ワンコ系は犬ばかりにあらず

 私がサラ様のヘルシーダイエットを始めるようになって1つとても感心した事がある。

 

「食べ方が美しい」

 

 この事である。

 それはご主人様も例外ではない。

 

 

 貴族だからと言ってしまえばそれまでなのかも知れないが、体型をノーガードで膨らませてしまう人の中には、とにかく食べ方がだらしなく汚ない人がいる。

 貴族の紳士淑女でもだ。

 

 パンくずを散らかすだけならまだいいが、ソースを飛び散らしていたり、口の中に物を入れたまま喋る、骨のある肉や魚の食べ方が雑で食べ残しのように見えるなど、マナーとしても見ていて不快になる場合もある。

 

 

 だが、まだ幼いサラ様もご主人様も、お皿の上は常に綺麗だ。特に魚など、骨格標本かと思うレベルで骨しか残っていない。

 

 食べ物に対する誠意を感じて、とても素晴らしいと思う。それが単に食い意地が張っていて、皿の上のカロリーは全て自分の体に取り込もうという執念なのかも知れなくとも、見ていて気持ちがいい食べ方というのは、見ている人を不快にしない。

 これはこの先の社交でも活かされるはずだ。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

「……ところでねえシシリア」


「はい何でしょうか?」

 

「私はホットチョコレートが飲みたいんだよ」

 

「私も!」

 

「私も飲んで頂きたくお持ちしましたけれど?」

 

「──それなら、この私たちの手首と足首に巻いたゴムは何だろうね?」

 

 私は驚いたように「まあ!」とわざとらしく声を上げた。

 

「この夕食後、これから後はお風呂に入られて眠るだけというカロリーをほとんど消費しないような時間帯にホットチョコレート生クリーム乗せですわよ?

 このハイカロリーオンハイカロリーな飲み物を何の苦労もなしに飲めると思っておいででしたの?

 まあなんてスウィートな考えでございましょう」

 

 私もはポケットから1から3までの数字を書いたカードを取り出した。

 

「シシリアオリジナルのお休み前のストレッチでございます。腕の振り回しを左右20回ずつ、スクワット10回、太股上げ左右20回。

 引いたカードのセット数をこなして頂ければ、すぐにでもこのドリンクはサラ様とご主人様へ。

 はい、どうぞお好きなカードを選んで下さいませ」

 

「……ねえシシリア。1セット何分かかるのかしら?」

 

「急げば4、5分ですわね。なるべく冷めないようにクローシュでカバーしますが、15分も行くと少しは温くなってしまうかも知れません。さささ」

 

「さささ、じゃないわよ。

 熱々が美味しいんだから! ……一番右!」

 

「はいサラ様は一番右、と。

 あら、何と1セットのみの大当りですわ!

 はいれつごーれつごー♪」

 

「やったわ! これも私のチョコレートへの愛が通じたのね! いーち、にー、さーん、」

 

 嬉々として運動を始めるが、元から1セットでもやれば私としてはいいので、残念ながらハズレである。

 

 ただ今回は3セットはこそっと入れ替えて1か2しか出ないんだけども。

 自分はついてる! と思わせる事も大事である。

 

「さあご主人様、1、2、3セットどれになりますでしょうかね。どれを選びますか?」

 

「右から2……いや3番目だ!」

 

「……あら、3セットではなく2セットでしたわね。シシリアとしては残念ですが、約束は守ります。

 はいれつごーれつごー♪」

 

「1セットじゃない──いや、3セットよりはましか。

 いーち、にー、さーん、」

 

 サラ様に続いてゴムの負荷をかけながらブンブンと腕を振り回す。でもこれ肩凝りもほぐれるからいいんですよご主人様。

 

 

 サラ様は一足先に済ませてクローシュを取ると、マグカップを取った。

 

「まだ熱々だわ、良かった。……ふうう、この一杯のために生きてるといってもいいわね……」

 

 一口飲んで満面の笑みのサラ様は、チョコレートゾンビの発作は収まってきたようだ。

 途端にゆとりが出たのか、

 

「おじ様、もっとモモは上げるのよ」

 

 などとダメ出しをしている。

 

 

「……よしっ、2セット、終わったぞシシリア!」

 

 ご主人様が荒い息で宣言をしてもう1つのマグカップを掴む。

 

「……ああー甘いものが染み渡るなー」

 

 少し温くなっていたのか一気に半分ほど飲み干してサラ様に笑顔を向けた。

 

 染み渡らせないで下さい。

 

「はい、飲み終えたらサラ様はシシリアとお風呂に参りますよ」

 

「マグカップが小さいからすぐ無くなったわ。

 ……ねえ、お代わりはあったり──」

 

「致しません」

 

「でしょうね。聞いてみただけよ。

 ──それじゃ、おじ様また明日。お休みなさい」

 

「ああ、お休み」

 

 

 名残惜しそうにチョコレートのなくなったマグカップを見ているご主人様からもさっさとマグを取り上げ、お辞儀をして居間を後にする。

 

 

 

 

 翌日からも、ワンコ系男子のご主人様に如何に時間をかけて食べて頂くかの戦いは続いた。

 

 

 ワンコ系というのは犬ばかりではない。

 

 ご主人様の場合はワンコソバのワンコ系である。

 

 

 とにかくかなり噛む数を増やしても食べるのが早い。食べてはお代わり、食べてはお代わり。

 ハンバーグに豆腐や野菜を投入してるからまだマシというだけだ。

 満腹したと脳が信号を受け取る前に胃に注ぎ込んでいれば世話はない。

 

 

 

 私は、まだ長丁場だから焦るまいと思いつつ、マメに運動をするようにと、執務室にも太いゴムを椅子の手すりに通してご主人様の手首に繋げた。

 

 ご主人様が書類を見たりサインをする時に少しだけ力が必要な程度の負荷である。

 

 名付けて「知らない内に筋トレしてた」作戦だ。

 

 サラ様のように、屋外で腹にゴムを巻いてその日のおやつを決める、というようなのは流石に成人男子として恥ずかしいだろうし。

 執務室でのゴム位なら人に見られる心配もないので、緊縛フェチとか思われないで済むだろう。

 

 

 

 そういえば最近サラ様の筋力が増えたのか、1位の大当りを引く確率が上がってしまった。

 少し別の方法も考えなくては。

 

 

 

 私の地道な努力の甲斐もあり、ご主人様のヘルシーダイエットは、最初の1ヶ月は-4キロという素晴らしい成果を叩き出した。

 

 だがちょっと落ちる速度は早すぎたので、少しだけおやつを増やして上げよう。

 

 120キロになったと喜んでいるご主人様を見て、どうせサバ読んでるだろうから130キロ位だろうと思うが、年間で50キロ近いレベルはよろしくない。

 

 

 ダイエットは出来るだけ早く痩せりゃいいというものでもないので、私もハーマンもなかなか頭の痛い問題である。

 

 でも、

 

「ベルトのホール穴が、1つ奥に止められるようになったんだよシシリア!」

 

 とニコニコ笑いかけるご主人様は、とても可愛らしい。26とはとても思えない。

 

 

 私にとってはワンコ系なんだけれどもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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