について語り合っているようだった。

 ブラスは魔導通信を止めるよう命ずるかを考え……止めた。彼らにとっての初の実戦で初戦果なのだ。

 さて、出だしは好調ってわけだ。俺の戦争は。

 問題は始まったばかりってことだけど。

 ふと、両親と14歳になる妹、そしてまだ幼児と言っていい弟のことを思い出す。裕福な商家。その後継ぎを嫌がって竜と遊ぶために軍に入った自分。

「とりあえず、あの人たちが巻き込まれないように頑張るか」

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