風速30mの先輩風が吹いています
「シシリア! もう大丈夫なの?」
3日だけ休ませて貰い、私は仕事に復帰した。
と言っても重たい洗濯物などは持てないので、窓拭きとか床掃除とか簡単なものだけですけども。
私が食堂に現れると、朝食を食べていたサラ様が驚いて私のところまで走って来た。
ご主人様まで立ち上がってやって来た。
「サラ様、食事中にはしたないですよ。
──ですがご心配頂きましてありがとうございます。
余り寝てばかりですと、体の筋力が落ちてしまいますので、軽い仕事から徐々にやらせて頂く事に……」
というよりも、いつまでも寝ていたらまたご主人様の気が変わるのではないかと思うと、ちっとも心が落ち着かないのですよシシリアは。
思ったよりギプスもしっかりしていて、なるべく体重をかけないようにすれば松葉杖も必要ない。
むしろお盆1つ持てないわ拭き掃除も出来ないわで却って邪魔くさいのである。
「それはいいが、くれぐれも無理をしないでおくれよ」
ご主人様が魅惑のテノールボイスで労って下さった。
なむなむなむ。
「……それでご主人様、ハーマンさんと相談して、本日の夜から食事など徐々に変えて参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
私は頭を下げた。
「……そ、そうなんだ。早いんだね」
ご主人様、まだ暫くは食べ放題の生活かと思っていたんですねやはり。
危ない危ない、早めに復帰して良かった。
「ちょっと! シシリアのケガはおじ様のせいなんだから、早く始まるならいい事じゃないの。
大丈夫よ、シシリアは無茶なことは……そんなにはしないし、私みたいにやせて健康的になりましょうおじ様も! 何かあれば、ダイエット成功した私になんでも相談してくれれば教えてあげる!」
おうおう。
ぴゅーぴゅーと風速30mはありそうな先輩風が吹いてますよサラ様。
シシリア目が乾いて開けられませんわ。
ま、実際今もイヤイヤながらサラダも食べてますし、トーストも1枚、目玉焼き1つにソーセージは1本をもっそい細かく切ってチマチマ食べているので、リバウンドしないように頑張っておられるのは分かります。
一気に食べるより、小分けにしてゆっくり食べた方が満腹感が得られるとちゃんと実践しておられる。
偉いですわサラ様!
後はチョコレートゾンビの発作さえ減ってくれれば、シシリア全く心配はございません。
「……分かってるよ。じゃあシシリア、よろしくね。
えーと、その、お昼まではいいんだよね?」
「はい。準備もございますのでご自由に召し上がって下さいませ」
「分かったよ、ありがとう!」
今も目玉焼き3つにソーセージは4本に増えてるし、フライドポテトよりカロリーの高いハッシュドポテトになってるじゃないの。
何よあのサラダの量。サンドイッチについてるパセリかってのよ。
心の中でごうごうと嵐が吹き荒れていたが、私は笑顔でお辞儀をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……なるほどな。まあ野菜を混ぜたジュースはシシリアのフードプロセッサーやミキサーを使う方がいいな。
それで肉なんだが……」
私とハーマンはメモを片手に相談を進めていく。
あとコックさんは2人いたが、40代から50代の人で、調理の補助のような感じであり、ハーマンが実質的に全ての料理を取り仕切っている。
本当は貴族の家はもっと沢山使用人がいるのだろうが、ご主人様はご家族様との縁が私と同様に薄いし、サラ様と2人で暮らしているから、最低限の人数しか置かないのだろう。
ホームパーティーも全然やらないし。
私はサラ様のダイエットの時には食事までやっていたが、チーフコックであり総料理長であるハーマンがいるのにご主人様の食事を作る必要はない。
ハーマンのプロとしてのプライドもある。
だから私は今回はあくまでもサポートである。
ご主人様もサラ様のように割と偏食である。
食事の主成分が肉9割である。それも脂の乗りのいいものほどよく食べる。
そして大盛りのパンやライスが必ずつく。
たまにエビやホタテなどのシーフードを食べ、野菜はポテトやマッシュルームなどの一部は好んで食べるが、後は殆ど食べない。気が向いた時に一口くらいだ。
甘いものは結構好きだが、幸いな事にお酒はほぼ飲まない。弱いので付き合いで軽く飲む程度のようだ。
しかし、この食生活を続けていて、よく今まで影響もなく動けているなと心配になるほどである。
ハーマンとは、野菜ジュースを適宜飲ませつつ、サーロインなど肉の脂身の部分はなるべくカットする、ご飯も時々リゾットにして米の量を減らす、パンは薄くカットして焼く、などなど細かいルールを決めた。
勿論、豆腐を多用してのハンバーグや肉団子のスープを作ったりして、誤魔化せる所はなるべく誤魔化す、コショウなどの香辛料を使って塩分を控えるなども盛り込んだ。
「急いでどうにかしようとすれば、必ずストレスが溜まります。サラ様も時々チョコレートなど好きな物は食べて頂いてストレスは緩和させておりました。
ご主人様は月2キロ減を目標にしたいところですね」
「月2キロずつって少ないなと思っていたが、考えてみりゃ年間で24キロ減だもんなあ」
「はい。ご主人様にダイエットの状況を把握するのに必要だから、と体重を伺った所、一瞬止まって124キロと仰ってたので恐らく130キロはあると思います。
体重のある方は無意味に低く見積もりますので。
身長からいって、80キロほどが一番いい感じかなと」
「俺ですら168センチで70キロ位だからな」
割と筋肉質で決して太ってはいないハーマンも大体身長-100位だから、ぽっちゃりしてる位ならあと5キロ10キロはあってもいいかも知れない。
だが、運動してる人が身長-90でも太って見えないのは、脂肪ではなく筋肉がついているからだ。
いわゆるプロレスラーのようなマッチョならば問題ないが、全く運動らしい運動はしない方なので、危ない橋は渡らず、80~85キロを目標にしていこう。
「年間24キロは最高に上手く行った場合と考えて、15キロ~20キロを1年で減量していく形にすれば、大体3年あれば目標の80キロに届くかと」
あそこまでジューシーにお肉がついてしまうと、サラ様のように1年スパンでは無理だ。
年間50キロなんて急に落としたら、皮膚の皮が縮むのが追いつかずに、しわっしわになってしまう。
そして、当然ながらかなりの負荷がかかる。
かなり厳しいダイエットをしなければそこまでは減らせない。
忙しく飛び回って仕事をしているご主人様にそんな無茶なダイエットをしたら、痩せる前に倒れてしまう。
「まずは食事を1割~2割程度減らしてみましょう。
私は小腹が空いた時用の低カロリーのクッキーやデザートを作ります」
「分かった。健康で長生きしてくれた方が俺たちもグロスロード家で仕事続けられるしな。
ロイ様が了承したなら、安心して取り組める。
──ありがとうなシシリア。
正直、俺はまだ小さな子供がいるし、変に怒らせてクビになるのは嫌だなと思ってたもんで、どうしても言い出しにくくってよ……お前に無理させた」
「嫌だわ、そんなの気にしないで下さい」
誰だって自分や家族の生活は守らないとね。
私は守れなかった家族の代わりに守りたいのだし。
ご主人様を、そしてサラ様を。
……あ、いけない。
大事な事を忘れる所だったわ。
「すみません、それじゃ私まだやる事がありますのでこれで失礼します」
「おお、足元気をつけろよ」
私はカコンカコンとギプスの音を立てながら自分の部屋に戻った。
「……さて、何と書こうかな、と……」
便箋を広げてペンを掴むと、ふむ、と少し考えてから黙々と文章を綴って行くのだった。
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