航空竜兵艦隊

松平真

第1話

 皇歴1821年3月16日

 リローケ大陸

 アリーイタ皇国領 南東部


 この地方は北に見える山脈とそこから流れ出る河川で見渡すかぎりの草原が広がる風光明媚な土地だった。

 実際、ここから西に数百Km以上離れた皇国首都から観光に訪れる人々がいるほどで、別荘を持つ富裕層も少なくない。

 少女が思い描くような小動物から男子が好む大型の動物もたくさんいる長閑な地域だった。

 そう、1週間前までは。



 いくつもの乾いた破裂音が、遠方……東の方角から響き渡る。

 警告の叫び声。

 といっても壕の中で伏せ、耳を押さえ口を開ける……それ以外にできることなどない。

 爆発の衝撃が響き渡り、一瞬後に熱波を感じる。

(畜生。軍になんて入るんじゃなかった。)

 皇国陸軍少尉ヴェッセル・グレアムは、はた目からは間抜けに見えるその格好のまま内心そう毒吐いた。



 ヴェッセルは、皇国南東部のなんということのない田舎の村で生まれた。

 彼は周囲からのんびりした子供だという評価を受けながら育った。

 ちょっとした時に立ち止まり、なにかをじっと見ていることがよくあったからだ。

 彼は内心それを不思議に思っていた。

 みんなはなんで、いっぱいあるふしぎをほうっておけるんだろう

 そんな子供だったから文字を覚えてからは、同年代の子供と身体を動かすより本を読むことを好むようになった。

 そこには彼にとってのふしぎの答えが記されていたからだった。

 そんなヴェッセルを見ていた両親は、彼を町の学校に通わせることにした。

 彼らは皇国でも未だ少数派の自作農だったから、それぐらいの費用は捻出することができた。

 かれは理想的な生徒だった。勉学に励み、彼の中のふしぎを解き明かしていった。

 だが、当然それは新たなふしぎを生み出す工程でもあった。

 そして彼は大学に通うことを望むようになった。

 が、さすがに多少金のある自作農とはいえ、大学の高額な授業料を払うことができなかった。

 その時、学校の教師が持ってきたのが軍の支援制度だった。士官として数年務めれば補助が出るというものだった。

 工業化の副作用で社会が多くの若者を求めたため、人員……特に下級将校の……不足に陥っていた軍の苦肉の策であった。


(そう、そこまではよかったんだ)

 砲撃が与える衝撃に耐えるために、過去に思いをはせていたヴェッセルは毒吐く。

 訓練に耐え、俄か仕立ての少尉として歩兵部隊に配属され、そして……まさか戦争が起きるなんて。

 そもそもなんで帝国と王国が組んで襲ってくるんだ。あいつらは、シリギア海の大島の所有権を争っていたはずじゃないか。そう死んだ第二小隊の小隊長が言ってたぞ──

 そこまで思い、最もかんがえないようにしていたことを思い出してしまう。

 彼の中隊には自分以外の士官が一人も生き残っていないことを。中隊の人員が半数以下になってしまっていることを。そして……中隊が完全に孤立した状態で王国軍装甲大隊──戦車と装甲車を装備していて人員も4倍近い敵──から攻勢前の準備砲撃を受けている現実を。

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