レディのお誘い
「どうぞ」
「……ありがとうシシリア」
「ありがと」
私はご主人様とサラ様に紅茶を淹れ、お客様が切れた所で入口に『休憩中』の札を下げた。
イライザがいる時はいいが、1人しかいない時にはこれがないとトイレや食事もままならない。
静かにお茶を飲む2人を眺めながら、私は切り出した。
「──それで、何故こちらへ? マリリンがご主人様に話したのですか?」
「いや、マリリンは悪くないんだ! 私が嫌がるマリリンに無理やり聞き出したんだよ。済まない」
「ごめんなさいシシリア。私がシシリアに会いたいって言ったからおじ様が一緒に来てくれたのよ」
「まあそれはよろしいのですが、侯爵様と侯爵令嬢があんな道端でぼけーっと突っ立っていてどうするんですか。お客様からケーキを頼む不審者がいると言われて驚きましたわ。10歳位の女の子も居たと聞いてもしやと思いましたら……」
「ベジタブルケーキ、美味しかったわ! あんまり美味しいんで3つも……っ」
「……今、何と?」
慌てて口を押えたサラ様に私は笑顔を向けた。
「ちが、違うのよシシリア! ちゃんとね、時間は空けたのよ。本当よっ」
「1日1つ、ではございませんわね?」
「昼と、夕方と、夕食後……」
私はそう呟いたサラ様の顔を覗き込んだ。
「1日で食べ切ってるじゃありませんか。いくらヘルシーでローカロリーに作っているとはいえ食べ過ぎです!」
「ごめんねシシリア、私も4つ食べてしまったものだから止められなくて」
ご主人様の囁くような声にぐりんと振り向いて睨んだ。
「ご主人様、せっかくの見目麗しい見た目をあっと言う間に戻すおつもりですか?
せっかくの努力を台無しに?」
「本当に申し訳ない! シシリアの作るスイーツを食べたのが久しぶりだったからつい」
深々と頭を下げるご主人様を押しとどめ、私はため息をついた。
「褒めて下さるのは有り難いですけれど、せめて1日か2日に1つ位に抑えて頂けませんか?」
ご主人様は顔を上げた。
「……これからも買いに来ていいのかい?」
「別に止めるような話でもございませんでしょう? 他のお店でハイカロリーのケーキを買われてしまうよりよほど有り難いですわ」
「ありがとうシシリア! 私も一緒に買いに来ていいわよね?」
サラ様が嬉しそうに声を上げた。
「はい。ですが、こそこそせずに普通にいらして下さいね。グロスロード侯爵家の評判が地に落ちますわよ」
「分かった! これからは堂々と買いに来るよ」
ご主人様が満面の笑みを浮かべて私を見た。
相変わらずえくぼが可愛いわご主人様ったら。ちょっと胸がざわついてしまうじゃないの。
また来るから、と手を振って帰っていった2人を見送り、また日常に戻ったはずだったのだが。
◇ ◇ ◇
「やあシシリア! 今日は何がおすすめだい?」
1日おきにご主人様とサラ様が現れて、イライザにも速攻バレた。
「シシリア様、何故グロスロード侯爵様と侯爵令嬢が?」
私は小声で簡単に経緯を説明した。
「ほら、ご主人様やサラ様は何年も私の作るおやつを食べていたから、急に辞めたものだから口が慣れてないのよきっと。暫くすれば落ち着いて来なくなると思うのよ」
むしろ通わなくなってくれないと、私の恋心もいつまでも消えないじゃないのよ。
「左様でございますか……」
少し考えるような顔をしたイライザが、笑顔になり、
「ですが、売り上げも上がりますし、侯爵様たちもヘルシーなおやつが食べられてよろしいではありませんか? 私はこれからも来て頂いた方が嬉しいですけれど」
と応え、ご主人様とサラ様に紅茶を運んで行った。
商売的にはいいのだけれどねえ。
「今日はゴボウのチーズケーキがおすすめです。食物繊維も摂れるんですよ」
「じゃあそれと、テイクアウト用にニンジンのパウンドケーキとカボチャプリンを5つずつ。ハーマンや他の使用人にも食べて貰いたくてね」
「ありがとうございます」
「……ねえシシリア、シシリアのお店はお休みはないの?」
サラ様が私に尋ねた。
「働かざる者食うべからず、と申しましてね。それに、余り高く設定するとお客様が買いづらいので利益を少なめにしているんです。ですから1日休むと痛いんですよ」
「そうなの……」
「どうされたのですかサラ様?」
「えっとね、町で来週お祭りがあるじゃない? だから一緒に行きたいなと思っていたの」
……ああそういえばそんな時期だったわ。
毎年この時期になると3日間お祭りがあるのだ。大道芸とか出て楽しいのよね。私も2,3回両親が連れて来てくれたっけ。
「シシリア様、毎年お祭りの時期はヘイデン伯爵家では使用人にお休みを下さるんですよ」
イライザが話を聞いていたのかそんな事を言ってきた。ヘイデン伯爵家はイライザやボブ、ジョーンズが働いている所だ。
「休みでも私はする事がございませんし、もしケーキを作っておいて下さるのでしたら、1日私が店で売り子を致しますので、たまには遊んでいらしたらいかがですか?」
お茶の注文程度ならお手の物ですし、と続けてサラ様を見てにっこり微笑んだ。
「こんな可愛いレディからのお誘いは断ったらいけませんわ。ねえサラ様?」
「でも、イライザに負担が……」
「私は全然問題ないですわよ。嫌ですわ、もう年寄り扱いですの?」
「そんな訳ないでしょ。──でも、本当にいいの?」
私はイライザに申し訳ない気持ちと、久しぶりにサラ様と一緒に居られる嬉しさで複雑な思いであった。
「私はやりたくない事はしない主義ですのよ? 1日ぐらいお任せ下さいな」
「シシリア……」
不安そうに私を見るサラ様の目が私を決意させた。
「それでは、お祭りご一緒致しましょうかサラ様?」
「本当? やった! わーい」
本当に嬉しそうなサラ様の笑顔を見ていると、やはり行くと決めて良かったと思う。
「私も保護者だから一緒に行くよ」
ご主人様がニコニコと言い出さなければ。
いや、確かに保護者ですけれども。
……頑張れ私の平常心!
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