着ぐるみ脱いだら美青年でした

 オーランド伯爵の還暦祝いのパーティーから戻って来た後、何故だか分からないがご主人様のダイエットへのモチベーションが急上昇した。

 

 外食でのステーキも1枚になったし、何と食べた物リストにサラダが入っている。あんびりーばぼー。

 あの、ステーキは2枚は食べないと食事をした気がしないと言っていたご主人様が。

 

 

「ご主人様、どういう心境の変化でございますか?」

 

 私はストレッチをしているご主人様へ声をかけた。

 

「何がだい? いーち、にーい、さーん……」

 

「いえ、何やら大変前向きになられたようですので」

 

 ふう、と屈伸運動を済ませたご主人様が、腕をぶんぶん回し始めた。

 

「私もね、やはり長生きしてサラが結婚するまで健康で元気で居たいしなと思って。……ほら、私がしっかり見てないとあの子は結構単純だから、変な男に騙されたりするかも知れないじゃないか。

 あ、シシリア、この紐持っててくれないか」

 

 今度は私に紐を持たせて腰を捻る運動だ。

 

「……あの……」

 

「ん?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 ……これはアレだわ。

 私は確信した。あの時に来ていたご主人様をディスってた3人娘の誰かを見初めたんじゃないかしら。

 だっておかしいもの。いきなり前向きに運動したり食事をセーブするなんて。

 

(……ご主人様の悪口を言っていたなんて、知らない方がいいわよね)

 

 恋というのはとんでもなくパワーを引き出せるものである。それがいくら豚だの有り得ないだの言うような女性であろうとも、知らないご主人様にはとても可愛い魅力的な人に見えるのだろう。

 

 小さい子かニキビの子か金髪縦ロールの子か不明だけど、多分伯爵家に呼ばれる程の家のご令嬢だ。同格位の爵位はあるのだろう。

 羨ましい気持ちがないと言えば嘘になる。

 

(……でも、父様や母様が元気だったとしても子爵令嬢ではどうしようもないわね。それに、ご主人様のやる気が上がるのならば結構な事じゃないの)

 

 私は苦笑すると、

 

「それではあと2セット追加致しましょうか?」

 

 と笑顔でご主人様に尋ねた。

 

 

 

 □■□■□■□■□■□■

 

 

 

 ご主人様のやる気は一向に衰える事なく、更に2年の月日が経った。

 

 1年目18キロ、2年目22キロ、3年目は15キロ、トータルで3年かけて55キロという大減量に成功した。

 ほぼ私一人分の脂肪が無くなった事になる。

 

 途中で実は体重の件、少し嘘をついてて……とご主人様に打ち明けられ、直接体重計に乗って見せてくれた時点で98キロだった。

 恐らく3桁を切ってからでないと言いづらかったのであろう。私はこれからは正直に教えて下さいね、と軽く流したが、10キロもサバ読んでたのねやっぱり。


 そして78キロになったご主人様は、ジューシーだった体はどこへやら、着ぐるみ脱いで見目麗しい29の美青年となっていた。

 

 私も18で働き始めて4年。22歳である。

 貴族のままであればとうに結婚していてもおかしくない年頃だったが、平民は双方働いている事が多いので25、6歳位で結婚する事が多いようなので別に構わないだろう。相手もいないし。

 同僚のエレンも今年26歳になるので、貯金も出来たし婚約者とそろそろ……という話をしていた。

 

 サラ様もチョコレートゾンビの発作は起きるものの、11歳ともなれば、小学校ならば5年生である。お洒落にも興味が出て来て一緒に町に買い物にも出たがるようになったし、体型もスリムになったまま維持しているので、新しいワンピースなどもたまーに欲しがるようになった。

 

 屋敷ではグレーかピンクの運動着ばかりだが、あのぱんぱかぱーんな体型からスリムになったのだし、運動しないで皮膚ががたるんではいけない、と小まめに運動をさせるようにしている私が原因である。

 

 淑女教育も始まって、少々疲れてどんよりした目をしている事があるので、ついチョコレートを与える機会も増えてしまったが、時にはストレス緩和は必要だ。

 

 ……しかし、問題は私である。

 

 普通の体型になったのはシシリアとハーマンのお陰だよ、とまとまったボーナスを頂いてしまったし、うちのご主人様は何かあるとすぐ一時支給の形で使用人に給料以外に小遣いをくれる。

 

 そして、私は店を出したくて貯金をしているので殆どお金は使わない。

 お金を使うのは、普段の休みにせいぜい町でイライザたちと会って近況報告しながら食事をしたり、下着やちょっとした小物、使い込んでくたびれ切った普段着の買い替え程度だ。

 つまり何が言いたいかと言うと、小さな店を借りる程度ならお金が貯まってしまったのだ。

 

 本当はずっとお屋敷でご主人様やサラ様のお世話をして暮らしたいと思っていた。

 だが、もうサラ様も子守りはそろそろ必要ない年齢になってしまったし、ご主人様だって痩せてからはモテモテで、釣書も驚くほど来るようになったと笑っていた。

 ただご主人様は未だにあのご令嬢たちの誰かと結婚したいと考えているのだろう、余り嬉しそうではなく断りの返事ばかり書いておられるようだ。


 

 一番の問題は、痩せて全然ジューシーでなくなったご主人様も、私には相変わらずキラキラと魅力的に見えてしまう事だ。

 

 これは大変良くない兆候である。

 このままでは、もしご主人様に奥様が出来た場合、お子様が生まれた場合、平常心で勤められる自信がないのである。

 

(……やっぱり、5年位はと思っていたけれど、少し早めにお暇を頂くべきね)

 

 溜め息をついた私は、次の休みに町の不動産屋に行こうと決めた。

 

 

 

 

 


 

 

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