シシリアはちょっと変わっている

【ロイ視点】

 

 

 

(んー……どこかなあサラとシシリアは……)

 

 

 オーランド伯爵に紹介して貰えた酪農家の男性と、侯爵領で販売する予定の新たな新商品の開発について協力関係を結べそうで嬉しかった。

 

 オーランド伯爵は信用できない人間は紹介して来ないので、彼とはこれからも長い付き合いになるだろう。

 

 領地と民に新たな収入源をもたしてくれれば有り難い、などと考えつつ、思ったよりも長い時間話し込んでしまった事に気がついた。

 

「姪や連れを待たせておりますので……」

 

 とオーランド伯爵たちと別れ、私はサラたちを探して回った。

 

 チョコレート菓子が載っていたテーブルの近くにも居ないし、地面で足掻いて『チョコを、チョコレートを……』と芝居がかった事もしていない。

 

 まあシシリアがそれを許す筈はないが。

 

 小さな生き物が好きなので、ミミズとかアリとか子猫とか見つけて観察中かも知れないな。

 

 ウロウロと屋敷の周りを歩きまわっていると、裏手の方からシシリアの、

 

 

 「──あら、汚ない言葉遣いが聞こえたから、どなたがいらっしゃるのかしらと思えば」

 

 

 という機嫌の悪い時の低い声が聞こえてきた。

 私がちょっと食べすぎたり、こっそりおやつを食べたのがバレた時の声である。

 

 さてはサラが何かしたのかと思い、逆側から回り込むようにして様子を伺う事にした。

 

 

 ……ん? サラが居ない。

 シシリアの向かい側には、さっきガーデンの方でカクテルを飲んで騒がしくしていたご令嬢たちだ。

 

 はて、サラは何処に……と辺りを見回していると、シシリアが会話を始めたので何となく身を潜めてしまった。

 

 シシリアのこの声を聞くと、「あ、怒られる」と反射的に身構えてしまう。まあつい食べ物の誘惑に負けてしまう自分が悪いのだけど。

 

「わたくしの大切な方を貶めるような発言をなさっておられたようですわね?」

 

 ──大切な方……? 誰だ?

 

 しかし、平民になってしまう前はれっきとした子爵令嬢だったシシリアは、貴族としての立ち居振舞いが身についており、相手に対しても堂々としていて、気品すら感じられた。

 

「私たちは、そんな……」

 

「ちょっと、私たちには大柄過ぎるのではないかと言っていただけで……ねえ?」

 

 

 ……話を聞いていると、どうやら私の悪口だったようだ。そんなのはいつもの事である。

 

 私の体についた肉は、ちょっと痩せた位でどうにかなるものじゃないんだから、シシリアがそんなに怒る必要はないのに。

 

 私は内心苦笑した。

 やはり、雇用主だから、庇ってくれたのだろうか。

 そう思っていると、

 

「……大柄過ぎる? デブとかブタとかあれはないわとか、口にするのも憚られるような暴言でしたけれど、物は言い様ですわねえ」

 

 ……あ、ちょっと胸にナイフが刺さった気が。

 私だってそこまで面と向かって言われた事はない。

 いや、隠れて言われているのかも知れないけれど。

 

 

「……事実ではございませんの?」

 

 あ、しっかり聞かれていたのが分かって開き直ったなご令嬢A。BもCもどうやらAに追随するようだ。

 

「それに、流石にあれだけ肉がついておられると、スリムとは言い難いですわよね。

 お顔の造形も分からない位ですし」

 

「ブタ……は確かに失礼だったと思いますけれど、近い表現が思いつかなかったものですから」

 

 小さなナイフがサクサク胸に刺さる……。

 もう聞きたくないんだけど。

 このまま気づかない振りで下がろうか。

 

 私が潜んでいた建物の影から逃げ出そうとした時に、シシリアの笑い声が聞こえてきたので思わず立ち止まった。

 

「嫌ですわ、あれはとびきりジューシーと申しますのよ?

 ロイ様は仕事も出来る上に、とても美味しそうに食事をされますの。あの嬉しそうな顔を見ているだけで心の中が温かくなりますわ。

 それに、あの肌艶の良さ。……失礼ですが、貴女たちよりよほどきめ細かい美肌ですわ。つるっつるですの、つるっつる!」

 

 シシリアのうっとりした顔に衝撃を隠せないABC。

 

 ……幾らなんでも誉めすぎだよシシリア。皆唖然としてるじゃないか。何だよジューシーって。ステーキじゃないんだからさ。

 

 内心で文句を言いながらも、何となく頬を撫でる。

 ……まあ確かにあのニキビの見えるご令嬢よりはつるつるだけど。

 

「……んまあっ、わ、私は今は肌の調子が悪いだけですのよ? 化粧品が合わなかったものでっ……」

 

「あらそうでしたのね。お気の毒に。

 まあそれはともかく、ロイ様はその上怪我をしたメイドを心配してお姫様抱っこで軽々と運んで下さるほど使用人への思いやりもありますの。

 貴族としてというより、殿方として立派な御方としか言い様がございませんわ。

 そして何よりもっ!」

 

 いきなり声のトーンが上がってビクッとしたご令嬢たちに、

 

「あのぷにぷにしつつも逞しい二の腕、包容力のある弾力性あるボディー。あの触り心地は何物にも代えがたく素晴らしいですわ……っ!!」

 


 ……聞いてる本人が恥ずかしくなるから本当に止めて欲しい。ご令嬢たちが引いてるじゃないか。

 

「貴女……アレが本当に素敵だと思っておられるの?」

 

「アレ、とはロイ様の事ですかしら? 素敵、尊い、拍手喝采、まあ言葉を尽くしても尽くし切れないほど素敵ですわね」

 

「──変わった趣味ですのねえ。

 私どもは貴女と侯爵様との関係を『お金の力かしら』などと思っておりましたけれど。

 審美眼というものをお持ちではないのね」

 

 ふふっ、と含み笑いをしたご令嬢が、馬鹿にしたようにシシリアを見た。

 

 私を馬鹿にするのは構わないが、シシリアを貶めるのはムカムカする。

 

「お分かりではないのは貴女がたの方ですわねえ。

 ロイ様は貴族としての責任も疎かにせず、いつも領地の民の為に飛び回っておられますのよ?

 人格的にも素晴らしいのに、ご自身の好みの見た目でないからといって蔑んでいい理由にはなりませんわ。

 それこそお育ちが知れましてよ?

 わたくしにとっては有り難いお話ですけれど。ロイ様を取り合うライバルが減って」

 

 ホホホホッ、と高笑いするシシリアに気味悪さを感じたのか、

 

「私たちは貴女の恋路を邪魔するつもりなど、これっぽっちもございませんので、お好きになさったら?

 お話になりませんわね!」

 

 と捨て台詞を残して去っていった。

 

 

 顔が熱くてしょうがない。

 とても声をかけられる状況ではないとそのまま棒立ちになっていたら、サラが植え込みの陰から現れた。

 

「……シシリア、ありがとう!

 おじ様だって、前より少しほっそりしたのに、あんなに悪口言うことないじゃないの。イジワルよねあの人たちって」

 

「そうですね。シシリアにはとても素敵なご主人様なんですけれど、私の好みは少々珍しいようで」

 

 サラのスカートの泥を叩きながら、首を捻った。

 

「あ! じゃあ、シシリアがおじ様と結婚すればいいのよ。ほら、そうしたらおじ様はもうダイエットしなくてもいいでしょう?

 だってシシリアは今のおじ様もみりょく的なのでしょう?」

 

 シシリアはちょっと目を見開いてから苦笑した。

 

「素晴らしく魅力的ですよ。ですが、私は平民です。

 サラ様にはまだお分かりにならないと思いますが、貴族には貴族のルールがあるのです。侯爵さまと平民の組み合わせなど、有り得ないのです」

 

「……どうして?」

 

「貴族には領地や民を守る義務があり、その為に権力や財力がついているのです。

 そして、代々その義務を理解し、正しく権力を使うために、侯爵さま程の爵位であればそれをちゃんと理解出来る、それなりの地位にあるご令嬢と結びつかねばならないのです。政略結婚というのは、決して私利私欲のためだけではないのですよ」

 

「……何だかむつかしいのね」

 

「そうですわね。サラ様もいずれ勉強する事になりますわ。そして、ご主人様のダイエットは健康の為には続けないといけません。

 ……シシリアは以前に、とても大切な友人を亡くしました。その人はとても美味しそうにご飯を食べて、見ているだけで幸せになるような笑顔をする方だったのですが、体もみるみる太ってしまって……それで、心臓に知らないうちに負担がかかってしまい、ある日突然倒れてそれっきりでございました。

 私は、健康についての考えがとても甘かったのです。元気そうだから平気だと、何もしなかった……」

 

「まあそんな……悲しかったのねシシリア……」

 

「はい。とても大切な人でしたからね。

 ──ですから、ご主人様もそんな事にはなって頂きたくないのです。サラ様にとっても大切なご家族です。

 お母様が亡くなられたように、ご主人様も亡くなられたら嫌ですよね?」

 

「もちろんよ! おじ様が居なくなったら、私……」

 

「ですよね? ですから、シシリアは頑張りますわ。

 健康な体になっても、私の両親のように絶対に死なない保証はございませんが、少なくともその危険の1つは取り除けますでしょう?

 今出来る事を先伸ばしにして、後であの時にやっておけば、等と思いたくないのです」

 

 


 ……私は自分が情けなかった。

 

 シシリアがいつも一生懸命メニューを考え、余計な物を食べたと叱り、カロリーが低いオヤツを作ってくれて、どうしてもお腹が空いた時に食べてくれと渡されたクッキーなど、感謝はしていても、ちょっとぐらいは、という甘えがずっとどこかにあった。

 

 それはストレス解消だったり、本当に空腹の時もあった。どうせモテもしないのにという諦めもあっただろう。

 

 予定していたより体重が落ちていなくても、まあとても頑張られましたねご主人様! と特別に低カロリーのケーキを作ってくれたりもした。

 

 でも、頑張っていたのは私ではなくシシリアなのだ。

 そしてハーマンも。

 

 

 自身の経験からそこまで親身になって私の健康を考えてくれていたシシリアたちに、私は余りにも不実だった。私も、今度こそ本気で取り組もう。

 

 私は決意をし、そっとその場を後にした。

 

 

 

 

 そして、シシリアが子爵令嬢のままであったらどうだったのだろうかと考えた。

 

 ……それでも爵位的にはアレだけど、でもそこは何とかなるだろうし……などととりとめもない事を思い、何でそんな事を考えてるんだと頭を振って、それよりも、これからの生まれ変わったロイ・グロスロードをシシリアに見て貰うのが先なのだ、と強く拳を握りしめた。

 

 

 

 


 

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