そいつぁ聞き捨てならねえぜセニョリータ
オーランド伯爵の屋敷は、グロスロード侯爵家から馬車で1時間ほど、町までの中間地点にある。
私は久しぶりに手を通した膝丈のスモーキーピンクのワンピースに何となく足がスースーしていた。
メイド服はかなりロングスカートだからかも知れない。お洒落なんかする機会もなかったものねえ。
町に買い物に出るのもメイド服だし。
目元に少しブラウン系のシャドーをつけて、淡いピンクの口紅をしただけだが、それでも気分は変わるものだ。
「シシリア今日はキレイね!
いつもメイクすればいいのに」
サラ様はフワフワの髪をサイドから細い三つ編みをして広がらないよう後ろで止めている。
標準体型になって、可愛らしい目鼻立ちもはっきりくっきり。白い襟のついたブルーのワンピースでどこに出しても恥ずかしくないピッカピカの美少女だ。
もう天使。シシリアの天使ですわよ。
……見た目は。
「今回は一応令嬢として参りますので失礼のないようにしているだけです。普段は仕事をしてますので、すぐ落ちてしまいますもの。無駄ですわ」
「そんなことないわ。ねえおじ様?」
「え? あ、うん、そうだねえ」
ご主人様は窓の外を見たまま棒読みで答えた。
一応出かける前にご主人様にこの格好でいいか確認したのだけれど、やっぱりイマイチだったのかしら。
「……あの、ご主人様、この服、やはり良くなかったですか? 令嬢らしくないでしょうか?」
私は問いかけるが、
「いやっ、全然問題ないよっ! 全く!」
と慌ててこちらを見た。またすぐ逸らされたけど。
「──あとシシリア、【ご主人様】ってのは止めて欲しいんだ。ロイでいいよ。令嬢は、親しい相手をご主人様なんて呼ばないだろう?」
「あ! そうですね! ……ロイ様」
「それでいい。……でも、普段でもそれでいいのに、何でシシリアはご主人様って呼ぶんだい? マリリンやハーマンたちだってロイ様と呼んでるじゃないか」
……いやですわー、名前呼びなんて、タダでさえ素敵な方なのに好感度が跳ね上がるからじゃありませんか。
身分も大違いなのにシシリアが恋心こじらせたらどうするんですか。やだわもー。
私なりのケジメですわよ。線引きなのです。
「……勤めている屋敷のご主人様ですもの。私にはその方が呼びやすいのですが……ご不快ですか?」
「いや……呼びやすいなら、それでいいよ」
「ありがとうございます」
今日のご主人様は、一回り小さくなったので服を新調し、より細く見えるダークグレーのスーツ姿である。
ループタイも似合ってるし、肌もつやつや。
顔立ちもすっきりしてもっちりイケメン。
そして、ふんわり笑顔がまた森林浴効果。
今は私の好みにドンピシャですが、もう少し痩せたら美しいご令嬢がわんさか集まって来ますわ。
モテモテ間違いなしです。
お任せ下さい、初のモテ期を体験して頂くためにシシリア精一杯頑張ります!
「……あ、そろそろだよ。じゃあよろしくねシシリア」
「かしこまりました。……サラ様、チョコはもう召し上がったんですからね? もし伯爵様に勧められたりしても小さい物を2つまで、ですわよ」
「分かってるわ。信用してちょうだい」
全く出来ないから言ってるんです。
馬車から降りると、赤い屋根の可愛らしい白壁の屋敷が目の前に建っていた。
思っていたより小さめだが、庭も含めてかなり手入れが行き届いている。
「ご……ロイ様、それでは帰りの馬車に乗るまでは、お芝居と思って馴れ馴れしい発言は無礼講でお願い致しますね?」
私は右手でご主人様と腕を組み、左手でサラ様と手を繋ぐと、小声で囁いた。
……くうう、ぷにぷにと何て組み心地のいい腕なんですか。シシリアの理性を試しておられますか。
もふもふとぷにぷには女子の理性が崩壊しやすいんですから気をつけて下さらないと。
「ははっ、分かってるよ。じゃ、行こうか」
□■□■□■□■□■□■
「まっ、ロイ様ったら、お痩せになりましたわね!
すっかり男振りが上がっておられますわ」
「そうだねえ。顔色もいいし、病気って訳でもないようだ。仕事を頑張りすぎてるんじゃないよね?」
「いえ、仕事はほどほどにしております。姪も一緒に暮らすようになりましたので、自分の健康にも気をつけておりましたら自然と落ちて来ました。
体が軽くなって調子がいいですよ」
……ほう、自然にね。
自然というのはあれですかね?
人の目を盗んでフライドチキンを食べたのがバレて、夕食のライスを半分にされたり、ボケたジー様のように食べたパンの数を忘れてまた食べようとしたのを私に取り上げられたりとか、そういったお話の事ですか?
それはまたポルターガイストのような自然現象で。
私は内心苦笑したが、まあ女性と違って男性が余りダイエットしてると公にするのは恥ずかしいというのは良く分かる。
小さなパーティーと言っていた通り、私たちを入れても15、6人の集まりで立食形式の気楽な物だった。
年配の出席者が多かったが、3人程の年頃のご令嬢も居る。出席者の家族だろうか。
残念ながらサラ様位の年齢のお子様は来ていないようだ。友だちが出来たら良かったのだが。
私の事は、『友人』と紹介してもらった。
恋人とか嘘ついて後でバレたら気まずいだろうから、私がそう言うようにアドバイスしたのだ。
仲の良い方に嘘をつくのは心苦しいし、まあ友人ならば、大きなくくりで言えば嘘ではない。
友人のようにフランクに言い合う仲(食関係)であるからして。
「ロイにちょっと紹介したい方がいるんだよ。ほら、チーズ作りのベテランが欲しいって話をしていたじゃないか」
オーランド伯爵が声を掛けてきた。
仕事の付き合い相手の従兄弟が酪農家でね、などと話を始めたので、邪魔しないように、
「ロイ様、わたくしサラとお茶でも飲んで参りますわ」
と笑顔で離れた。
さっきまで近くでアリの行列を眺めていた筈なのだが、どこに行ったのやら。
私は裏手の方まで見に行くと、こちらにお尻を向けて座り込んでいるサラ様を見つけた。
何かこそっと見ているようなので、声を掛けずにそっと近づいた。
何を見ているのかと思ったら、さっき姿を見た若いご令嬢たちである。
「……よねぇ」
「……で……」
よく聞き取れなかったので私も隠れるようにして聞き耳を立てた。
「独身で26歳の侯爵が来るって言うから、これはと思って気合い入れてお洒落したのにねえ」
「あれはないわー」
「オーランド伯爵が痩せたとか言ってたけど、あれより太ってたの? まるでブタじゃない!」
「いくら爵位が高くて贅沢出来そうでも一緒に歩きたくはないわよねえ」
「やあだ、そこまで言ったら失礼よ」
「でも一緒に来ていた令嬢、どこの方か知らないけれど、悪趣味ねえ」
「家計の苦しい男爵とかの子じゃないの? お金でしょあれは。私たち程じゃないけどまあ可愛かったし」
……誰の事を言ってるのか丸分かりだった。
サラ様の様子を窺うと、涙目だった。
おじ様の悪口など聞きたくないに決まっている。
……私の怒りに触れたわね性格ブスたち。
「──あら、汚ない言葉遣いが聞こえたから、どなたがいらっしゃるのかしらと思えば」
私は立ち上がり令嬢の仮面を身に付けた。
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