第2話
リローケ大陸南東部のどこまでも広がるような青空を4騎の竜騎兵が編隊を組んで飛行している。
雲量は少なく、風もそれほど吹いていない。傍目にはのんびりと空中の散歩を楽しんでいるように見えなくもなかった。
しかし実態は真逆だった。翼竜の首元の鐙に腰掛けている竜騎士は、何も見落とさないように上下左右前後に絶え間なく視線を配っている。
編隊を率いているブラス・トルタ皇国軍大尉は、一週間前と何も変わっていないように見える世界を注意深く見渡し続ける。ただの偵察のように決められた地点を見ればいいというわけではなかったから、その忙しさは通常の飛行の比ではなかった。
ブラスたちは敵だけでなく、味方も探さないといけなかったからだ。
皇国東部方面軍はそれほどまでに混乱していたのだった。
皇国軍が軍事組織としてあるまじき醜態をさらしている原因は、リローケ大陸のパワーバランスと皇国執政府の戦略方針にあった。
皇歴1821年現在、右斜め下に向いた長靴を思わせるリローケ大陸を支配している勢力は、くるぶしに当たる部分にある中央山脈より北側を支配しているルケート帝国、山脈の南部の大部分を抑えたアリーイタ皇国、大陸の南東部に大きく突き出しているつま先にあたる半島に君臨するシリギア王国の三国家だった。その他にもいくつか国は存在しているが、影響力はほとんどない。
このうち、最大勢力を誇っているのは皇国だった。中央山脈南東部でこの世界におけるエネルギー源である魔石がよく産出されていたため、重工業への適応が早かったためだ。
帝国と王国は、わずかな……それも皇国と比べ質が良くない……魔石しか自国内では手に入らなかった。
皇歴1803年に、大陸北東部のシリギア海に浮かぶ大島で良質な魔石が産出することがわかったことから、帝国と王国はこの島を巡って争っていた。
ここ数年は落ち着いていたもののここ数か月の間、帝国・王国間の関係が悪化。遂に両国とも軍の動員を開始した。
本来なら皇国も均衡を保つために動員を行うのだが、余りにも急速に進んだ重工業に伴い増強大化した民間企業……経済界が反対した。どうせ皇国には関係のない話じゃないか。そんなことのために生産量を落とす動員なんてとんでもない。それより、争う二国が必要とするものを増産し、儲けなければ───そういうことだった。さすがに軍の一部が強硬に主張したため、部分動員は行ったがそれもゆっくりとしたものだった。
おそらく帝国と王国はこれを狙っていた(実際に後の調査で動員に反対していた企業のいくつかに帝国や王国から不自然な資金が流れ込んでいたり、役員に両国に弱みを握られていた者がいることが明らかになる)。
島へと向かっていた帝国・王国艦隊がその進路を転換させ、動員した兵力を皇国国境線に終結し始めたのが確認されたのが、3月8日。その翌日の9日払暁、両国大使からの宣戦布告と侵攻がほとんど時間差なく開始された。
それから一週間。北部の帝国戦線は、国境線にいた同盟国が動員を行っていたためある程度耐えていたが、王国国境線に展開していた皇国東部方面軍第32軍団司令部の壊滅以降、まともな戦線も構築できないまま、魔導波妨害による通信障害もあり、部隊位置もまともに掴むことが出来なくなっていた。
もう負けているようなものじゃないか。
ブラスは嘆息する。せっかく救援に来てやったってのに。
乗竜が自分を見ていることに気付いたブラスは、首の付け根を撫でてやった。
「そうだよな。お前等だって不安だよな」
だが、乗竜……ブラスはエイムと呼んでいる……は期待した反応を返さなかった。
左前方の一点をじっと見ている。なにかがそこにあると教えているようだった。
「……?」ブラスはその方向に目を凝らす。
次の瞬間、その方向でなにか光が瞬いた。
敵の砲撃は唐突に止んだ。ヴェッセルはふらつきながら中隊(再点呼の結果、戦闘可能な兵員は68名に減っていた)に防御配置に着くように命じた。
自身は、最も視界の取れる監視壕に移動する。
すぐに後悔した。
そこからは接近する敵軍があまりにもよく見えすぎたからだ。
横列を組んで接近してくる10台以上の
たった2門の対戦車砲以外は碌な対抗手段がない現状では、絶望そのものと言える光景だった。
ちくしょう。俺は魔力という不可思議なものを学びたかっただけなのに。
戦車は、こちらの意志など関係なく近づいてくる。攻撃開始線の目印にした溝はもうすぐそこだ。そこまで来たら射撃開始を命じなければならない。
ちくしょう。なんで俺がこんな目に。
「中隊長殿」隣で中隊先任下士官(元は第一小隊の軍曹)が、急かす。
煩い。敵はまだ目印に辿り着いただけだ越えていない。
「中隊長殿!」軍曹の濁声が煩い。糞。
敵は溝を完全に乗り越えた。
ヴェッセルは観念した。射撃を命じるために息を吸う。
その瞬間、
戦場に恐ろし気な鳴き声が響き渡った。
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