お肉は飲み物ではありません

「……あれ、いいのかな? いつもと量がそんなに変わらないように思うのだけど」

 

「大丈夫です。その代わり、まずこちらのジュースをお飲み下さい」

 

 私が差し出したジュースを受け取ると、

 

「これは?」

 

「野菜を混ぜた健康ドリンクです。普段から野菜を余り召し上がらないのでジュースに混ぜました。

 オレンジも混ぜてますので口当たりはそれほど悪くないかと思います」

 

 ご主人様は、少しだけ眉を寄せた。

 

 ……お嫌いなんでしょうねえ。

 分かりますよ今までの食生活を見ておりますし。

 

 「野菜? そんな子うちのクラスにいたっけ?」

 

 みたいな感覚でございましょうが、ご主人様の体の血は肉肉まみれできっとドロッドロだと思いますので、少しずつ浄化致しますよシシリアが。

 

 赤身肉、牛や豚や加工肉(ソーセージとかハムなど)は、美味しいですし栄養価も高いですが、食べ過ぎると万病の素なのですよ。

 

 

 ほれ、飲みたまえ早く。

 

 グイっと飲み干すご主人様、潔くて素敵。

 

 なぜ呼吸が荒いんでしょうかね。

 息を止めてやがりますねご主人様。

 

 まあいいです。飲んでくれればそれで。

 

「もう、食べてもいいのかな?」

 

「どうぞどうぞ」

 

 嬉しそうにステーキにナイフを入れる。

 また幸せそうにモグモグしおって。

 

「はいストップ」

 

 ビクッ、と肉を差したフォークの手を止めたご主人様に、

 

「ご主人様。肉は飲み物ではありません」

 

 と静かに語る。

 

「いつも見ておりますと、口に入れてから精々4回から5回噛まれただけで飲み込んでおられます。

 それでは満腹感がなかなか得られません。

 最低20回は噛んでからにして下さいまし。

 顎周辺の筋肉も鍛える事になります」

 

「……わ、分かった」

 

 モギュモギュモギュモギュモギュ。

 

 一生懸命噛んでいるご主人様、萌えますわね。

 笹を黙々と食べてるパンダのようですわ。

 

「これから固形の食べ物に関しては最低20回。こちらは守って下さいね」

 

「頑張るよ。……でも少し疲れるねえ」

 

 

 ご主人様は私に笑顔を向けた。

 

 

 

 それは、疲れるほどの量を食べるからですよ。

 

 それにしてもご主人様はニキビなどもなく、肌艶もいいし、柔らかそうな金髪もきゅーてくるが眩しいほどサラサラだし、コバルトブルーの瞳も麗しい。

 

 そして、シシリアをダメにするクッション的なジューシーなボディーライン。

 

 これをしぼませねばならないのかと、私も内心では血の涙を流しながらのリフォーム作業なのですよご主人様。

 頑張って下さいね。お互い耐えましょう。

 

「……あれ、ポテトフライじゃない……」

 

 付け合わせを食べて首を傾げたご主人様に、私は説明した。

 

「ポテトフライ風フライです。茹でたジャガイモと豆腐を2号でコネコネしてポテトフライの形で揚げたハーマンの力作です」

 

「そ、そうなんだ」

 

 カロリー爆上げになるので揚げるのすら嫌でしたが、急に何でもかんでもヘルシーにしてもご主人様には耐えられませんからね多分。

 

「ジャガイモも入ってますのでそれなりにポテトフライ感はありますでしょう? 」

 

「うん、まあ……」

 

 若干これじゃない感が顔に出てますけれども、量だけは普段とほぼ変わらないルートからにしてるので、カロリーを下げる位は許して欲しいです。

 

「おじ様は沢山食べられるんだから文句はないでしょう? 私なんて、気がついたら前の食事の3分の1位だったわ。ちょっと物が違う位はすぐ慣れるわ」

 

 サラ様ならぬサラパイセンが相変わらず上から目線でご主人様をからかってますが、3分の2は過剰摂取だっただけですからね。偉そうに言ってますけれど。

 

「でも……そろそろチョコが切れそうなのシシリア。

 ……見てこのふるえる手を。

 そろそろチョコを食べないと危険じゃないかしら」

 

 どこのアル中ですか。

 おねだりテクニックがむやみに多彩になってるわ。

 

 ぷるぷるさせた手を差し出してアピールするサラ様に、

 

「今夜はなんとなんと、サービスで生クリームの載ったホットチョコレート……の予定です」

 

「きゃ……え、予定?」

 

「ご主人様があの見ないようにしておられるミネストローネを全部召し上がったら、もれなくサラ様にはホットチョコレートが、飲んで頂けなければハーブティーにチェンジとなっております」

 

 サラ様がキッ、とご主人様を睨んだ。

 

「おじ様! サラを愛してるなら飲んで。

 シシリアは言った事は絶対に変えないのよ!

 私はハーブティーは飲みたくないの!

 チョコレートをっ、チョコレートを飲みたいの!」

 

 

 おやま、流石にこの1年で大分私の事がお分かりですわねサラ様。

 

「だ、だけどサラ、これ明らかにトマトだよ? それに、玉ねぎとかニンジンとか入ってるんだよ?」

 

 そりゃミネストローネですからね。

 

「ジャガイモも入っておりますわ」

 

 ほんの少しだけど。

 

「おじ様ならいけるわ! がーんばれ! がーんばれ」

 

「自分が飲む訳じゃないだろうに……」

 

 渋々スプーンを持ったご主人様がスープを一口飲む。

 

「……トマト……」

 

 泣きそうな顔もキュートですが、甘やかしませんよ。

 ほれワンモア。

 

 祈るように手を組んでサラ様が見つめる中、時間はかかったが完食。

 

「やったわ! すてきよおじ様!

 きゃっほー♪ホットチョコレート~♪」

 

 ばんざーい、と手を上げているサラ様を恨めしそうに眺めながら、

 

「シシリア、私も口直しにホットチョコレートが飲みたいんだが」

 

 とナプキンで口元を押さえながらご主人様が訴えた。

 

「……仕方がありませんわね。今回は沢山野菜を召し上がって頂いたので特別にご用意致します。

 そして喜んでおられますがサラ様。

 そのフォークとナイフを載せて隠しているインゲンを食べないと今のお話はチャラです。

 ご主人様は全部召し上がったのに、野菜を残すサラ様にご褒美が出ると思いますか?」

 

「……目ざといんだから」

 

 サラ様はフォークでインゲンを刺して口に入れた。

 

 

 

 

 ──こうしてシシリアブートキャンプは幕を上げたのだった。

 

 

 


 

 

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