米俵な病弱少女

「シシリアお嬢様、絶対に何か相談事があればご連絡下さいねー!!」

 

「私たちはいつもシシリアお嬢様の味方ですからねー!」

 

 

 

 ブンブンと手を振って馬車を見送ってくれるイライザたちに笑顔で手を振り返しながら、私は涙が出そうになるのを必死にこらえていた。

 

 

 

 あっという間に私の初仕事へ向かう日がやって来た。

 いよいよこれから私は世間の荒波に飛び込んで行かねばならない。

 

 彼らの姿が見えなくなったのを寂しく思いながら席に座り、大きめとはいえトランク1つに荷物が収まってしまう元子爵令嬢ってのもあんまり居ないわよねえ、と苦笑した。

 

 勿論、それなりにドレスなども改まった席で着られるように数着はあったし、帽子や靴などの小物も年頃の女であるから持ってはいた。

 

 だが、もう平民にそんなヒラヒラチャラチャラしたモノを着る機会はないだろうし、着ないのであれば持っていくのも無駄になるだけだ。

 使用人の部屋がそんなに大きい訳ないし。

 

 古物商を急ぎ呼んで、売れそうなモノは全部引き取って貰い、お金に替え、残ったモノはイライザやジョーンズたちの身内で使える物以外は綺麗に処分した。

 

 買い叩かれて、日本の価値で言えば10万円にもならなかったけれど、全然お金がないっていうのは幾らなんでも怖すぎる。

 今の私にはこれでも大金だ。

 

 雇い主であるグロスロード侯爵家で、万が一サラお嬢様に嫌われたら、子守りクビになる可能性もあるもんね。当座のお金は安心に繋がる。

 

 病弱って言うから、ガリガリで儚げな美少女で、窓の外を見てため息をつきながら、

 

「あの葉っぱが落ちたら私も死ぬのね……」

 

 とか言いそうな生命線薄そうな子なのかも知れない。

 人の健康が羨ましくてつい当たったり意地悪してしまうのかも知れない。

 そこはある程度大人である側が大目に見てあげないといけないわよね。

 

 イライザまでとは言わないが、私も情に脆いところはある。これから私が精一杯お世話して元気になって頂くのだ!……などと殊勝な気持ちを持っていた。

 間違いなく持っていたのだ。

 

 

 

 

 

「──あ、あの、初めまして。私、本日よりお世話になりますシシリア・アークと申します」

 

 

 グロスロード侯爵家に到着後、メイド長であるマリリン(赤毛を後ろでお団子にした50代の厳しそうな女性である。私のマリリンから想定されるセクシーイメージはゼロで少し残念だった)に、これから暮らす使用人部屋へ案内された。

 

 6畳位で机、ベッド、本棚に洋服タンスがあるだけのシンプルな部屋だが、掃除もされており清潔で、プライバシーも確保出来る1人部屋。

 流石に侯爵家さまさまである。

 

 荷物を片付け、侯爵家の黒のロングワンピースにエプロンというメイド服に着替え、ヘッドドレスもセットするとようやく仕事をするのだ、という引き締まった気持ちになった。

 

「それでは、サラ様にお目通り頂きます。

 元子爵令嬢ならば礼儀作法は一通り身につけているでしょうから、くれぐれも失礼のないように」

 

「かしこまりました」

 

 ……怖そうな人に思えたマリリンだが、落ちぶれた元貴族である私を暗に見下すでもなく、普通に接してくれる。嫌味の1つや2つは覚悟していたのだが、それもない。なるほど彼女はフェアな人なのだと思った。

 

 仕事でミスをすれば勿論叱るだろうが、それは仕事なのだから当然だ。

 本人の意図せぬ環境を取り上げてあげつらうような人ではない。

 

 上司になるのが出来たお方で良かったわ。

 早く私も仕事に慣れて、使える人間だと思って貰わないとね。

 

 

 だが、サラ様の部屋を訪れても誰もいない。

 

「……あら。表かしら……」

 

 中庭にブランコと砂場があって、昼間はそこで遊んでる事もあるとの事。

 

 病弱なのにいいのかしら表で遊ぶとか。

 冬場なのに……。体調がいい時はって事かしら?

 

 

 だが、ブランコを揺らして遊んでいるサラ様を見て、私の病弱の概念が根底から崩れた。

 

 

 ぱっつぱつのワガママボディーだったのである。

 

 

 確か、佐奈ちゃんは25キロ位って言ってたけど、それでもかなり細身だった。

 そこから推定すると、40キロは超えてるかも知れない。いや、佐奈ちゃん2人分位かも。

 少なくとも抱っこと言われて気軽に頷けない迫力だ。米俵を思わせるようなフォルムに内心圧倒される。

 

 勝手に想像していた枯れ木のような体は、枯れ木を楽に折りそうな体だったのは単に思い込んてい私が悪いのだが、一体どこが病弱なのだろうか?

 

 あ、太ってるのではなく、内臓系の病気で薬の副作用とかでむくんでるだけかも知れない。

 見た目で判断するのはいけないわよね。

 

 ただ、ベースは素晴らしく可愛らしい。

 髪の毛はふわふわしたプラチナブロンドで、エメラルドグリーンのぱっちりした瞳はお人形のようである。

 陶器のような白い肌もつるっつるで、このまま成長したらかなりの美人になるだろう。

 背丈だけすくすく伸びてくれれば。

 

 

「わたしはサラ。おねえさんは?」

 

 ブランコを揺らしながら私を見た。

 

「シシリアでございます。どうぞよろしくお願いいたしますサラ様」

 

 私は頭を下げた。

 

「そお。よろしく。──シシリア、わたしねむくなったの。おへやまでつれていってくれる?」

 

 内心ギクリとする。

 いきなり苦行スタートなのか?

 

「あとは頼みますよシシリア」

 

 顔合わせは済んだとばかりに仕事に戻っていくマリリンさんの背中に泣きそうである。

 待ってマリリンさん行かないでえええ。

 

 

「……かしこまりました。おんぶでよろしいですか?」

 

 背中で背負うなら何とかなる。……はずだ。

 私はしゃがんで背中を向けた。

 

「わかったー」

 

 ブランコから降りるととてとて、と来て、ずしりと私の背中にかなりの重量がかかった。

 

「……失礼致します」

 

 未だかつて立ち上がるのにこんなに緊迫した事があっただろうか。

 

 侯爵令嬢を背中に乗せたまま転んでしまう訳には行かない。下手に怪我をさせたら初日でクビだ。

 

 足がぷるぷるするのを悟られないよう立ち上がり、平気な振りをして歩く。

 

 前世、エベレスト登山の特集でリュックの重さが20キロ近くなるとテレビで見て、すごいねーなんて夫と驚いていたが、登山でなくても推定40キロはきついだろ。腰がー、腰がー。

 ダメよサラ様今おねむにならないで。

 力が抜けると何故かもっと重さが増すのよう。

 

 

 ダメだ、こんなお嬢様育ちの筋肉では。

 もっと鍛えねば。

 

 確かに年配のメイドばかりではこの労働は命の危険が伴う。若い力を必要とするのは必然だろう。

 

 

 米俵もといサラ様を背負い、部屋に連れ帰り、更に手を洗って着替えをさせてベッドに送り込み、自室に戻った私は腰の痛みと膝の震えが暫く収まらなかった。

 

 

 

「この程度の事で……」

 

 私は小さく叫んだ。

 

「この程度で音を上げてたまるかーっっっ!!」

 

 

 

 メイドシシリア、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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