秘密兵器さん、出番です!

 ──リリリリリ、ぱしっ。

 

 

 

 私はいつもより1時間以上早く目覚ましを仕掛けていた。時計のベルを止めて窓の外を見るとまだ薄暗い。

 

 昨日は下準備をしていたので普段より寝るのが遅くなってしまったが、サラ様ヘルシーレディープログラムの初日である。私の目覚めは爽やかであった。

 

 

 手早くメイド服に着替え、洗顔と歯磨きを済ませると、私は厨房へ向かう。

 

 まだ早い時間だからか、厨房にいるのは野菜の皮を剥いている下働きのハリーだけだった。

 

 ちなみにこのハリーは12歳。正確には下働きとして正式に雇われている訳ではなく、チーフコックであるハーマンの一人息子である。

 

 ハーマンの奥様だったミシェルは、ハリーが8歳の時に肺炎をこじらせて亡くなっており、近くの家から通いだったハーマンは、ハリーを1人で留守番させる訳には行かないと、思い切って家を処分してファミリータイプの少し大きめの使用人部屋に引っ越してきたそうだ。

 

 父親を敬愛しているハリーは、週に3回学校に行く以外は、こうして朝早くから父親の仕事の手伝いをするためにせっせと玉ねぎの皮を剥いたり、ジャガイモの皮を剥いたり掃除をしたりしている。

 将来はコックを目指しているそうだ。癖っ毛でソバカスが可愛らしい良く出来た子である。

 

「おはようシシリア! 今日は早くない?」

 

 ニンジンの皮を剥きながらハリーが声を掛けてきた。

 

「そうなの。今日から暫くはこの位の時間よ」

 

 戸棚から昨日大枚をはたいて購入したミキサーとフードプロセッサーを取り出し、準備を始める。

 

 

 電力の提供が安定して、ここ5年ほど前から家電製品が広く売られるようになっていた。

 

 まだそんなに種類はないし、テレビや電子レンジなどもないのだが、炊飯器やミキサー、洗濯機など女性が作業する時間を格段に減らしてくれる生活用家電が売られるようになった。

 

 少々値段は張るのだが、恐らく共働きをする一般家庭が多いせいもあるのだろう。かなり人気がある。

 

 ここ、グロスロード侯爵家にも洗濯機は3台設置されているが、残念ながらミキサーもフードプロセッサーもなかったのだ。

 

 使用人もいない平民家庭では大変有り難い代物だが、料理人を何人も抱える屋敷では、必要ないのだろう。

 むしろ、仕事をサボっていると思われるのを嫌がり、使わない所も多いとお店の人は言っていた。

 

 私も別にサボりたい訳ではない。

 だが1使用人であり子守りとしては、毎日ちんたら野菜を刻んだりムース状にしたりする物理的な時間がないのだ。

 

 そして野菜の嫌いなサラ様は、どんなに細かく刻んだ所で人の手でする事だし、気づかれやすいだろう。

 子供でも大人でも、苦手な物を察知する能力を舐めてはいけないのだ。

 

 私の目的はダイエットもあるが、まずはバランスの良い食生活である。

 

 偏った食生活を本人も気づかぬ間に整えてしまえば、免疫力も上がり、そうそう簡単に病気にもなるまい。

 

 そのためには最短の時間で跡形もなく粉々にしてくれる、またドロドロにしてくれる機器が必要だった。

 

「ああ、確かサラ様の食事、しばらくシシリアが作るんだってね。父さんが言ってた」

 

「そうなの」

 

 皮を剥き終えたのか、ハリーが近くに来て珍しげにミキサーを見ている。

 

 私が昨日茹でておいたカボチャをミキサーに入れて、牛乳と水を加えてスイッチを入れる。

 

 ウィーーン、とものの10秒もしないでドロドロの液体の完成だ。

 

「ハリー、さっき剥いてたニンジンを少し貰ってもいいかしら?」

 

「え? でもサラ様は野菜は嫌いなんだよ?」

 

「知ってるわよ。でもね、バレないようにするのが私の仕事よ」

 

 持ってきたニンジンをザクザクと大雑把にカットして、ミキサーに追加する。

 

 ウィーーン。

 

 カボチャのオレンジっぽい色合いが若干濃くなったが、これでベースは完成だ。

 

「スゴいねこれ。ジュースみたいに全部ドロドロだ。

 でもこれ何の料理なの?」

 

「カボチャのポタージュスープのベースよ。これならカボチャに甘みがあるからサラ様もいけると思うの。

 サラ様が良く体調を崩されるのは、野菜からとれるビタミンとかね、足りない物が沢山あるからだと私は思ってるのよ。だから、誤魔化しつつ食べて頂くの」

 

「あー、そっかあ。

 僕もピーマン苦手だけど、ここまでドロドロになったら他の味と一緒になって分からないかも!」

 

「でしょう? ピーマンも緑黄色野菜だから体にいい成分が入ってるのよ。今朝はピーマンも加えたフルーツジュースを作ってあげるから飲んでみる? フルーツの甘みで意外と分からないものなのよ」

 

 カボチャのポタージュスープを弱火にかけながら、私は冷蔵庫からリンゴやバナナ、青菜にピーマンも取り出した。野菜はフードプロセッサーでみじん切りにしてからミキサーに入れる。

 

「うん! そしたら父さんにピーマン食べられたってじまん出来るよ!」

 

「よし、頑張るのよハリー! といっても、私はそんなまずい物は作らないから安心して」

 

 調味料を加えて味見をしたカボチャのポタージュスープは、案の定ニンジンはカボチャの甘みを増す程度の主張しかなく、一緒に味見をしたハリーも甘くて美味しいと言っていた。

 

 同様にピーマンと青菜も加えたバナナとリンゴのジュースも、青臭さがかなり薄まり、

 

「これから毎日でも飲めるよ!」

 

 とハリーがゴクゴクと飲んでいた。

 

 オムレツとトーストはいつも通りに作り、モーニングは完成だ。全てをいきなり変えても、子供には特にストレスが溜まってしまうだろう。

 

 徐々に徐々に、体に野菜を取り込ませる。

 ふふふふふ、それにまだまだ作戦はあるのだよ。

 

 

 気がつけばみるみる健康に。

 気がつけばウエストが細くなってました。

 

 

 雑誌の胡散臭い宣伝広告のようなうたい文句が脳内をよぎるが、なるべくサラ様が辛い思いをせずにこのプロジェクトは成功させなければと思う。

 

 

 何故ならば、私はクビになりたくないのも勿論あるが、サラ様の後はロイ様……ご主人様の肉体改造も企んでいるからである。

 

 前世の贖罪は今世で果たす。

 目の前の不健康には健康を。

 

 これが叶ってこそ、私はしっかりと前を向いて歩いて行ける気がしていた。

 

 サラ様もご主人様も私に勝手にそんな風に思われていい迷惑だと思うが、需要と供給の合致という事で諦めて頂こう。

 

 

 ……ご主人様の触り心地の良さそうなジューシーボディーを自分がスリムにするのかと思うと、思わず溜め息がこぼれるが、いくら好みでもあれは害だ。害なのだ。

 

 だがサラ様も既に健康に影響が出ているし、ご主人様だっていずれは影響は出るだろう。

 まだ未婚で男子の跡取りも居ないのだから、長生きして頂かなくては。

 優しいマリリンたちの老後もかかっている。

 

 

 中ボス、ラスボスを倒しつつお金を貯めて、私は晴れて店を開いて暮らすのだ。

 

 

 

 

 

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