転機は突然に

 もう大丈夫だ。男の子に可愛いと言われた喜びは、サラ様のダイエット魂を強固な物にした。

 

 だが、それでガリガリになってしまうのは、健康面でも女性的な魅力としてもマイナスである。

 やり過ぎないよう程々にと釘は刺さないと。

 

 

 さて、後はご主人様。

 

 

 そう思ったが、相談したハーマンさんは「うーん……」と微妙な返答であった。

 

「確かにシシリアの言う通り、もうちょっと痩せた方がいいと俺も思うよ。体にも悪いしな。

 ……だがなあ、ロイ様は大旦那様が病気で亡くなって、弱冠20で跡を継がれたんだ。

 まあ領民にもちっと舐められたり、貴族様の間でも若造が、と馬鹿にされる事もあってストレス溜まってたから、好きなものを食べる事で何とか発散してた所もあるんだよな。

 今は頑張ってる姿を認めて貰ってるから、前ほどじゃないんだけどな。だから好きなもの位は気持ち良く食べて頂きたいって言うかな」

  

 大奥様はご主人様が小さい頃に儚くおなりだそうだ。

 確かにやけ食いとかあるし、ストレス溜まると食べる事で発散したりもあるのは経験上分かる。

 分かるんだけども、だ。

 

「でも、ご主人様は私がこちらに来てからも少しずつ大きくなっておられます。

 今はまだ26歳とお若いからいいですが、このままではお体に影響が間違いなく出ます」

 

「うん、分かっちゃいるよ俺も。

 だが強制は出来ないだろう? ロイ様が嫌だと言えばそれまでだ」

 

「私が、何とかお願いして了承を頂きます。

 そしたら、協力して頂けますか?」

 

「ああ、そりゃあもちろん」

 

 

 よし。後はご主人様に前向きにダイエットに取り組んで頂こう! と思った私はまだまだ甘かった。

 

 

「私かい? うーん、今のところはまだ大丈夫だよ。

 ほら、視察とかでも普通に動き回ってるし」

 

 とアッサリと断られてしまったのだ。

 

 

 ご主人様も、だてに着々と体重を増やしていた訳ではない。侯爵で財力もあり、家でも外でも好きなだけ食べ放題が可能な立場である。

 いや実際食べ放題している。

 

 それがダイエットをするとなると、かなり制限されてしまう。

 

 サラ様が健康になり、可愛くなったのは万々歳だが、自分はやりたくないというのが本音だ。

 

 そして、使用人である私は当然ながらゴリ押しは出来ない。提案するのみである。

 

「ですが、ご主人様にはこれから縁談などもございますでしょうし、女性へ与える印象も良い方がよろしいのではないですか?」

 

「元々モテないから少し痩せた所で変わりはしないよ」

 

 少ししか痩せる気がないんかい。

 私位のマニア嗜好にはモテモテだが、ちょっと階段上がるだけで息切れしてるじゃないですか。

 

 

 何度もしつこく勧めれば、せっかく1年かけて築いて来た私の評価も下がってしまう。

 

 こればかりは本人の意思でしかないのだもの。

 

 参ったなあ……私はどうしたらいいかと日々悩んでいたのだったが、ある日転機が訪れた。

 

 

 視察から帰ったご主人様を出迎えた際に、疲れて足元が疎かになったのか、馬車の足場を踏み外してよろめいたご主人様を見て咄嗟に体が前に出た。

 マリリンたちにはその瞬発力がなかったのもある。

 

 

 そして、ご主人様は無傷だったのだが、「んぎゃ」と避けきれず彼の全体重を受け止めた私の左足首が、見事に骨折したのである。

 

 

「シシリアッ! 大丈夫かい? マリリンッ、急いで先生を呼んでくれ!」

 

 余りの痛さに動けない私をご主人様はお姫様抱っこして部屋まで運んでくれた。

 

 痛みとむっちりボディーに包まれる役得とで、良いんだか悪いんだか「あう、あう」と挙動不審になった私だったが、かかりつけの先生がやってきて、

 

「ああ折れてますねえ。全治1ヶ月かな。ギプスするから2、3日は大人しくね。

 あと動くときもちゃんと松葉杖使ってね。また転んだら長引くから」

 

「1ヶ月もですか……あだだだだっ、先生、余り力を込めないで下さいっ! 痛いですっ」

 

「こういう動かす頻度が高いところは、しっかり押さえないと骨がずれちゃうから我慢しなさい」

 

 クリスマスブーツを履いたような左足になった私は、見守っていたご主人様に謝罪した。

 

「あの、すみません、急いで動けるように頑張りますので、クビにはしないで下さると……」

 

 寝たきりの使用人など役立たずもいいところだ。

 私の反射神経も大したことなかったわ。

 

「何を言ってるんだ。私のせいで怪我をしたのに、クビにする訳ないだろう? いいからゆっくり休みなさい」

 

 ぽん、と頭に手を軽く乗せて、先生と部屋を出ていったご主人様は、翌日、

 

「シシリアの言う通り、ダイエットするよ」

 

 と私に告げたのだ。

 

「え? どうしたのですか、あんなに嫌がっておられたではありませんか」

 

 私はビックリして口を開けた。さぞぽかーんとしたアホ面になっていた事だろう。

 

「……私はまだ問題ないと思っていたから先延ばしにしていたけれど、自分の体が誰かを傷つける可能性までは考えていなかった。人に危害を加えるような体は大問題だよ。サラにもすごく叱られた。

 シシリア、動けるようになったらハーマンとメニューの相談をしてくれ。言われた通りに頑張るから」

 

 

 ……なるほど。

 か弱い(笑)私が怪我をした事で、ようやくその気になってくれたという事か。

 

 

 よっしゃ! 私グッジョブ!

 骨折の1つや2つ、ご主人様の心変わりの理由になるならどってことないわ!

 クビにもならなかったし、痩せる前にお姫様抱っこはして頂けたし、むしろ私の方がお得だった!

 

 

「嬉しいですわご主人様。ゆっくりと落とす方向で行きましょう。サラ様のように1年2年かけて行けば、ストレスを溜めないように出来る筈です。一生懸命頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします!」

 

「分かった。でもそれはいいから、まず早く治しなさい」

 

「はい!」

 

 

 

 よっしゃー、ラスボスのガードが崩れたわ。

 ここからよシシリア!

 

 シシリアブートキャンプよー♪

 れつごーれつごー!

 

 

 

 

 

 


 

 

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