己を知るのもまた人生
グロスロード家はホワイトな職場のため、週に1日は半日お休みがあり、加えて丸々1日のお休みもある。
週に5.5日勤務というのはこの国では珍しい。大抵は週に1日だけである。
主な使用人が50オーバーというのも理由の1つかも知れない。素晴らしいご主人様である。
「こんないい職場はそうそうありませんからね。死ぬまでお勤めしますよ私は」
とマリリンが言っていたが、他の人たちも殆ど考え方は同様のようだ。
若い子は私ともう1人、エレンという4つ上のぽっちゃりした子だけである。
幼馴染みといずれ結婚する予定らしいが、相手が家具作りをしている職人でまだ修行中なので、独り立ちするまではお金を貯めるらしい。
陽気でサバサバした性格のためか、私が貴族だったというのも特に気にしてはいないようで、
「まあ、大変だったのねえ」
とさらりと流して普通に接してくれるいい人だ。
ここの使用人仲間は職場環境がいいからかギスギスした空気もなく穏やかな人ばかりだ。
心配していたイジメもないし、むしろサラ様の子守りは大変だろうと気遣ってくれるいい人たちばかりで、お店を開くという目標がなかったら私もここに骨を埋めていたんじゃないかと思う程だ。
でも、子守りはサラ様が成長したら終わりだろうから、それまでしっかり働いてお金を貯めるしかない。
そして本日は1日休みの日。
私は心配しているであろうイザベラたちへ、こちらでの生活の事や仕事の事、皆に会えないのは寂しいが頑張っているから安心して欲しい事を手紙に綴った。
私の両親はもういない。心配してくれるような人はもう彼女たちしか居ないのだ。
お店が開けるようになったら真っ先に招待すると決めている。待っててねみんな!
手紙をポストへ出しに行くついでに、私には町で買い物をする予定があった。
身支度を終えて自分の部屋を出ると、初めて乗り合い馬車に乗るため、厨房で下ごしらえをしていたチーフコックのハーマンに道順を聞いた。
屋敷からは5分程度の所に停留所があるらしい。
思ったより近くて助かった。帰りはかなり荷物があるだろうし。
「門を出たら左に真っ直ぐ行けば看板が立ってるからすぐ分かるから」
「ありがとうございます!」
お辞儀をすると、なあシシリア、と声がかかる。
「ご主人様から明日から3ヶ月、サラ様の食事やおやつなんかもシシリアがやるって聞いてるけど、大丈夫なのかい?」
「大丈夫か、とは……?」
「いやほら、サラ様は基本的に肉と甘いもの位しか食べて下さらないからよ。
健康状態の改善って言ってもよ、無駄足になったりするんじゃないかとな。料理もそんなに慣れてないだろうが、お嬢様だったんだから」
ハーマンは心配げにこちらを見た。
がっしりとした腕を組んだチーフは40代後半位の渋い男前である。コワモテで無愛想に見えるが、実はとても優しいのだ。
「お嬢様といっても貧乏子爵でしたから、最低限の使用人しか居ませんでしたし、実は料理などもやっていたのですよ私。それに、少々秘策がありますから。
心配して下さってありがとうございます」
嬉しくなって笑顔で感謝すると、照れ臭そうに、
「そうか。……まあこっちの一角は好きなように使っていいから、手助けが必要になったら声をかけるんだぞ。
オーブンも普段使わないのが1つあるからそっちを使えばいい」
とガス台が3つある隅のエリアとその後ろのオーブンを指差した。
記憶が蘇ってから、この国でガスが普通にあるのに感謝した。いくら私に料理が出来る下地があっても、火加減の調節が出来ない炭火とかで火を起こして1から料理するのは流石に難しいと思っていたからだ。
前世の記憶があるからって、そんな何でもかんでも出来ないものねえ。魔法とかがある世界じゃないもの。
だけど考えて見たら、遅れてると言われていた日本でも200年以上前からガスとかあった位だし、ここにだってあっておかしくないわよね。
オーブンもガスなので助かる。
「分かりました! それじゃ出かけてきますね」
「おう。休みなんだからうんと羽を伸ばして来い」
お礼をして門へ向かおうと厨房を出ると、サラ様が玄関横の居間でソファーに腰かけて絵本を眺めていた。
「あっシシリア、お出かけなの?」
私に気づいて立ち上がったサラ様は絵本をほったらかして走ってきた。
「そうですよ。シシリアは今日お休みなので、町に買い物に行ってきます」
「いいなー……わたしもお出かけしたいなー」
サラ様は侯爵家に引き取られてからまだ1度も外に出かけた事がないと言う。
ご主人様忙しそうだものね。
……ちょっと悩んだ。
「シシリアは沢山荷物を持つ事になりますので、サラ様が疲れてもおんぶも抱っこも出来ません。
それでも良ければご一緒に町に行ってみますか?
勿論、マリリンに許可を貰わないと駄目ですよ」
パッ、と目を輝かせたサラ様は、
「ホントに? 分かったわちゃんと私あるくから!
マリリーン! マリリンどこー?」
とパタパタと駆け出して行った。
……この日のサラ様の町への同行は、私にとってもサラ様にとっても必然だったのかも知れない。
無事マリリンからお許しが出たサラ様と町に出て手紙を出し、必要な買い物を終えて帰る前、時計を見るとまだ乗り合い馬車が出るまで時間があった。
私はお利口さんにしていたご褒美として、サラ様にオープンカフェでケーキとジュースを食べさせていた時、事件は起きた。
「あの男の子、かっこいいねー」
サラ様が見ている先には、10歳から12歳程のボール遊びをしている男の子たちが数人いて、中に1人、確かに目鼻立ちの整った背の高い男の子がいた。
やだわー、サラ様もやっぱり乙女なのねー、などと笑みを浮かべていると、その男の子がチラリとこちらを見て、驚いたような顔をした。
……あ、何かか嫌な予感。
「うっわー、すんごいデブ! ボールみたい」
その男の子が放ったのは、ストレートの豪速球で、周りの男の子たちもこちらを見て一緒に笑った。
男は時として残酷な言葉で女を傷つける。
明らかに自分を見ての発言にショックを受けたサラ様が、目に涙を浮かべ、
「シシリア……わたし、すっごいデブなの?」
と私に問い掛けた。
ああやっぱりなあ……と私は思った。
侯爵家の中でずっと暮らしてるし、義父や使用人は猫可愛がりだし、まだ引き取られた頃は普通のぽっちゃり程度だったとマリリンも言ってたものねえ。
自分が「明らかに太りすぎている」なんて指摘する人がいないのだから、分かろう筈もない。
私はサラ様を真っ直ぐ見据えた。
「……シシリアはウソをつくのは嫌いです」
「わた、わたしもきらいよ」
グスグスと既に鼻声になっているサラ様には可哀想ではあるが、己を知る所から全てはスタートするのだ。
私のダイエット計画も、サラ様が頑張ろうと思う気持ちがなければ結果は出せない。
「本当の事を言えば、サラ様はデブと言われても反論できませんわ。事実ですからね」
「……っ」
ぶわっ。と涙が溢れるサラ様に私も泣きそうだが、こんな機会でもなければ、いつまでも自分が痩せる必要性を感じなかったかも知れない。
サラ様を傷つけたあの男の子たちにはゲンコツを食らわしてやりたいが、大人になってから言われるよりはるかにマシだろう。
「──ですけれどね、泣かないで下さいサラ様。
このシシリアが、サラ様をものすごーく可愛いレディーに大変身させて見せます。
あんな男の子たちなんかお呼びじゃない程のレディーになりたくありませんか? 男の子にバカにされて、悔しくはございませんか? 見返してやりたくないですか?」
「くやしい……かなしいし……」
べしょべしょと泣いている目をゴシゴシとこするのでハンカチで涙を拭う。
「それに、可愛くなった上にすぐ扁桃腺が腫れてお熱を出したり、気持ちが悪くなったりするのが減ったら、もっと良くないですか?」
「ほんとに……? わたし、元気になりたいわ。おねつくるしいもの……」
「サラ様が、シシリアの言う事をきちんと守って下さったら、間違いなく元気になりますわ。
ちょっと大変な事もあるかも知れませんが、サラ様は頑張れますか?
もうやだ、とか止めたいとか言いませんか?」
「……デブっていわれるのもうイヤ……」
「では、シシリアにお任せ下さい。必ずやお元気に、そしてスマートな可愛いレディーにして見せます!
シシリアはウソをついた事はございませんよね?」
「ない……だけど、もう甘いものとかたべられなくなるのかな……だいすきなのに……」
目の前の食べかけのケーキを眺めてまた泣きそうになっている。
「シシリアは、あまり我慢する事ばかりではダイエットは続かないと知っておりますので、甘いものも食べられますよ。ただ、シシリアが良いと言うものだけです。
お肉も食べられますから安心して下さい。
大切なのは、絶対に見返してやるというプライドですわ、サラ様」
「……わたし、がんばるわシシリア!
でも、でもこのケーキはもったいないから食べてもいい?」
「はい、どうぞ。今日は私の奢りですから、残さず全部食べて下さらないと悲しいですわ」
「そうよね! いただきます」
うん、まだ子供だからね。悔しくてもすぐダイエット精神には切り替わらないよね。しょうがない。
まだ7つだ。
社交界デビュー年齢の16位の、周囲の男性の視線が気になる年頃にでもなれば実感出来るだろうが、そこまで待ってはいられない。
それにこのまま成長して、体に更に悪影響が出てしまったら大変だ。
サラ様、明日から3ヶ月。
何が何でも健康になって、少しはスリムになって頂きますからね。ご主人様との約束ですし、実績残さないとシシリアクビになるかも知れませんから。
シシリアは、ご存知ないでしょうが、やると決めたらトコトン派なんです。ほっほっほっ。
そして、私は今日買った物が無駄にならずに済みそうで良かった、と荷物を見て胸を撫で下ろしていた。
虎の子が3万も飛んだのだ。
貧乏な私にはすんごく痛いんですよサラ様。
……出したお金の分の成果は出さねば。
いや、出して見せるともっ!
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