不安と期待と

【ロイ視点】

 

 

「……ねえマリリン」

 

「はい」

 

「サラとシシリアは何をやっているのかな?」

 

「ああ、本日のおやつを決めているようですわ」

 

「おやつを?」

 

 

 

 書斎でなかなか減らない書類を片付けつつ、頼んでいた休憩の為のコーヒーを受け取り、何気なく窓から外を見ると、グレーの運動着の上下を身に付けたサラとシシリアがいて、何故かサラはお腹に紐のようなものを巻き付けていた。反対側は木に結びつけられている。

 

 3つ並べたガーデンテーブルのそれぞれの上に何か色のついた4角形の箱が乗っており、サラはそれを取ろうとしているようなのだが、あの紐のせいでもう少しが届かない。

 

 ……いや、少し進んだ。

 ああ、腰のは紐でなくゴムなのか。

 

 少し窓を空けると声が聞こえてきた。

 

「惜しいですわーサラ様! あと10センチ位でございましたよー! 

 今日のシシリアオリジナルのチョコエクレアは自分でもかなりの出来で~す。是非ともサラ様に味わって頂きたいでーす」

 

「っ、っ、味わってほしいならっ、も、もう少しゴムを

、のばしてくれたらいいんじゃ、ないかしらっ!」

 

 右手をプルプルさせながら赤い箱に手を伸ばしているが、届きそうで届かない絶妙の距離である。

 

「でもー、少し手前のテーブルの方は届くじゃありませんか。アーモンド10粒ですけれどー。

 もう今日は諦めてそちらにされては如何ですかー?」

 

「いっ、イヤよっ、昨日もしお味のプリッツ2本だったのよっ! 今日こそは甘いものが食べた、いのっ!」

 

「それでは気合いを入れて下さいませー。

 あっ、助走をつけたらいいのではありませんか?

 ほら、スピードでぐいっと」

 

「……そうね! やってみるわ」

 

 テーブルの傍からゴムが繋がっている方まで戻り、タタタッと走り出した。

 

 私は思わず掌を握りしめた。

 いけ! サラっ!

 

 さっきよりは近くまで行き、ほぼ指が箱に触れていたが、掴むまでは至らず、反動で「んぎゃっ」という声を上げて後ろに転がった。

 

「あと一息でございましたねー」

 

「そうね! 今のでコツはつかめたわ! 右から回りこむようにして行けば取れると思うのっ」

 

 泥だらけになった背中を気にもせず、サラは再度のチャレンジに向かう。

 ……サラはあんなにアクティブな子だっただろうか?

 もっとこう、絵を描いたり本を読んでたりしていた大人しいイメージがあるのだけど。

 

 2度目も失敗したが、よく見ると、シシリアはサラが失敗する度に足で少しずつテーブルを前に押し出していた。

 

「今度こそ行けますわーサラ様ー」

 

「がんばるわー!」

 

 3度目は、体勢を崩して尻餅はついたものの、右手には赤い箱が握られていた。

 

「やったわー! チョコエクレアーー!!」

 

「おめでとうございますサラ様ー!」

 

 2人で抱き合って喜んでいるところまで眺めて、マリリンに顔を戻した。

 

「あれは……いつもの光景なのかい?」

 

「左様でございますね。……たまにトランプで決めていたり、輪投げだったりは致しますが、体を動かす系が多いように思われます」

 

「だけどサラは体が……」

 

「──ですが、ここ3週間ほどあのような姿を見ておりますが、まだ熱も出されておりませんし、すこぶる体調は宜しいようでございます」

 

「……そう……」

 

 

 最初、シシリアがやってきて、サラの体調不良は恐らく体に余計な肉が付きすぎている事によるものだから、ダイエットさせてくれと直談判しに来た時も驚いたが、確かに来た時から考えてもだいぶポッチャリしたなとは思っていた。

 

 だが、自分も仕事のストレス発散で食べるもの位は、と好きなものを食べていたらこんなに太ってしまったし、少し走っただけですぐ息切れがするようになった。

 

 まだ働きだして早々のシシリアを完全に信用するのは無理だったが、確かに少しは痩せた方が健康にもいいのかも、とは考えていたので3ヶ月だけ試しに食事から何から全て任せてみることにした。

 

 勿論、マリリンたちに様子は窺うように伝えてあるが、今のところ特に問題があるといった話は聞かない。

 

 最近忙しくて食事のタイミングがずれ、一緒に食べるのが朝とたまに夜だけなので失念していたが、言われてみたら熱が出たとかお体の具合が、という言葉はこのところ全く聞いていなかった。私も仕事とはいえ、義父失格である。

 

「大丈夫……なのかな……」

 

 私の呟きが聞こえたのか、マリリンが穏やかな声で応えた。

 

「──最初は、私も元貴族のお嬢さんがどこまで頑張れるのやら、と疑心暗鬼になっていた所もございましたけれど、メイドの仕事もキチンとこなしますし、サラ様への気配りは予想以上です。

 睡眠時間も削ってるのか、夜中にこそこそと何か作業しては怪しげな笑いが漏れてたり、『サラ様が~2キロ減った~♪るららら~♪』とか謎のオペラが聴こえて来ますけれど、熱意はものすごく伝わって参ります」

 

「……なるほどね」

 

「シシリアはサラ様にストレスを溜めこんだり、飽きさせないようダイエットを続けさせるべく工夫をこらしているのでしょう。

 子供というのは直ぐ嫌気がさしたりしますものね」

 

「ああ、それはあるかな。私も子供の頃は飽きっぽかったからねえ」

 

「3ヶ月とお約束されたのですから、不安でしょうがシシリアに任せてあげて下さいませ。

 私たちもしっかり見守っておりますから」

 

「──うん。頼んだよ」

 

 

 不安だけではなく、少々の期待もあるんだけどね。

 

 私は窓の外の2人を眺めて、そんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

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