新たな生活

「こちらはリンゴを使っているように見せかけてベースはトマトなんです。

 味もレモンを使って甘酸っぱい感じに仕上げてますので、野菜が苦手なお子様も騙されますよ」

 

「この間のほうれん草を使ったタルトも美味しかったって娘が言ってたわ。野菜が入ってるなんて思ってもいなかったみたい。うちの子野菜嫌いで困ってたのよう。

 【パティスリーシシリア】が出来て本当に良かったわあ! そのトマトのケーキ2つと、ほうれん草のタルトも2つ頂戴な。あとそのニンジンのパウンドケーキもお願いね。紅茶と合うのよそれも!」

 

「ありがとうございます! ただ今ご用意致しますね」

 

 オープン早々からマメに通ってくれているふくよかなマダムが今日も沢山お買い上げだ。

 

 

 グロスロード侯爵家を辞める前から内装も手を入れた。壁紙も白地に細く銀糸のラインが入ったものに変えて清潔感を出し、窓ガラスも曇りが無くなるまでピカピカに磨いた。

 小さな3つの木の丸テーブルは、飲み物をこぼしたりして濡れてもいいようにビニールコーティングの白いテーブルクロスを使っている。

 

 ショーケースには私が試行錯誤を重ねて作り上げた各種のベジタブルケーキや、ごく普通のエクレアやフルーツタルト、チョコレートケーキなどが並んでいる。カロリーは抑えめにしてあるけれど、こういうのを食べたい時もあるものね。

 

 オープンして2週間少々だが、最初にチラシで配った割引券と、

【カロリーが気になるレディーにはヘルシーなケーキ、野菜をベースにしたお子様も食べやすいケーキもございます! 野菜の苦手なお子様にいかがですか?】

 という文言が気になったのか、お客様が結構来て下さった。ベジタブルケーキは食べてみないとなかなか手が出ないだろうと試食もして頂くようにしたら、イメージと違って野菜っぽくない、普通にケーキじゃないかと好評で買ってくれるお客様が増えた。

 スタートとしてはなかなかの出だしである。

 

 初日にはアーク家で働いてくれていたシェフのボブと執事のジョーンズも、休みを取ってイライザと共に来てくれて、チラシを撒くのを手伝ってくれたり、買い物客を捌くのを助けてくれたので、用意していた商品も綺麗に無くなり、早めに店じまいとなった。

 

「ありがとう! ボブやジョーンズも来てくれたから本当に助かったわ。割引券て吸引力が凄かったのね……ちょっと予想外だったわ」

 

 私は閉めた店の店内で、皆に店で出すよりお高めの紅茶を振る舞った。試食して貰おうとベジタブルケーキやパウンドケーキも取り置きしておいたのを出す。

 

「いや、厨房で働いてる人間が言うのもなんですけど、シシリア様は才能ありますよ! このニンジンのパウンドケーキも甘みが上品で美味いですよ」

 

「本当に? 嬉しいわ、それはでもニンジンの甘みを使って砂糖は少ししか使ってないのよ。

 野菜の甘みだから上品なのかしらね」

 

「私はこのナスのチーズケーキが驚きましたわ。言われなければ気づきませんでしたもの」

 

「それはね、赤ワインでナスを煮込むのがポイントなのよ。ちょっと大人の味よね」

 

 何しろ前世ではスイーツも大好きだったからねえ私も彼も。料理以外もなんとかカロリーを下げるよう勉強しまくったわ。それがシシリアとして生を受けて役に立つとは思わなかったけど、何でもやってみるものね。

 

 全く心配要らないような体型の女性もやはりカロリーは気になるようで、食べたくても我慢する事も多かったと言うお客様もいた。

 

「これなら罪悪感が湧かないわよね」

 

 と嬉しそうにスイーツを選ぶお客様を見ていると、甘いものが好きな人はやはりケーキを食べるのにも後ろめたさを持つ人がいるのねえ、と思う。

 上手く行くかは半々だったけど、思った以上に手応えは感じた。

 これならば、いきなり潰れることもないだろう。

 ……と思いたい。

 

 ただ、私一人で作れる量には限界がある。

 イライザが休みごとに来ては作業を覚えてくれるので助かるのだけど、彼女が全く休みにならない状態も心配だ。

 

「イライザ、あなた自分の休みに働いてると1年中仕事になっちゃうから休んでちょうだい」

 

「嫌ですわシシリア様。共同経営者なんですから、売り上げアップに貢献するのは自分の為でもありますのよ。それにもし……」

 

「もし?」

 

「あ、いえ何でもありません。もしお店が支店も出せる位になれば大儲けかしら、って。そうなると私も作り方を覚えてないと仕事になりませんものね」

 

「いやあね、まだ始めたばかりでそんな大きな夢を見たらダメよ。地道に地道に」

 

「そうですわね。ふふふっ」

 

 何か含みがあるようなイライザがちょっと気になったが、またお客様がぱらぱらと店を訪れたのでそれきりになった。

 

 

 


「ねえシシリアさん……何かね、ここ数日変な人を見かけるのよ、お店の周囲に」

 

 ある日、お客様が私に顔を寄せて深刻そうに告げた。

 

「変な人?」

 

「そうなの。うちの娘がね、ケーキをその人に代わりに買いに行ってくれって頼まれたみたいで。好きなケーキ1つ買ってあげるって言われてホイホイ頼まれたみたいだけど。来たでしょウチの子?」

 

「マリアちゃんですか? ええ昨日来て買って行かれましたわ。……そういえば、1つだけ箱を分けてって言うので何でかなと思ってましたけど」

 

「全く、知らない人の買い物を引き受けるとか警戒心が無さすぎるのよマリアも。

 男だから買いに行きづらいって言われたみたいでね」

 

「まあ……」

 

 確かに女性ばかりの店に男性が入るのは勇気がいるだろう。奥様とかに頼まれたりしたのかしら。

 

「でもマリアが言うには、10歳位の女の子も一緒だったから、別に問題ないと思ったって言うの。でも最近はこの辺も物騒だからねえ……」

 

 女の子を連れた男性? ……いやまさかね。

 

「マリアちゃんには今度同じ事言われたら、男性でもお気軽にって店主が言ってたとお伝え願えますか?

 最近ではスイーツが好きな男性も多いですし、恥ずかしいのかも知れませんけど、私も買いに来られるお客様は覚えたいですもの。

 わざわざ教えて下さってありがとうございました」

 

 私は豆腐のクッキーの袋をおまけにつけると頭を下げた。

 

「あら! こんなオマケしてくれなくてもいいのよ。

 でも良く良く伝えとくわあの子にも」

 

 そういいながらもありがとう、と嬉しそうに帰って行ったお客様を見送ると、私は店の外に出た。

 辺りを見回すが、その怪しげな人たちはいないようだ。まあ昨日の今日だものね。

 それに、まさか来る訳ないわ、教えてないもの。

 

 私は店に戻ろうとして、視界の隅に気になるものを感じて振り向いた。

 

 向かいの家の壁にひっそりと佇む影2つ。

 とても見覚えのあるシルエットである。

 

 私はすたすたと歩いて行くと、動揺している2人に声をかけた。

 

「……何をしているんですかご主人様にサラ様?」

 

 そこには、眼鏡をかけたご主人様と、髪をまとめてキャスケットに隠した少年のような格好のサラ様が、ばつが悪そうな顔をして立っていた。

 

 

 

 

 

 

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