大盛りのクマさんと大放牧の少女
グロスロード侯爵家にやって来てから早くも1ヶ月。
マリリンにメイドの仕事も教わりつつ、私はひたすらサラ様を観察し続けた。
話に聞いてたワガママとか悪さが酷いと言うのも大した事はなく、体がワガママボディーなだけで、甘えたがりですぐ抱きついてくるとか、砂場で泥だらけになったりしてドレスを汚す頻度がかなり高いとか、私にしてみれば全然許容範囲レベルの内容ばかりであった。子供ならよくある話である。
──それがごく普通サイズの少女ならば、という話ではあるのだが。
「シシリア~♪ サラおなかすいた~おやつ~」
とサラ様が掃除中の私の背後からどすっ、と抱きつかれるだけで前方にダイブしそうになるし、前方の低い位置から突っ込まれるとゴフッ、と肺から空気が一気に抜けるようで、毎日アメフト選手のような気持ちになる。
普通のか弱い女性なら毎日が恐怖であろう。精神的な意地悪とかでも辛いのに、純粋に物理攻撃だ。
勿論サラ様にそんな気持ちがないのは分かっているが、悪気がなくても体にダメージがある訳で、メイドへの負担・不安は大きい。
辞めてしまった人たちも恐らくこれが原因なのではないかと思う。
子守りという優しげなイメージからは程遠い、毎日がトライアスロンのような日々なのだ。
だが私は負けず嫌いだし、ここを逃すと他に仕事が見つかるか分からない崖っぷちの人間である。
ここで食らいつかずにいつ食らいつくのだ。
朝と寝る前には必死に筋トレに励み、おんぶなら辛うじて足が震える事なくサラ様をベッドにぺいっと投げつけもといお連れする事も出来るようになったし、抱っこも5分程度なら可能になった。
ただし抱っこの場合は首筋と二の腕がギシギシと音がしそうなほどぱんぱんになる。
何故同じ重さのボディーを持つのにおんぶは良くて抱っこはキツいのかと考えたら、背中なら背筋や背骨で力が分散されるが、前だと主に腕力とサラ様に締め付けられる首の力で支えねばいけないからだと悟った。
余り腕をムキムキにしたくはないのだが、まだまだ筋トレする必要がある。
そして、観察していて感じたのは、確かにサラ様はすぐ扁桃腺を腫らせて熱を出して何日も寝込んだりする。この1ヶ月で2回あった。
また、疲れやすいとか体がだるいとか足が浮腫むとかもある。
私はこれと全く同じ症状をしていた人をよおく知っている。前世の夫だ。
夫が扁桃腺を腫らす事が多かったのは、お肉に邪魔されてきちんとうがいが行き届かず、雑菌が炎症を引き起こしたりしていたのだが、サラ様もそのパターンかも知れない。
結論。
サラ様の病弱判定、体調不良はお肉が付いてる事による生活習慣病によるものと思われる。
もしくはなりかかっているかだ。
偏食もすさまじく、肉類、お菓子などは喜んで食べるのだが、野菜はほぼ食べず、せいぜい食べてもポテトフライとコーンのバター炒め位だ。
栄養バランスとしても最悪ではないかと思われる。
定期的にお医者様が来られて診察はするが、
「バランスのいい食事とたっぷりの睡眠、運動をすること」
と毎回診察する意味もないような事を言って、熱冷ましなどを置いて帰っていくだけである。
正直、薬を飲んで治るというレベルの話ではないので、このまま放置してると高血圧やら糖尿病やら本当の病気になってしまう気がする。
厨房のコックにもさりげなく相談したのだが、
「でもなあ、サラダも食べやすいように細かくして、肉がお好きだからとベーコンもカリカリにしてドレッシングに混ぜたりしたんだけど、全然食べて下さらないんだよなあ。コロッケに入れるグリンピースやニンジンも綺麗にほじくり出すんだ」
とお手上げのようだ。
「サラ様、野菜や苦手な食べ物を食べて体が痒くなったりとか具合が悪くなったりした事はございますか?」
「んー、味がきらいなの。かゆくはならないわ。まずいだけ」
……なるほど。アレルギーも特にはなさそうだ。
前世で夫の為に学んだ誤魔化しレシピも覚えているのだが、コックでもないのにサラ様の口に入れる物を作る訳にはいかない。
上からの許可があればまだしもだが、この屋敷の当主であるロイ・グロスロード様は、領地の見回りに出ておられるとかで、まだ1度もお会いした事がない。
小さな子供が具合悪そうにしている姿を頻繁に見せられるのも辛いし、ここは何とか侯爵様が戻られたら相談すべきだ。
そんな事を思い悶々としていたら、メイド長のマリリンが明日には侯爵様が戻ってくると教えてくれた。
「大変物分かりの良いご主人様ですし、私たち使用人の意見も尊重してくれますから、話してみるのもいいかも知れませんね」
「はい! ありがとうございます」
マリリンにも私の見解を話して相談はしている。
1ヶ月とはいえ一番長く続いている私を認めてくれているらしい。
1ヶ月ぐらい頑張れや前の人たちも。
……うん、いや、18のピチピチな私でも結構しんどいものね。責めちゃいけないわ。
「シシリアー、のどかわいたー♪」
ドスッ、と不意打ちで脇腹に突っ込んできたサラ様にグホッ、と息が漏れる。
無防備の時のいきなりはやめていきなりは。
「かしこまりました。ですがお召し物が土ダンゴを沢山作られたせいでドロドロでございますから、着替えて手を洗ってからですよ」
「はーい」
明日には侯爵様……ご主人様が戻られる。
私は一筋の光が見えた気がした。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませ」
「ただいまマリリン。済まなかったね長い間留守にして。変わりはなかったかい?」
「おじさまおかえりなさーい!」
ガシッと特攻するサラ様にも微動だにしない。
私は、ご主人様について全く情報を仕入れていなかった事で、今回のお出迎えで強い衝撃を受けていた。
……何てことだろうか。
グロスロード侯爵様は、逞しい……というか、大柄でクマさんのようなむっちりした体つきに優しげな声、ニキビもない綺麗なもち肌にゆったりした動作という、私の好みにドストライクな20代半ばほどの目の保養にしかならない男性だったのである。
究極の理想ともいえる上司に私の心臓はさっきからドクドク激しくなっている。
だがまた彼も確実に危険水域である、と言うことも前世の知識から分かってしまった。
大盛りのクマさんと、大放牧の少女。
目の前に並んだ2人の姿は個人的にはとても癒されるシーンではあるのだが、どちらも何とかせねばなるまいと言う強い決意だけはあった。
これは前世の神様とやらが私に贖罪の機会を与えてくれたのかも知れない。
私には運命的な物を感じざるを得ない対面だった。
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