淑女の視線がよく刺さる日。
「それじゃお願いねイライザ。クッキーの在庫は2階の倉庫にあるし、パウンドケーキは棚の所に入れてあるわ。後冷蔵庫に入れてあるケーキは上の段の方から出してもらえる? それと──」
「はいはい、分かりましたから。サラ様と侯爵様がお待ちですよ」
お祭りの日。
私はイライザに追い出されるようにして店の外に出た。
「シシリア!」
飛びついて来たサラ様は、髪をゆるく両サイドで三つ編みにしていた。グリーンのワンピースがちょっと大人っぽくて、でも相変わらず天使のように可愛らしい。
「今日は一段と可愛らしいですねサラ様。男の子にモテモテですわよ」
「可愛くなったのならシシリアのお陰よ。男の子はまだいいわ。あのね、屋敷の近くの森でフクロウの親子を見つけたの! とっても可愛いのよ。毛がふわっふわなの」
「まあ、良かったですわねえ」
痩せる時のきっかけで少しは男の子に目が向くかと思ったけれど、まだ早かったかしらね。
「シシリア、少し顔色が悪いけど大丈夫かい?」
ご主人様が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ちょっと寝不足なだけです。大丈夫ですわ」
イライザが困らないようにケーキの在庫作りやクッキー焼きまくったりしてたし、ここ数日は特に忙しかったものねえ。化粧でクマやら誤魔化したつもりだったけれど、ご主人様は目ざといわ。
それにしても痩せても肌がつやつやなのはどういう事ですか。乙女の敵ですわよご主人様。
「それなら良かった。シシリアはすぐ体を過信して無理するからね。気を付けるんだよ?」
「ありがとうございます」
ヒーリングボイスのご褒美で元気になりました。でも近くに来られると少し動揺するので離れて頂きたいんですが。
3人で歩いて行くと徒歩15分ほどでメイン会場の広場だ。あちこちでジャグリングする芸人や玉乗りをする犬などが拍手を受けており、屋台も沢山出ている。人出も多い。まあ日本と違ってお祭りごとが少ない国だから、こういうイベントは町に住む人たちの貴重な娯楽である。昼間からお酒を飲んだ陽気なオジサンやお兄さんが肩を組んで歌ったり楽しそうである。
「シシリア、サラも人ごみではぐれると厄介だから」
と手を繋がれてドキリと心臓が跳ねたが、確かにこの人出ではちょっと離れたら簡単に見つけられないかも知れない。
「サラ様、見たいものがあっても必ず1人で行かずにご主人様かシシリアに言って下さいね」
「分かったわ! ねえあの体が柔らかい人すごいわ! 近くで見たい」
すでにテンション上がりまくりのサラ様に引っ張られ、私とご主人様は顔を見合わせて苦笑したが、そのまま歩き出す。お祭りは子供には特に楽しいものなのは経験として知っている。
「サラは今まで余り外に出ずに屋敷にばかりいたから新鮮なんだろうな」
「そうですね」
体型もあって出たがらなかったのもあるものねえ。今は痩せて可愛い天使なので、周りから蔑むような眼差しを向けられる事も眉をひそめられる事もない。
いや、可愛い子だなあという視線はバンバン降っているけれど、サラ様は普通体型になったとしか思ってないので全く意識していないのだろう。シシリア自慢の天使ですからね、ええ。
ご主人様もまあ淑女の熱い眼差しがすごいわ。私への刺すような視線もワンセットだけど。
元々ご主人様は苦労されているので人間的にも出来た方だし頭も切れる。貴族としての権利や義務も疎かにしない素晴らしい人なのに、見た目がジューシーなだけで一気に評価が下がるのはどういう訳かとずっと思っていたが、まあ体型の管理が出来ない人というイメージもあるのかも知れない。健康に問題がなければ私は好きなのだけれどね、人をダメにする触り心地のいいぷにぷにボディは。普通の体型になったら予想以上のイケメンが顔を出してしまってよりパーフェクトになってしまったので、淑女たちの視線も頷ける。
ぷにぷにが好きな私でも痩せた現在のご主人様の破壊力は抜群だものね。
きっと……きっと素敵な婚約者とか出来て、幸せな結婚生活を送れるだろう。ご主人様には元々その価値がある。ちょっと磨いただけだ。
羨ましいとか思ってはいけない。今日はいい思い出に出来るよう楽しもう。
「……たっくさん面白いのがあったわねえ! これを食べたらまた見て回りましょうねシシリアもおじ様も!」
屋台で買ったホットドッグを頬張りながら、ご機嫌で笑みを向けるサラ様に、もう2時間もあちこち動いているのに元気だわあ、と感心する。私も若いと思っていたのだが、20歳を過ぎると体力が低下するのだろうか。かなり疲れが出ていた。
「そうですわね、ほどほどに。サラ様ほど若くはないのでシシリアはちょっと疲れました」
「やあね、シシリアは全然若いわよ。運動不足じゃないの?」
今も毎日運動しているのよ私、と聞いて嬉しくなる。
「私も運動しているよ。ここ何年か運動する生活をして来て思ったが、してなかった頃より筋力もついたようで荷物の持ち運びも楽だし、疲れも格段に変わったよ。シシリアのお陰だね」
「いい事ですわ。適度な運動はした方がちょっと食べ過ぎてもすぐ戻せますからね」
いつもカロリーを気にして食べたい物も我慢し続けるのも精神的には良くないし。
私はジュースを飲みながら、楽しくサラ様たちの話を聞いていたのだが、何だか食欲が湧かず飲み物ばかりだ。何か軽く食べた方がいいと思い、
「私もホットドッグ買って来ますね」
と立ち上がったら、頭からすっと血が引くような感じがしてそのまま意識を失った。
「シシリア!」
と叫ぶご主人様の声が聞こえたような気がした。
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