体脂肪は雪だるま式の高利貸し
「わあ、お昼はピザだわー!」
「……久しぶりのチーズの香りだ……サラ、深呼吸だよ深呼吸」
テンション高く食堂に現れたサラ様とご主人様は、スーハースーハーととてもご機嫌だ。
そりゃ目の前に熱々のLLサイズのピザがあれば嬉しいだろう。
「たまにはこういったサービスもよろしいかと」
「よろしいわよろしいわ。たまにはいいわよね!」
サラ様がフライングで伸ばそうとする手をガシッと掴んだ。わぎわぎと手を動かしたサラ様が私を見た。
「……なあに? もしやまた運動があるの?
チーズが冷たくなるじゃないの」
「いいえ。本日は運動ではなくご報告です」
ご主人様が私を見て切なそうな顔をした。
「ご報告……? まさか見せるだけ見せて、食べさせてくれないとか言わないよね?」
「酷いですわご主人様。
ちゃんと食べられますよ、3切れまでですが。
サラ様は2切れです」
こんな大きなピザ大人でも2切れで充分ですよ。
「そ、し、てぇ、何と何と! この10切れにカットされた中にはぁ~!」
「──中には~?」
「ミミチーズ入りとぉ、ミミソーセージ入りの物がございまーす!」
わーぱちぱちぱちぱち。
「……そんなスペシャルサービスな物だったとは……シシリア、疑って悪かったよ。本当にありがとう」
「いえ、お礼を言うのはまだ早いですわ。
確率は2分の1でございます」
「2分の1?……そんな……」
「あら、当てれば良いだけでございますわ。
パッと見ても分からないようにしておりますので、神経を研ぎ澄まし、至高の1枚をお取り下さいね。
あ、それと食べ物を無駄にしてはいけませんので、残ったものはシシリアとハーマンの昼食になります」
「シシリア! 私は2切れしか食べられないんだから、私から選んでいいわよね?」
「勿論でございます。ご主人様もそんな、自分が先になどという大人げない事はなさりませんわ。
……ですわねご主人様?」
「──あ、ああ勿論。好きな物を取りなさいサラ」
そう応えながらも、ミミの辺りをガン見している。
「ミミを触るのはご法度ですから、あくまでも目視で選んで下さい。
はい10ー、9ー」
「なになになにっ、時間制限あるのっ?」
「当たり前じゃないですか。延々と睨み合ってピザが冷めてしまっては魅力が半減ですわ。はーちー、なーなー」
「っ、こ、これと、こっちの!」
「ラストチャンスですが、ノーチェンジで?」
「……え? えと、えと、じゃ、最初のを止めてこっちにするわ!」
私はサラ様にピザを取り分けた。
ご主人様にも選んで頂く。
「どうぞお召し上がり下さい。当たりだとよろしいですね」
「きゃー! 私はチーズー……え?」
「あー、残念! チーズに見せかけた豆腐でございましたね」
水気を切ってカッテージチーズのようになった豆腐が詰まったミミに溜め息をついたサラ様に、
「チーズと豆腐もなかなか合うんですよサラ様」
「……ええ、まあ合わない事はないわよね。
でもね、これじゃない感がね……」
文句を言いながらも、焼けたチーズの香ばしさに頬を緩めてモグモグと食べ始めた。
「はははっ! 私はソーセージだったぞ!
……んんん?」
「あー、ご主人様も惜しい! 醤油味をつけた焼き豆腐ですわね! チーズと醤油もこれまた素晴らしく相性が良いと思われませんか?」
「……うん、そうだね……これはこれで……でも……ソーセージ……」
「まだ2回もチャンスがあるじゃございませんか。
サラ様なんてあと1回ですのよ?」
サラ様が1つ食べ終えて首を傾げた。
「……この生地の部分もちょっと違うような……」
サラ様め、だてに舌がセレブじゃないわね。
「よくお分かりですわね。流石にサラ様!
そこいらのポッと出の成金令嬢とはやはり舌の作りが違いますね!」
「……え? そ、そうかしら? ふふふっ、まあこの位はね」
「こちらは小麦粉と豆腐をメインにした生地ですの。
そこでカロリーを抑えてお好きなチーズをふんだんに使わせて頂きました。
味見もしておりますが、普通のピザと遜色ない出来かと思います。ハーマンの腕ですわねえ」
「そうね。ハーマンは料理おいしいものね。
私もたまたまちょっと違うなと思っただけだもの。
……あ、2枚目もハズレちゃったわ……でもチーズ沢山だからいいか……」
「またまたご謙遜を。──ちょっと失礼致しますわね」
私は残ったピザの中でソーセージだと分かっているものを取り出してサラ様の残りの1枚と交換した。
「シシリアはこちらを頂きますので、サラ様はこのソーセージ入りをどうぞ」
「……いいの?」
「生地の違いが分かったご褒美ですわ」
「ありがとうシシリア! ……ああ、このソーセージの肉汁が生地に染みて最高……」
「シ、シシリア、私も違うなと思っていたんだよ!」
ご主人様がサラ様のピザを見ながら訴えた。
どうやらご主人様も2枚目がハズレたようだ。
今回はズルもせず、ちゃんと2分の1の確率になっていたのに、お2人ともツキが悪いというかヒキが弱いというか……。
「大人の舌ですもの、当然でしょう。
むしろ分からない方がシシリアは驚きですわ」
「そ、そうだよね……うん……」
「ですが、ご主人様もおまけしてチーズの入ったのをどうぞ。特別ですよ?」
「あ、ありがとうシシリア!
……このね、はしっこまでチーズっていうのがお得な感じと言うか、嬉しくなるんだよね! 分かるだろう?」
……いえ全く。
だってくどいじゃありませんか。
胃もたれしますわシシリアの若さでも。
でも幸せそうな顔を見てるとこちらも嬉しいのでつい甘やかしてしまう事が……あ、思い出したわ。
「……ご主人様、1つ申し上げたい事が」
「ん? 何だい?」
「昨日の昼間、領主会合に出られましたわよね?」
「出たけど。それが? ちゃんと食べた物は全部メモして渡したじゃないか」
「頂きました。頂きましたけれど、オニオングラタンスープにサーロインステーキ2枚にクロワッサン4つに山盛りマッシュポテト……ご主人様、ご自身がダイエット中である事をお忘れですか?
食べたのを書けとは申しましたが、書けばいくら食べてもいいって申しましたかシシリアは?」
「いや、でもね……」
「他の方はステーキ2枚も召し上がりましたか?
それにクロワッサンなんて、パン業界の中でも屈指のハイカロリーの代名詞ではございませんか!
ここでせめてロールパン2つ位にしたならまだしも……後で体重を計って教えて下さい」
「……分かった」
しょんぼりしてる姿に良心が痛むけれど、外でこんなにボーダレスに食べられては意味がない。
案の定、後で聞いたら1キロ戻ってたじゃないですかもう。
サラ様と違って外食の機会が多いご主人様は、常にリバウンドとの戦いである。
「ごちそう様でした! ……おじ様、やるときはちゃんとやらないとダメよ。長引くだけよ?」
サラ様に諭されて素直に頷いてるご主人様が本当に可愛いわ。何かしらねあのあざと可愛さは。
いつも私のストライクゾーンをぐいぐい攻めてくるんだけれど。
「……ところでね、シシリア」
「何でしょうサラ様?」
「最後にホットチョコレートを飲んでから、かれこれ3日はたつのだけれどね」
「まあそうでしたかしら」
「そうなのよ。……でね、見てほしいの。
チョコレートを食べないと私の手にしっしんが出来る事が分かったのよ! ほら! ほら! ね?
これはもう早く体に入れないといけないという体からの危険信号だと思うのよ」
……なるほど。
何か朝からこそこそと赤ペン持って、部屋の隅っこで絵でも描いてるのかと思ったけれど、腕をキャンパスにしていたのですね。
このチョコレートゾンビは、倒されても倒されても立ち上がる不屈の精神を持っている。
手を変え品を変え頑張る所はシシリアむしろ尊敬しております。ですが、毎度毎度甘やかしてたらキリがありませんものねえ。
「大変ですわ! そんなに斑点が出て来てしまうのは、別の病気かも知れません。お熱が出る前兆かも。
先生に来て頂いて、注射をして頂かなくては!
マリリン、急いでお医者様を──」
「いえ! シシリア、待ってちょうだい。
……しっしんが収まって来たみたいだわ」
私がわざと心配してる振りをして別の方を向いていると、サラ様はナプキンに水を浸してゴシゴシと腕をこすっていた。
「……お体の方は、先生を呼ばなくても大丈夫でございますか? 念のため注射を射って頂いた方がよろしいのではないですか? シシリアは心配ですわ」
「一時的だったみたい。……もう大丈夫よ」
「本当ですか? じゃあチョコレートはなくても問題ないですわね?」
「……そうね」
明らかに自分の悪手だったと悟ったのか、しんなりとした菜っぱのようになったサラ様を眺めて、少し可哀想な気持ちになった。
まあ明日にでもチョコチップクッキー2枚位ならあげようかしらね。
しかしサラ様もまだまだ油断は出来ないわー。
ご主人様もちょっと目を離すと遊園地に来た子供みたいにあれもこれもと外で食い散らかしているし、ハーマンともっと話し合わないと。
特にご主人様とのバトルは大変だ。
大人の男性の胃袋の広がりを舐めていた。
減っては少し戻り、減ってはまた戻り、を繰り返しつつ1年。
目標の20キロには少し足りなかったが、何とか18キロマイナスまで到達した。
それでも110キロ位はある。
けれど、前に比べたら一回りは小さくなった。
まだ道のりは長いが、1ステップは来たわ。
頑張ってるわよーシシリアー。
ご主人様が親しくしている伯爵の還暦パーティーの招待状が届いたのはそんな時期だった。
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